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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
128.恋バナがしたいのです
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それからも紅児はいろいろ思い悩んでいたようだった。延夕玲も青藍と何やらありそうではあったが、夕玲はそれを決して表に出さない。それはそれで香子としても少し寂しかったが、求められていない以上お節介を焼くつもりはなかった。冷たいようではあるが結局は当人たちの問題である。
(うまくいってるといいなぁ)
恋バナに近いことができないのも少し寂しいと思う香子である。
四神宮で恋愛をしている女性、と言えば侍女頭の陳秀美と夕玲ぐらい。それも香子と対等なわけではないので香子に言われたら話さなければいけない。それではだめなのだ。わきゃわきゃと楽しく恋バナがしたいのだ。
(気軽にそういう話ができる相手がほしい……)
贅沢なのはわかっているが、いかんともしがたい。黒月とそういう話ができればいいのだが、残念ながら彼女はとても硬い。
(玄武さまへの愛を語ってもなぁ……)
自分が語る、というより相手の話が聞きたいのだ。
『あ』
『如何した』
ぬーぬーと何やら難しい顔をしながら青龍の腕を抱えていた香子が声を発した。
『老佛爷に会いたいです』
『何故に?』
青龍がピクリと眉を動かす。
『かつての恋の話が聞きたいのです!』
『?』
皇后が皇帝とラブラブ(死語)ならば皇后に聞きに行けばいいのだが、残念ながら皇后は皇帝とそれほど仲がいいとはいえない。だが皇太后はそれなりに先代の皇帝と仲がよかったようである。どんな風に出会い、どんな気持ちの変化があったのか教えてほしいと香子は思った。なんなら白虎への愛でもいい。
『……皇太后に面会希望を出す、ということでよろしいでしょうか』
青藍の冷静な対応に香子は頷いた。
『ええ。お話がしたいとお伝えして』
『承知しました』
皇太后に繋げるのはなかなかに面倒だったようだ。青藍が夕玲に伝え、主官である趙文英に伝え、書状をしたためて夕玲が翌朝持っていった。夕方に返事がきて、香子が皇太后に会えたのは三日後のことだった。
それなりに暑くなっている時期ではあるが四神が側にいれば快適な気温になるということもあり、香子は玄武、白虎とともに皇太后の住まう慈寧宮の庭に案内された。付き従ってきているのは黒月、夕玲、白雲、そして何故か青藍も一緒だった。
『老佛爷、お久しぶりです。此度は貴重なお時間を割いていただき……』
『花嫁さま。そのような挨拶はこの老人には不要ぞ。それよりも、先日の大祭はなかなかに見事でございました。できれば妾も朱雀さまや青龍さまの本性を見てみたかった』
最後の言葉は本当に残念そうに聞こえた。
『そうですね。確かになかなか見られないものだと思います』
だからといって、ではお見せしましょうということにはならないのも事実。あれは大祭故のデモンストレーションのようなものだ。
『して、なにやら話したいことがあると伺ったが』
『はい。他意はないんですけど、老佛爷の恋愛話がお聞きしたくて参りました』
『恋愛話? 妾の?』
『はい』
皇太后は文字通り鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした。それから難しい顔をする。
『花嫁さま……それをこの老人に聞いてなんとする?』
『なにも』
『なにも?』
皇太后はますますわからないという顔になった。
『他意はないんです。ただ単に、老佛爷がどのようにして先代の皇帝と会ったのか。そこからどう愛を育まれたのか。先達としてお教えいただければと』
『……純粋な興味と捉えてよいのか』
『はい』
困ったような顔に、しょうがないというような苦笑が浮かんだ。
『花嫁さまは変わっていらっしゃる』
香子は首を傾げた。
『……そんなことはないと思いますが』
