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第3部 周りと仲良くしろと言われました
24.こだわってもしかたないことをこだわってしまいます
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いつも通り、香子は侍女たちに着飾らせられた。普段であればそこでただただ称賛されるだけなのだが、その日は違った。
『失礼ですが、花嫁様は異国の衣裳の着方がお分かりになりますか?』
『異国の衣裳?』
香子は首を傾げようとして、侍女の手によって止められた。四神宮の中で過ごす恰好といっても髪形に妥協は許されないらしい。自分たちが見ていない時にどう乱れようともそれはしかたないことだが、目の前で整えた髪が少しでも崩れるのは許せないようである。
『見てみないとわからないわ。でも異国の衣裳って、どうしたの?』
『実は……』
侍女が困ったように話し始めた。
中秋は春の大祭、春節と並ぶ重要な大祭である。大唐はこのヤージョウ大陸でも一番大きく、周辺諸国にとっては宗主国のようなものであるからこの秋の大祭にも大使以上の者たちが出席するという。春の大祭に香子が四神を引っ張り出したことで、秋の大祭にも四神は出席するだろうという希望的観測により、香子に対しての贈物が急増しているらしい。
そこまで聞きだすのにかなりかかったなーと香子は遠い目をした。
ただおかげでこの国と周辺国の関係がわかってよかったと思う。宗主国うんぬんについてはまた誰かに聞くことにしよう。
今は衣裳の話である。
『どういう衣裳なの?』
『ご覧になりますか?』
『うん、見せてもらっていい?』
『かしこまりました』
侍女たちが礼をし、運んできた衣裳はどれも上質な布の塊だった。
オロスのはいわゆるドレス、シーザン、ボースー、バジスタンのは煌びやかな民族衣装だった。どれも帽子がとても重そうだし、着てみたいかと言われると首を傾げる。どうしても着たいと思うならその国の着付け師を招き入れないと難しいのではないかと思われた。
『素敵だとは思うけど……とても着ることはできなさそうね』
写真でも撮るなら別だがこの国にはその技術がない。絵を描いて残してもらうというのも興味がないし、香子から言わせればコスプレにそこまで労力をかける気にはなれなかった。何より一番の問題は、わざわざ各国の着付け師を招いてまでこれらの衣裳を着るかということだ。
(四神宮に人は入れたくないし……ってなるとお蔵入りかなー……)
一度ぐらいは着てみたい気もするが、それにかかる周りの労力を考えると躊躇してしまう。
『うーん、さすがに着方はわからないわ。でも各国からの贈り物じゃ販売に回すこともできないし……困ったものね』
品物も可哀想だとは思うが仕方ない。かといって各国の衣裳は送ってくるなとも言えないし、なかなかに頭の痛い問題だと思った。
『そんなことがあったんです』
青龍の室である。居間の長椅子に腰掛ける青龍を椅子にして、香子は異国の衣裳の話をした。青藍は静かに控えている。青龍は『そうか』と呟いた。
『香子はどうしたい?』
『本音を言えば何も送ってくるなと言いたいですね』
『ならばそう言えばいい』
『そんなわけにいかないでしょう。面子ってものもありますし』
『人の面子など何ほどのものか』
『……青龍様に話した私がバカでした……』
ため息をついた。まだ秋の大祭に出られるかどうかもわからないのに、こんなに贈物をもらっても困る。よしんば香子が大祭に出られたとしても周辺諸国の者たちの挨拶を受けられるとは限らない。
贈物のことなど気にしなければいいのだ。総じて身分の高い者はそれらを贈られるのが当然である。贈られないということは舐められているも同義だ。わかってはいても香子は困ってしまうのだった。
『突っ返すのはダメ、売るのもダメ、でも着方もわからない。倉庫のこやしですね……』
指を折って全てだめ、とまたため息が漏れた。ため息のつきすぎで不幸になってしまいそうだ。
『僭越ながら申し上げます』
それまで壁と同化していたのではないかと思うほど存在感のなかった青藍が口を開いた。
『贈物というのは贈った者の気持ちでございます。贈られた方がどのように扱おうともそれは自由。まして国家間の贈物は形骸化しております。花嫁様が心を痛める必要は全くございません』
『……それも、そうね……』
そういえば朝貢などもあった。それらの贈物は実用的な物以外は全て宝物庫に納められ日の目をみることはなかったかもしれない。元の世界でも今は博物館のようなところで公開されているが、昔は本当に倉庫のこやしだっただろう。そう考えたら少し気が楽になった。
『青藍、ありがとう。気持ちが、少しだけ楽になったわ』
『恐れ入ります』
青龍が少し強く香子を抱きしめた。
『……そなたは真面目すぎる』
『違いますよ。私は庶民なんです。だからついついもったいないと思ってしまうんです。ようは貧乏性なんですよ』
『貧乏性とは?』
『うーん……なんかもったいないと思ってしまうとか……そんなかんじです』
なんか違うかもしれないと思ったが、四神は絶対に貧乏性にはならないとわかっているのでそういうことにした。
『花嫁様は貧乏性ではありません』
何故か青藍に断言された。
『気持ちに余裕がないことはわかりますが、けちではございません』
『あー、うん、まぁ……』
ここにいてけちけちする要素がない。衣裳はふんだんに用意されているし、食べ物だって食べたい物が食べられる。お茶も全ておいしいし、寝るところもあるし四神は最強だし。
『……青藍、ありがとう』
やっぱり眷属の存在は重要だなと香子は頷いた。
それでも周辺諸国から贈られてくる衣裳は気になってしまい、しばらくは不機嫌さを隠すことはできなかった。難儀なことである。
