異世界で四神と結婚しろと言われました

浅葱

文字の大きさ
上 下
317 / 608
第3部 周りと仲良くしろと言われました

14.とにかく覚悟が必要です

しおりを挟む
 これも泣き落としというのだろうか。
 ちゅ、ちゅ、ちゅと涙を吸われ髪に口づけられきつく抱きしめられて、『香子シャンズ、愛している』と何度も囁かれる。朱雀は香子を決して離そうとはしなかった。
 なんだかとんでもないわがままを言っているようで、香子は自分が嫌になった。そしてそんな風に思わせる朱雀にも腹が立ってしかたがない。腹は立つけど好きだなぁとも思う。わけがわからなかった。
 朱雀から了承は得た。

『……撤回しないでくださいよ。次撤回したら……』
『わかった。頼むからもう嫌いだと言うてくれるな。悲しくなってしまう』
『誰が言わせてるんですか!』

 まだ玄武も納得してはいなさそうだがしょうがない。全会一致で香子が大祭に参加することなどできないのだ。
 夕飯だと呼ばれるまで、朱雀は香子を離さなかった。好きな人の腕の中にいると胸にきゅうっとなんともいえない感覚が生まれ、ずっと抱きしめていてほしいと思ってしまう。

『香子……香子……』

 何度も名を呼ばれながら、香子は幸せだなと思った。でも朱雀には怒っているから絶対言ってやらないけど。
 夕飯を終え、茶室でお茶を飲んだ後は湯浴みだ。
 広い浴槽に満たされたお湯に浸かりながら、朱雀とやりあったことを思い出す。
 あの時じんましんが出るかと思った。トラウマが刺激されすぎて。
 今までのそれほど長くはない生の中で、嫌なことはたくさんあったと思う。その中でも中学の時の出来事は大したことではなかった。でも、あの時もっと強硬に拒否していたらと思わずにはいられない。ようは自分がどうにかできたはずのことをどうにかしなかったということが、無念としていつまでも心に残っているのだ。

(あれはもう済んだこと……終わったことよ……)

 何度も自分に言い聞かせて二度と思い出さないように努める。あんなくだらないことをいつまでも思い出して引きずっているヒマがあるなら白虎に抱かれた方がいいと思う。

(でもなぁ……でもなぁ……獣姦はなぁ……)

 どうしても尻ごみしてしまう。

「んー……」

 声を出す。
 考えてもしかたがない。今夜も玄武と朱雀に抱かれるのだろう。きっとまたわけがわからなくなるほど甘く抱かれるのかしらと思ったら頬が熱くなった。抱かれることでいろいろ忘れられるならそれはそれでいい。香子は開き直り、湯舟から出た。


 効果はてきめんだった。
 翌朝、香子は久しぶりにまじまじと鏡の中の自分を覗き込んだ。鮮やかな暗紫紅色ワインレッドの髪に、白く、透き通っているかのようにみずみずしい肌。あったはずのほくろやしみがキレイに姿を消している気がする。

(うわあ……キレイな肌……)

 これが四神効果なのだろう。すごいなぁと香子はしみじみ思った。顔の造作はどうにもならないが美肌効果でとてもキレイになっているように見える。

『花嫁様?』

 侍女におそるおそる声をかけられてはっとした。

『あ……ごめんなさい。続けてちょうだい』

 身支度をされている最中だった。軽く化粧を施してもらい、また鏡で確認した。

『……如何でしょうか』
『いつもありがとう。キレイにしてくれて』
『……そんな! 花嫁様はいつでも美しいですわ!』

 力いっぱい言われて苦笑してしまう。侍女たちが優しすぎて少し困る。
 今日は張錦飛に書を習う日だった。
 袖がしまった漢服で集中して書を書く。どうしてお手本の通りに書けないのかと首を傾げてしまう。筆ということもあるだろうが、あとは慣れの問題だろう。今日はいつもよりキレイに書けたと思った。

『……よくなっておりますな。この調子でがんばりましょう』
『ありがとうございます!』

 内心ガッツポーズをして、香子は満面の笑みを浮かべた。

『……花嫁様、その笑顔は四神の前だけでお願いしますぞ』
『ええ?』

 まさかのダメ出しをされた。
 書を習った後はお茶をする。日中はまだ陽射しが強いので、窓や扉を開け放ち茶室でお茶を淹れた。

『……調子は如何ですかな?』
『……なんともいえません』

 張に聞かれているのは秋の大祭の件についてだ。こればかりは香子自身の問題なので四神以外に尋ねることもできない。

『今回は私自身の問題なので……もしかしたら出られないかもしれません』
『……そうなのですか』

 ふむふむと張が頷く。

『それもまた導きでございましょう。花嫁様がよいようにしていただければ、それでよろしいかと存じます』
『……準備はされていると聞きました』
『それは人の事情故のこと。花嫁様が気にされる必要はございませぬ』

 今回は特に祭祀のようなことは行わないらしい。四神が参加するしないに関わらず百官が王城に集うことは変わらない。庶民からしたら夜の前門から四神の姿が見られるか見られないかぐらいの違いしかない。
 でも、とも香子は思う。

(今夜はまだ……でも……)

 覚悟というのはどうしたらできるものだろうか。今選択肢は香子にある。
 香子はとても困っていた。
しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

巻き戻ったから切れてみた

こもろう
恋愛
昔からの恋人を隠していた婚約者に断罪された私。気がついたら巻き戻っていたからブチ切れた! 軽~く読み飛ばし推奨です。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

白い結婚のはずでしたが、王太子の愛人に嘲笑されたので隣国へ逃げたら、そちらの王子に大切にされました

ゆる
恋愛
「王太子妃として、私はただの飾り――それなら、いっそ逃げるわ」 オデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢は、王太子アルベールの婚約者として育てられた。誰もが羨む立場のはずだったが、彼の心は愛人ミレイユに奪われ、オデットはただの“形式だけの妻”として冷遇される。 「君との結婚はただの義務だ。愛するのはミレイユだけ」 そう嘲笑う王太子と、勝ち誇る愛人。耐え忍ぶことを強いられた日々に、オデットの心は次第に冷え切っていった。だが、ある日――隣国アルヴェールの王子・レオポルドから届いた一通の書簡が、彼女の運命を大きく変える。 「もし君が望むなら、私は君を迎え入れよう」 このまま王太子妃として屈辱に耐え続けるのか。それとも、自らの人生を取り戻すのか。 オデットは決断する。――もう、アルベールの傀儡にはならない。 愛人に嘲笑われた王妃の座などまっぴらごめん! 王宮を飛び出し、隣国で新たな人生を掴み取ったオデットを待っていたのは、誠実な王子の深い愛。 冷遇された令嬢が、理不尽な白い結婚を捨てて“本当の幸せ”を手にする

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

処理中です...