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第3部 周りと仲良くしろと言われました
3.お茶に呼ばれました
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そろそろ秋かなぁと香子がのんきに思ったところで皇太后から呼び出しがあった。翌日の酉の刻(夕方五時~七時)にお茶でもしないかという誘いだった。香子は一も二もなく応じた。
日は短くなってきているがまだ日の入りは戌の刻(七時以降)である。昼間は暑くてとても外出などできないだろう。
御花園の広めの四阿で、と伝えられ香子は苦笑した。仕える方々は本当にお疲れ様だと思う。
皇太后と会う時は白虎が必須である。四神は持ち物ではないが香子としては皇太后と白虎はセットのようなイメージがあった。白虎は眉を寄せて嫌がりそうだが。そしていざという時に対応してもらえないと困るので、玄武か朱雀が一緒に向かうのが望ましい。
『今回は……どうしましょうね?』
夕食時、少なくとも今夜中に返事をしないと準備に困るだろうと香子が首を傾げると、玄武と朱雀は顔を見合わせた。そのままだと朱雀が玄武に遠慮して辞退しそうな気もする。
『剪刀石頭布(じゃんけん)で決めましょう』
『剪刀石頭布とは何か?』
案の定四神は知らなかったようである。確かに四神がじゃんけんをする図なんて想像できない。というわけで手の動きと勝ち負けを説明した。運の要素が大きいのでこれなら公平ではないかという考え方である。
『ほほう。人の世界はこうやって物事を決めることもあるのか』
玄武が感心したように言ったが、侍女たちも知らないという。もしかしたら庶民なら知っているのかもしれない。主官の趙文英を通じて馬に聞けたら聞いてみたいと香子は思った。
四神のじゃんけんはシュールだった。いつまでも見ていたいような、もう二度と見たくないような不思議なかんじである。
勝ったのは朱雀であった。負けた玄武も少し嬉しそうにしていたことから、じゃんけんを教えてよかったと香子は思った。
そんなわけで皇太后とのお茶会には、白虎が香子を抱き上げ、朱雀、白雲、青藍、黒月、延夕玲、侍女たちで向かった。相変わらずの大移動である。御花園の四阿には皇太后だけでなく皇后もいた。できるだけ共にあり、目をかけていることをアピールしているのだろうと香子は想像した。
『老佛爷、この度はお誘いいただきありがとうございます』
白虎に抱かれた状態で挨拶をするのが失礼だということぐらいわかっているが、下ろしてくれないのだからしかたない。無駄だとわかっていても下ろすように声をかけた方がいいのだろうか。香子としても悩ましいところである。
『よいよい。そのような挨拶は不要じゃ。白虎様のおかげであろうか、とても涼しくなった。四神とは誠に不思議よの』
皇太后が機嫌よさそうにそう言った。ちろりと皇后を窺うと、皇后も心なしか嬉しそうな顔をしている。もう香子が誰の腕に抱かれたままでも睨んでくるようなことはなさそうだった。
『ありがとうございます。確かに四神の側にいると変わるようですね』
香子は基本四神宮にいるし、四神宮を出る時は必ず四神の誰かの腕の中なので気候の変化を感じることはできない。
『ほ……四神はそなたを片時も放さぬようじゃのう』
『いえ、その……四神宮の中はどこにいても一定の気温なのです……』
『ほほう、それは素晴らしい。一度中に入ってみたいものじゃ』
『老佛爷』
『わかっておるわ。言ってみただけじゃ』
皇太后の女官が声をかけた。あまり皇太后が窘められるというシチュエーションがないのでそれはそれで新鮮だった。
それまで皇太后と皇后を扇いでいた侍女たちが手を止める。涼石は各自持っているだろうが空間丸ごと心地よい気候になるわけではない。心なしか皇太后以下の顔つきがほころんだように見えた。
『夕玲もこの恩恵に浴しておるのか。羨ましいことよのう』
香子の後ろに控えている夕玲が恐縮しているのがわかった。
『恐れ入ります……』
『老佛爷、四神宮を一歩出ると変わるそうですよ』
『ほうほう。それも不思議な話じゃの』
あくまでまた聞きなのであやしいがそう言えば、皇太后は何度も軽く頷いた。
他愛のない話をしながらお茶を啜る。今日のお茶は太平猴魁(高級緑茶)だった。きっと皇后が用意したのだろう。贅沢だなぁと香子はご機嫌で舌鼓を打つ。茶菓子も相変わらず乾燥しているようなものが多いがおいしかった。
なんということもない雑談の後、皇太后が白虎を見た。
さすがに椅子に腰掛ける時は下ろしてもらったので香子は白虎と朱雀に挟まれた位置にいる。本来なら香子が呼ばれたのだから皇太后の隣に腰掛けるべきなのだろうが、白虎が隣にいる方が皇太后の機嫌がよさそうなのでかまわなかった。
『ところで、来月には秋の大祭があるが……花嫁様は如何なさる?』
秋の大祭? と聞いて内心首を傾げる。そういえば聞いたことがあったような。
『八月十五か』
白虎の呟きを聞いて香子は中秋節のことだと気づいた。旧暦八月十五日といえば満月である。香子は白虎と朱雀を窺った。朱雀は涼しげな顔をしている。中秋は朱雀の管轄ではないのだろう。白虎はどうしてか難しい顔をしていた。
『中秋ですか。私一人では決めかねます』
『よく相談なされよ。春の大祭は見事であった。楽しみにしておるぞ』