ーーーーー
「貴方色に染まる」64話前半辺りです。
『失礼ですが、花嫁様は異国の衣裳の着方がお分かりになりますか?』
『異国の衣裳?』
香子は首を傾げようとして、侍女の手によって止められた。四神宮の中で過ごす恰好といっても髪形に妥協は許されないらしい。自分たちが見ていない時にどう乱れようともそれはしかたないことだが、目の前で整えた髪が少しでも崩れるのは許せないようである。
『見てみないとわからないわ。でも異国の衣裳って、どうしたの?』
『実は……』
侍女が困ったように話し始めた。
中秋は春の大祭、春節と並ぶ重要な大祭である。大唐はこのヤージョウ大陸でも一番大きく、周辺諸国にとっては宗主国のようなものであるからこの秋の大祭にも大使以上の者たちが出席するという。春の大祭に香子が四神を引っ張り出したことで、秋の大祭にも四神は出席するだろうという希望的観測により、香子に対しての贈物が急増しているらしい。
そこまで聞きだすのにかなりかかったなーと香子は遠い目をした。
ただおかげでこの国と周辺国の関係がわかってよかったと思う。宗主国うんぬんについてはまた誰かに聞くことにしよう。
今は衣裳の話である。
『どういう衣裳なの?』
『ご覧になりますか?』
『うん、見せてもらっていい?』
『かしこまりました』
侍女たちが礼をし、運んできた衣裳はどれも上質な布の塊だった。
オロスのはいわゆるドレス、シーザン、ボースー、バジスタンのは煌びやかな民族衣装だった。どれも帽子がとても重そうだし、着てみたいかと言われると首を傾げる。どうしても着たいと思うならその国の着付け師を招き入れないと難しいのではないかと思われた。
『素敵だとは思うけど……とても着ることはできなさそうね』
写真でも撮るなら別だがこの国にはその技術がない。絵を描いて残してもらうというのも興味がないし、香子から言わせればコスプレにそこまで労力をかける気にはなれなかった。何より一番の問題は、わざわざ各国の着付け師を招いてまでこれらの衣裳を着るかということだ。
(四神宮に人は入れたくないし……ってなるとお蔵入りかなー……)
一度ぐらいは着てみたい気もするが、それにかかる周りの労力を考えると躊躇してしまう。
『うーん、さすがに着方はわからないわ。でも各国からの贈り物じゃ販売に回すこともできないし……困ったものね』
品物も可哀想だとは思うが仕方ない。かといって各国の衣裳は送ってくるなとも言えないし、なかなかに頭の痛い問題だと思った。
『そんなことがあったんです』
青龍の室である。居間の長椅子に腰掛ける青龍を椅子にして、香子は異国の衣裳の話をした。青藍は静かに控えている。青龍は『そうか』と呟いた。
『香子はどうしたい?』
『本音を言えば何も送ってくるなと言いたいですね』
『ならばそう言えばいい』
『そんなわけにいかないでしょう。面子ってものもありますし』
『人の面子など何ほどのものか』
『……青龍様に話した私がバカでした……』
ため息をついた。まだ秋の大祭に出られるかどうかもわからないのに、こんなに贈物をもらっても困る。よしんば香子が大祭に出られたとしても周辺諸国の者たちの挨拶を受けられるとは限らない。
贈物のことなど気にしなければいいのだ。総じて身分の高い者はそれらを贈られるのが当然である。贈られないということは舐められているも同義だ。わかってはいても香子は困ってしまうのだった。
『突っ返すのはダメ、売るのもダメ、でも着方もわからない。倉庫のこやしですね……』
指を折って全てだめ、とまたため息が漏れた。ため息のつきすぎで不幸になってしまいそうだ。
『僭越ながら申し上げます』
それまで壁と同化していたのではないかと思うほど存在感のなかった青藍が口を開いた。
『贈物というのは贈った者の気持ちでございます。贈られた方がどのように扱おうともそれは自由。まして国家間の贈物は形骸化しております。花嫁様が心を痛める必要は全くございません』
『……それも、そうね……』
そういえば朝貢などもあった。それらの贈物は実用的な物以外は全て宝物庫に納められ日の目をみることはなかったかもしれない。元の世界でも今は博物館のようなところで公開されているが、昔は本当に倉庫のこやしだっただろう。そう考えたら少し気が楽になった。
『青藍、ありがとう。気持ちが、少しだけ楽になったわ』
『恐れ入ります』
青龍が少し強く香子を抱きしめた。
『……そなたは真面目すぎる』
『違いますよ。私は庶民なんです。だからついついもったいないと思ってしまうんです。ようは貧乏性なんですよ』
『貧乏性とは?』
『うーん……なんかもったいないと思ってしまうとか……そんなかんじです』
なんか違うかもしれないと思ったが、四神は絶対に貧乏性にはならないとわかっているのでそういうことにした。
『花嫁様は貧乏性ではありません』
何故か青藍に断言された。
『気持ちに余裕がないことはわかりますが、けちではございません』
『あー、うん、まぁ……』
ここにいてけちけちする要素がない。衣裳はふんだんに用意されているし、食べ物だって食べたい物が食べられる。お茶も全ておいしいし、寝るところもあるし四神は最強だし。
『……青藍、ありがとう』
やっぱり眷属の存在は重要だなと香子は頷いた。
それでも周辺諸国から贈られてくる衣裳は気になってしまい、しばらくは不機嫌さを隠すことはできなかった。難儀なことである。
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「貴方色に染まる」64話前半辺りです。
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