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第3部 周りと仲良くしろと言われました
25.お茶会に誘われました
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秋の大祭まで三週間というところで、皇太后から呼び出しがあった。大祭の出欠席についてだろう。香子は少しだけ憂鬱だった。常ならば支度が面倒だなと思う程度だが、今回は呼び出しの理由がわかるだけに二の足を踏んでしまう。かと言ってなんらかの理由をくつけて断ることもできない。そんなことをすれば角が立つ。なかなかに複雑なのだった。
『はぁ……』
本日のお供は大祭に一緒に出る予定の白虎と、明言はしないが香子が大祭に出るのは反対な玄武である。その他に白雲、黒月、延夕玲といういつも顔ぶれだ。行きと帰りに趙文英と王英明が付き従うのも変わらない。
『香子、如何した?』
御花園に向かう渡り廊下を通りながら、香子がふと漏らしたため息に白虎が反応した。まだ暑さは夏のものだが空気は秋に変わりつつある。まだ花はいろんな種類が咲いていて、香子の目を慰める。興味のないことにはとことん興味がない香子だが、名も知らぬ花も見ている分には美しい。もう少し花の名前なども学んでおけばよかったとこんな時は思ってしまうのだった。
『花が……綺麗だなと思いまして』
それ以外言いようがない。ここで皇太后に会うのが憂鬱だなどと正直に告げてしまえば、白虎は即座に回れ右してしまうだろう。そうしたところで四神は痛くも痒くもないだろうが香子の胃には穴が空くかもしれない。いや、もう香子も厳密に言えば人ではないようだからそんなことは起こりえないだろうが、精神的にきついので遠慮したい。
自分でも難儀な性格だなぁと香子は思う。
『花か。部屋に飾らせるか』
『いいえ』
香子は首を振った。頭が重い。侍女たちは気合を入れすぎだ。
『ここに生えているから美しいのです。庭師が丁寧に世話をしてくれているからこそ、この花々の美しさは保たれているのですから』
『……そういうものか』
『そういうものです』
神様には下々の者たちがどのようにして暮らしているか想像もつかないだろう。ただ四神はそのままでいいと香子は思う。香子や周りが気づいてフォローしていけばいいだけだ。
(領地には眷属がいっぱいいるっていうしね)
その眷属たちに手伝ってもらえばいいだけのことである。
(それとも……最初の頃の黒月みたいな対応されちゃうのかしら。いびられちゃう? いじめられちゃう? きゃー)
香子はマゾではない。ただ中国時代劇が大好きなだけだ。香子は四神と対等ではないが、眷属を従える立場である。なのでいびられることはありえない。でも少しイヤミなどを言われてしまう自分を想像したら楽しくなってきた。何度も言うが香子はマゾではないのである。
『楽しそうだな。何かあったのか?』
『なんでもないですよ』
自分の想像だけで気分が上がってきたが、皇太后たちの姿を見たらそんな楽しい気分も吹っ飛んでしまった。
(うああー……皇帝もいるうううう)
彼らは白虎の姿を認めるとさっと立ち上がり四阿の入口で香子たちを迎えた。
『老仏爺、この度はお招きありがとうございます』
香子が白虎に抱かれたまま挨拶をする。
『花嫁様、この老人にそのような挨拶は不要ですぞ。此度はおいでくださりありがとうございます。どうぞこちらへ』
皇帝、皇后、皇太后に促されて用意された席に腰掛ける。なんという贅沢なのかと香子は遠い目をしたくなった。皇太后を中心として、左隣に白虎と香子、玄武、右隣に皇帝、皇后という順に座っている。玄武と皇后の間は一つ席が空いている。玄武と皇后を下座に置くなど随分偉くなったなぁとまた香子は遠い目をしたくなった。こういうのは考えたら負けだ。
蓋碗でお茶が出され、お茶菓子が振舞われる。
『花嫁様はこれであろう?』