相談しろと言いながら皇太后は香子が参加すると疑わないようである。香子は苦笑した。
春の大祭の際のすったもんだを思い出し、香子はげんなりした。
日は短くなってきているがまだ日の入りは戌の刻(七時以降)である。昼間は暑くてとても外出などできないだろう。
御花園の広めの四阿で、と伝えられ香子は苦笑した。仕える方々は本当にお疲れ様だと思う。
皇太后と会う時は白虎が必須である。四神は持ち物ではないが香子としては皇太后と白虎はセットのようなイメージがあった。白虎は眉を寄せて嫌がりそうだが。そしていざという時に対応してもらえないと困るので、玄武か朱雀が一緒に向かうのが望ましい。
『今回は……どうしましょうね?』
夕食時、少なくとも今夜中に返事をしないと準備に困るだろうと香子が首を傾げると、玄武と朱雀は顔を見合わせた。そのままだと朱雀が玄武に遠慮して辞退しそうな気もする。
『剪刀石頭布(じゃんけん)で決めましょう』
『剪刀石頭布とは何か?』
案の定四神は知らなかったようである。確かに四神がじゃんけんをする図なんて想像できない。というわけで手の動きと勝ち負けを説明した。運の要素が大きいのでこれなら公平ではないかという考え方である。
『ほほう。人の世界はこうやって物事を決めることもあるのか』
玄武が感心したように言ったが、侍女たちも知らないという。もしかしたら庶民なら知っているのかもしれない。主官の趙文英を通じて馬に聞けたら聞いてみたいと香子は思った。
四神のじゃんけんはシュールだった。いつまでも見ていたいような、もう二度と見たくないような不思議なかんじである。
勝ったのは朱雀であった。負けた玄武も少し嬉しそうにしていたことから、じゃんけんを教えてよかったと香子は思った。
そんなわけで皇太后とのお茶会には、白虎が香子を抱き上げ、朱雀、白雲、青藍、黒月、延夕玲、侍女たちで向かった。相変わらずの大移動である。御花園の四阿には皇太后だけでなく皇后もいた。できるだけ共にあり、目をかけていることをアピールしているのだろうと香子は想像した。
『老佛爷、この度はお誘いいただきありがとうございます』
白虎に抱かれた状態で挨拶をするのが失礼だということぐらいわかっているが、下ろしてくれないのだからしかたない。無駄だとわかっていても下ろすように声をかけた方がいいのだろうか。香子としても悩ましいところである。
『よいよい。そのような挨拶は不要じゃ。白虎様のおかげであろうか、とても涼しくなった。四神とは誠に不思議よの』
皇太后が機嫌よさそうにそう言った。ちろりと皇后を窺うと、皇后も心なしか嬉しそうな顔をしている。もう香子が誰の腕に抱かれたままでも睨んでくるようなことはなさそうだった。
『ありがとうございます。確かに四神の側にいると変わるようですね』
香子は基本四神宮にいるし、四神宮を出る時は必ず四神の誰かの腕の中なので気候の変化を感じることはできない。
『ほ……四神はそなたを片時も放さぬようじゃのう』
『いえ、その……四神宮の中はどこにいても一定の気温なのです……』
『ほほう、それは素晴らしい。一度中に入ってみたいものじゃ』
『老佛爷』
『わかっておるわ。言ってみただけじゃ』
皇太后の女官が声をかけた。あまり皇太后が窘められるというシチュエーションがないのでそれはそれで新鮮だった。
それまで皇太后と皇后を扇いでいた侍女たちが手を止める。涼石は各自持っているだろうが空間丸ごと心地よい気候になるわけではない。心なしか皇太后以下の顔つきがほころんだように見えた。
『夕玲もこの恩恵に浴しておるのか。羨ましいことよのう』
香子の後ろに控えている夕玲が恐縮しているのがわかった。
『恐れ入ります……』
『老佛爷、四神宮を一歩出ると変わるそうですよ』
『ほうほう。それも不思議な話じゃの』
あくまでまた聞きなのであやしいがそう言えば、皇太后は何度も軽く頷いた。
他愛のない話をしながらお茶を啜る。今日のお茶は太平猴魁(高級緑茶)だった。きっと皇后が用意したのだろう。贅沢だなぁと香子はご機嫌で舌鼓を打つ。茶菓子も相変わらず乾燥しているようなものが多いがおいしかった。
なんということもない雑談の後、皇太后が白虎を見た。
さすがに椅子に腰掛ける時は下ろしてもらったので香子は白虎と朱雀に挟まれた位置にいる。本来なら香子が呼ばれたのだから皇太后の隣に腰掛けるべきなのだろうが、白虎が隣にいる方が皇太后の機嫌がよさそうなのでかまわなかった。
『ところで、来月には秋の大祭があるが……花嫁様は如何なさる?』
秋の大祭? と聞いて内心首を傾げる。そういえば聞いたことがあったような。
『八月十五か』
白虎の呟きを聞いて香子は中秋節のことだと気づいた。旧暦八月十五日といえば満月である。香子は白虎と朱雀を窺った。朱雀は涼しげな顔をしている。中秋は朱雀の管轄ではないのだろう。白虎はどうしてか難しい顔をしていた。
『中秋ですか。私一人では決めかねます』
『よく相談なされよ。春の大祭は見事であった。楽しみにしておるぞ』
相談しろと言いながら皇太后は香子が参加すると疑わないようである。香子は苦笑した。
春の大祭の際のすったもんだを思い出し、香子はげんなりした。
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