異世界で四神と結婚しろと言われました

浅葱

文字の大きさ
上 下
342 / 608
第3部 周りと仲良くしろと言われました

39.何も変わっていないのですが

しおりを挟む
 侍女が知らせてくれたのだろう、食堂には四神が揃っていた。香子は玄武と朱雀の間に腰掛けた。座る場所はいつもここと決まっているわけではなく、四神が決めている。日本の家庭のようにこれは誰の等食器が決まっていれば、そこに腰掛ければいいのだろうなと香子はたまに思う。ただ、香子は特に現状に不満はなかった。

『何故我を呼ばぬ』
『歩きたいと言ったではありませんか』

 拗ねたように言う玄武に、香子は微笑んだ。白虎に抱かれたせいなのか、心が満たされたような、そんな安定感が生まれていた。やはり香子は四神の花嫁で、全員に抱かれなければいけなかったのだろう。そう思うと、玄武を拒んだ先代の花嫁が気の毒でならなかった。

『そなたを歩かせたくはない』
『何故ですか?』

 四神宮の中ならばいいではないかと香子は思う。外ではもう足をつくなんてことはめったにない。椅子に腰かけて足をつくということはあるけれど。

『我らの腕の中に抱いていたいのだ』
『そんな……不安に思われることなど何もないのですよ』
(不思議だわ……)

 落ち着いてみると、四神の方がよっぽど情緒不安定である。きっと香子が誰かに決めてしまえば腹をくくるのかもしれないが、それまでは落ち着かないのだろうか。

『不安か……そうなのかもしれぬな。だが不可思議でもある。そなたはもう身も心も我らのものであるというのに……』

 玄武が眉を寄せた。そんな顔をしないでほしいと香子は思う。
 お茶が淹れられ、前菜が並べられる。
 いつも通り「いただきます」と心の中で言い、今日もおいしい夕食に手をつけた。
 香子が異世界から来たことはみんな知っているが、香子が異世界の別の国から来たことはまだ四神とその眷属しか知らないことである。

(こうやって、日本語も忘れていくのかな……)

 ノートには日本語で日記をつけていた。もう紙がなくなってしまったので、いただきものの紙に書き続けている。きっと紙もそのうち劣化してだめになってしまうことは香子にもわかっている。四神の花嫁の生は長いのだ。まだ22年しか生きていないというのに、寿命は何百年単位である。そんなに長く生きていたら日本語も忘れてしまうだろう。でもそれはそれでいいのかもしれないと香子は思う。
 だって、香子がここで生きていることに変わりはないのだから。

(随分落ち着いたなー)

 しみじみと香子は思った。青龍に抱かれるの抱かれないの、白虎に抱かれるの抱かれないのともだもだやっていたのはついこの間なのに、もう遠い世界のことのように感じられた。

香子シャンズ

 主菜を食べている時、朱雀に声をかけられた。

『はい』
『そなたは随分と落ち着いたようだ』
『そうですね。つい先日まで落ち着かなかったのが嘘みたいです』

 そう香子が答えた途端、朱雀は香子を中心にして周りの空気が一斉に明るくなったのを感じた。目を丸くする。

『よいことだが……我のことも忘れるでないぞ』
『わ、忘れてませんよっ!』

 香子はさすがに赤くなった。今日は一日玄武と過ごすことになっているが、明日は朱雀と一日過ごすことになっているのだ。玄武だけだってあっぷあっぷしているのに朱雀と二人きりで過ごすなんてどうなってしまうのか。想像しただけで香子は全身真っ赤になった。

(ううう……愛欲の日々ぃ……)

 全くもって他人のことなど考えている余裕はない。夕飯を終えて茶室に移動する。これもいつもの流れなのだが、今夜玄武と過ごすことは決まっているが朱雀はどうするのだろうと香子は思った。侍女たちにお湯を用意してもらった後は四神と眷属のみとなる。
 香子はいつもの通りにお茶を淹れ、四神に振舞った。今日用意されていたお茶は桂花烏龍茶だった。金木犀の花が混じった薫り高いお茶である。混ぜ物のあるお茶は質が悪いという印象が香子にはあるのだが、この桂花烏龍茶だけは別であった。どちらにせよ茶に渋みがあるかないかが基準だ。いい茶葉は味が濃くはなるが渋みは出ないと香子は認識している。
 品茗杯を傾けて黄金色の茶を味わう。

(うん、おいしい)

 満足そうに頷いてから、香子は口を開いた。

『あの……今まですいませんでした』
『何を謝る?』

 四神から驚いたような気配を感じた。玄武が問う。

『そのぅ……白虎様としたせいなのか……やっと落ち着いてきまして……』

 なんと説明したらいいのかわからない。だが徐々に心の波がおさまってきていると香子は思う。

『ふむ。心の問題か』

 朱雀が呟くようにいった。

『そうですね。やっぱり……四神の花嫁なのですから、全員と……なのだと思います……』

 する、とか抱かれる、とかそんな言葉は恥ずかしくて口に出せない。香子のそんな様子に四神は微かに笑んだ。全員に抱かれたというのに香子はいつまでも初心だった。

『そうだな。では今宵はどうする? 玄武兄だけではなく、我ともよいか?』

 朱雀がからかうように言う。香子は真っ赤になった。そしてそっぽを向く。

『……口にすることではないと思います』
『そうであったな』

 朱雀がそっと香子の手を取る。そんなところが好きだと香子は思う。

(重症だわ……)

 頬が熱くてたまらなかった。



ーーーーー
朱雀と過ごすかどうかの話は第三部35話を参照のこと。
しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

処理中です...