と皇太后が手ずから杏仁酥(アーモンドクッキー)を示してくれた。
『はい。ありがとうございます』
香子はにっこりした。この固さがたまらないのだ。小学生の時からのファンである。お茶は龍井だった。もちろん王城で出されるものなので最高級である。
(はうう……なんという贅沢……)
この贅沢に慣れたらもう庶民には戻れないと香子は思う。心根は変わらないけれども。
『最近暑さはどうですか?』
『四神宮の中は常に快適な気温なのであったか。そうさのう、朝晩は楽になってきたように思うが、陽射しといい、まだまだこの年寄りの身にはこたえるのぅ』
『涼石は使われていないのですか?』
『もちろん使ってはおるが陽射しまでは遮れぬのでな』
気持ち的に暑いというところか。確かに眩しいのは目に痛い。
『それもそうですね。確かに日陰にいても、光の強さは感じられますものね』
ちょっと表を見やれば眩しい。確かに目には優しくないと香子も思った。
そんなちょっとした雑談の後は空気が変わる。
きたな、と香子は内心逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
『して……大祭はどうであろうか?』
控えめに皇太后に尋ねられ、香子は顔を覆いたくなった。こればかりは本当に難しいのである。
『江緑』
すると今まで黙っていた玄武が口を開いた。みなが居住まいを正す。
『香子に負担を強いるのであれば、すぐに領地へ連れ帰るが如何か』
『たいへん申し訳ありません!』
皇太后以下一斉に卓や地板に額を擦り付ける。さすがに皇帝は目を伏せた程度だがまずいと香子は思った。
『玄武様! いいのです。これは私と白虎様の問題です。老仏爺、どうか頭を上げてください』
そう言いながら香子は玄武に触れた。
(大丈夫ですから。でもありがとうございます)
気持ちを心話で伝える。わかるのだ。玄武は香子をただ守ってくれようとしているだけだと。玄武は少し困っているようにも見えた。あとでフォローが必要だろう。
『老仏爺、申し訳ないのですがまだお返事ができそうもありません。ただ……出席できない可能性も考えておいていただきたいです』
今はそれ以上答えることはできなかった。
ーーーーー
江緑 皇太后の名前
『はぁ……』
本日のお供は大祭に一緒に出る予定の白虎と、明言はしないが香子が大祭に出るのは反対な玄武である。その他に白雲、黒月、延夕玲といういつも顔ぶれだ。行きと帰りに趙文英と王英明が付き従うのも変わらない。
『香子、如何した?』
御花園に向かう渡り廊下を通りながら、香子がふと漏らしたため息に白虎が反応した。まだ暑さは夏のものだが空気は秋に変わりつつある。まだ花はいろんな種類が咲いていて、香子の目を慰める。興味のないことにはとことん興味がない香子だが、名も知らぬ花も見ている分には美しい。もう少し花の名前なども学んでおけばよかったとこんな時は思ってしまうのだった。
『花が……綺麗だなと思いまして』
それ以外言いようがない。ここで皇太后に会うのが憂鬱だなどと正直に告げてしまえば、白虎は即座に回れ右してしまうだろう。そうしたところで四神は痛くも痒くもないだろうが香子の胃には穴が空くかもしれない。いや、もう香子も厳密に言えば人ではないようだからそんなことは起こりえないだろうが、精神的にきついので遠慮したい。
自分でも難儀な性格だなぁと香子は思う。
『花か。部屋に飾らせるか』
『いいえ』
香子は首を振った。頭が重い。侍女たちは気合を入れすぎだ。
『ここに生えているから美しいのです。庭師が丁寧に世話をしてくれているからこそ、この花々の美しさは保たれているのですから』
『……そういうものか』
『そういうものです』
神様には下々の者たちがどのようにして暮らしているか想像もつかないだろう。ただ四神はそのままでいいと香子は思う。香子や周りが気づいてフォローしていけばいいだけだ。
(領地には眷属がいっぱいいるっていうしね)
その眷属たちに手伝ってもらえばいいだけのことである。
