異世界で四神と結婚しろと言われました

浅葱

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第3部 周りと仲良くしろと言われました

28.老師はなんでも知っている(かもしれない)

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 朝起きてぼんやりしていたら、香子は朱雀に口づけられた。感覚はふわふわしていて気持ちがよくて、なんかエロい。口端から漏れた唾液をぺろりと舐められて香子は覚醒した。
 カァッと顔が赤くなる。

『朱雀様……汚い、です』

 思わず香子が呟くと、朱雀はニヤリとした。

『そなたに汚いところなどあるものか』
『でも、だめなんです……』

 朱雀の顔をぐいぐい押して起き上がろうとしたが、腹に玄武の腕が回っていてかなわなかった。

『最近のそなたは容赦がないな』

 朱雀が楽しそうに言う。だって遠慮なんかしていたらまたベッドの住人になってしまうのだ。香子はそれを避けたかった。

『玄武様、おなかすきました……』

 そろそろぐーっと音が鳴りそうである。

『わかった』

 背後から聞こえる玄武のバリトンはやヴぁい。朱雀のテナーもそうだが、腰から力が抜けてしまいそうである。そういう意味では青龍の声が一番害がなさそうだが、色を含んだ時は別だ。もう少し自重してもらいたいと香子は思う。

(まぁでも無理だよね)

 相手は神様だ。我慢などできようはずもない。それでも四神なりに香子を尊重しているのだ。これ以上を望んだら罰が当たりそうである。

(でも理不尽なことには黙らないけど)

 前から後ろから抱き着かれていることはもう慣れた。抱かれた後のことなどは覚えていないからどんな風に対応されているのかはわからないが、四神は香子の世話をするのも好きみたいだ。起きた時は裸だけどすっきりしているから、きっと拭いたりしてくれているのだろう。聞けば簡単に判明することだとわかってはいても、そういうのを聞くのは憚られる。
 髪を撫でていた玄武の頭が動いた。

『……来たようだな』

 なにが、とは聞かない。香子の空腹は念話で眷属に伝えられる。基本はそれで黒月が動き、侍女や延夕玲に伝え厨房に連絡される。厨房はきちんと準備をして待っているので、連絡がきたと同時に調理を始め、それほど香子たちが待つことなく朝食が玄武の室に届けられるのだ。
 玄武が流れるような仕草で漢服を身に着け、寝室を出て行く。朱雀もまた着替え、香子に漢服を着せて簡単に髪を結った。そう、四神はなかなかに手先が器用なのである。香子はじっと朱雀を見た。

(ヒモとかなれそう)

 失礼なことを思いつつ、

『ありがとうございます』

 と香子は礼を言った。ちらりと鏡を確認する。白く、透き通ったような肌を見て、香子はそれが自分だとなかなか実感できないでいた。
 朱雀に抱き上げられて居間に向かうと、テーブルにところ狭しと食べ物が並べられているのを見て、香子はもう余計なことを考えるのはやめた。


 張錦飛が来る日である。

『張老師、本日もよろしくお願いします』

 香子は茶室で張を迎えた。黒月と青藍、夕玲と侍女が控えている。

『花嫁様におかれましてはご機嫌麗しく……昨夜は随分と、でしたな……』

 張が仙人を思わせる白く長い髭を撫でながら呟くように言った。香子は冷汗をかいた。昨夜もしかして張も天壇にいたのだろうか。にこにこしている張にどう言ったらいいのか悩む。とりあえず香子はしらばっくれることにした。

『昨夜? 何がございましたか?』
『ほっほっほっ……やはりお忍びでございましたか。失礼しました』

 やっぱり張の笑い方はバルタン星人みたいだなと思いながら、天壇は二度と行かないと香子は決めた。
 いつも通り墨を磨り、字を書く。
 この墨を磨るという行為はなかなかどうして趣(おもむき)があり、香子は嫌いではなかった。普通は侍女が磨るものらしいが、気持ちの切り替えにも役立つので自分で磨るようにしている。張も当然のように自分で墨を磨った。

『花嫁様の世界ではもうこのように墨を磨る機会もありませぬか?』
『いえ、筆を使う時は磨ったりもしましたよ。普通は墨汁といって事前に作ってあるものを使っていましたが、何度か磨ったことはあります』
『そうですか』

 心を落ち着かせ、見本を見なが一文字一文字丁寧に書く。ここは止める、ここははらうなど慣れない筆ではどうにもうまく書けない。張はなかなか上達しない香子に失望しているかもしれないが、付き合ってもらうしかなかった。

『ここのはらいは綺麗になりましたな』
『ありがとうございます』

 千字文を制覇しようと思ったら一年ではとても足りないだろう。でも少しでも綺麗に書きたいと香子は思う。
 そうして緊張した半刻を終えればお茶の時間だ。侍女たちが片付けるので一旦茶室の外に出、張と庭を眺めた。

『まだこの時間ですと眩しいですな』
『そうですね。朝方か夕方であればいいですが、さすがにまだ暑そうです』

 わざわざ大きな傘をささせて日陰を作ってまで外でお茶をする気にはなれない。そんなことをしたら侍女たちが気の毒だと香子は思うのだ。それにきっとあの石の卓は熱を吸ってかなり熱くなっているに違いない。

『それにしても、本当に王都は雨が降りませんね』
『そうですなぁ。青天はいいものですが、たまに一雨降られたいと思うこともあります』

 雑談をしているうちに茶室の準備が整ったようだった。香子は張を促し、再び茶室に戻ったのだった。




ーーーー
千字文
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