(それとも……最初の頃の黒月みたいな対応されちゃうのかしら。いびられちゃう? いじめられちゃう? きゃー)
香子はマゾではない。ただ中国時代劇が大好きなだけだ。香子は四神と対等ではないが、眷属を従える立場である。なのでいびられることはありえない。でも少しイヤミなどを言われてしまう自分を想像したら楽しくなってきた。何度も言うが香子はマゾではないのである。
『楽しそうだな。何かあったのか?』
『なんでもないですよ』
自分の想像だけで気分が上がってきたが、皇太后たちの姿を見たらそんな楽しい気分も吹っ飛んでしまった。
(うああー……皇帝もいるうううう)
彼らは白虎の姿を認めるとさっと立ち上がり四阿の入口で香子たちを迎えた。
『老仏爺、この度はお招きありがとうございます』
香子が白虎に抱かれたまま挨拶をする。
『花嫁様、この老人にそのような挨拶は不要ですぞ。此度はおいでくださりありがとうございます。どうぞこちらへ』
皇帝、皇后、皇太后に促されて用意された席に腰掛ける。なんという贅沢なのかと香子は遠い目をしたくなった。皇太后を中心として、左隣に白虎と香子、玄武、右隣に皇帝、皇后という順に座っている。玄武と皇后の間は一つ席が空いている。玄武と皇后を下座に置くなど随分偉くなったなぁとまた香子は遠い目をしたくなった。こういうのは考えたら負けだ。
蓋碗でお茶が出され、お茶菓子が振舞われる。
『花嫁様はこれであろう?』
と皇太后が手ずから杏仁酥(アーモンドクッキー)を示してくれた。
『はい。ありがとうございます』
香子はにっこりした。この固さがたまらないのだ。小学生の時からのファンである。お茶は龍井だった。もちろん王城で出されるものなので最高級である。
(はうう……なんという贅沢……)
この贅沢に慣れたらもう庶民には戻れないと香子は思う。心根は変わらないけれども。
『最近暑さはどうですか?』
『四神宮の中は常に快適な気温なのであったか。そうさのう、朝晩は楽になってきたように思うが、陽射しといい、まだまだこの年寄りの身にはこたえるのぅ』
『涼石は使われていないのですか?』
『もちろん使ってはおるが陽射しまでは遮れぬのでな』
気持ち的に暑いというところか。確かに眩しいのは目に痛い。
『それもそうですね。確かに日陰にいても、光の強さは感じられますものね』
ちょっと表を見やれば眩しい。確かに目には優しくないと香子も思った。
そんなちょっとした雑談の後は空気が変わる。
きたな、と香子は内心逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
『して……大祭はどうであろうか?』
控えめに皇太后に尋ねられ、香子は顔を覆いたくなった。こればかりは本当に難しいのである。
『江緑』
すると今まで黙っていた玄武が口を開いた。みなが居住まいを正す。
『香子に負担を強いるのであれば、すぐに領地へ連れ帰るが如何か』
『たいへん申し訳ありません!』
皇太后以下一斉に卓や地板に額を擦り付ける。さすがに皇帝は目を伏せた程度だがまずいと香子は思った。
『玄武様! いいのです。これは私と白虎様の問題です。老仏爺、どうか頭を上げてください』
そう言いながら香子は玄武に触れた。
(大丈夫ですから。でもありがとうございます)
気持ちを心話で伝える。わかるのだ。玄武は香子をただ守ってくれようとしているだけだと。玄武は少し困っているようにも見えた。あとでフォローが必要だろう。
『老仏爺、申し訳ないのですがまだお返事ができそうもありません。ただ……出席できない可能性も考えておいていただきたいです』
今はそれ以上答えることはできなかった。
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江緑 皇太后の名前
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