『花嫁さまの世界には、花嫁さま以上に変わっている方がいらっしゃると?』
『そうですね。沢山いました。私はただの庶民です』
『ははは。面白いことをおっしゃる』
香子も皇太后も笑顔である。そのやりとりに夕玲は冷汗をかいていた。黒月と青藍はそれに気づいていたが、何をそんなに夕玲が恐がっているのか理解できない。
『しかし先帝か……出会いなどと言っても、挙式当日に顔を合わせたものでな』
『ああ、やっぱりそうなんですね』
平和な世であれば尚更そうだろうと香子は頷く。
『妾は当時、十五になったばかりでの。ただただ緊張して先帝の顔も全く見られなかったものじゃ』
懐かしそうに言う皇太后に香子はなにか大切なものを感じ取ったような気がした。
『失礼ですが、顔を見たこともない相手に嫁ぐというのはどういう気持ちなのですか』
『そうさの……妾も物語のような恋愛というものに憧れたことはある。だがな、妾は生まれた時から皇族に嫁ぐことが定められておった。夫となる方は、どのような御方だろうか。妾を少しは大事にしてくれるだろうか。後宮で苛められたりしないだろうかと不安でいっぱいじゃった』
そう言って皇太后が笑う。
『先帝は幸い妾をとても大事にしてくださった。しかし……』
憂う表情は息子である皇帝によるものだろう。
『このような話、花嫁さまは楽しいものかのぅ?』
『はい。とても勉強になります』
皇太后はまた困ったような顔をした。
『ほんに、花嫁さまは変わっていらっしゃる』
『? そんなことはないですよ?』
ただ話をしにきたというのがとても奇妙に感じられたらしい。
それから香子は白虎を椅子にしたまま皇太后といろいろ話をした。最初は戸惑っていた皇太后も、最後は声を上げて笑ったりもした。
なんということもない、夏の昼下がりの話である。
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「貴方色に染まる」は46、47話の頃です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
(うまくいってるといいなぁ)
恋バナに近いことができないのも少し寂しいと思う香子である。
四神宮で恋愛をしている女性、と言えば侍女頭の陳秀美と夕玲ぐらい。それも香子と対等なわけではないので香子に言われたら話さなければいけない。それではだめなのだ。わきゃわきゃと楽しく恋バナがしたいのだ。
(気軽にそういう話ができる相手がほしい……)
贅沢なのはわかっているが、いかんともしがたい。黒月とそういう話ができればいいのだが、残念ながら彼女はとても硬い。
(玄武さまへの愛を語ってもなぁ……)
自分が語る、というより相手の話が聞きたいのだ。
『あ』
『如何した』
ぬーぬーと何やら難しい顔をしながら青龍の腕を抱えていた香子が声を発した。
『老佛爷に会いたいです』
『何故に?』
青龍がピクリと眉を動かす。
『かつての恋の話が聞きたいのです!』
『?』
皇后が皇帝とラブラブ(死語)ならば皇后に聞きに行けばいいのだが、残念ながら皇后は皇帝とそれほど仲がいいとはいえない。だが皇太后はそれなりに先代の皇帝と仲がよかったようである。どんな風に出会い、どんな気持ちの変化があったのか教えてほしいと香子は思った。なんなら白虎への愛でもいい。
『……皇太后に面会希望を出す、ということでよろしいでしょうか』
青藍の冷静な対応に香子は頷いた。
『ええ。お話がしたいとお伝えして』
『承知しました』
皇太后に繋げるのはなかなかに面倒だったようだ。青藍が夕玲に伝え、主官である趙文英に伝え、書状をしたためて夕玲が翌朝持っていった。夕方に返事がきて、香子が皇太后に会えたのは三日後のことだった。
それなりに暑くなっている時期ではあるが四神が側にいれば快適な気温になるということもあり、香子は玄武、白虎とともに皇太后の住まう慈寧宮の庭に案内された。付き従ってきているのは黒月、夕玲、白雲、そして何故か青藍も一緒だった。
『老佛爷、お久しぶりです。此度は貴重なお時間を割いていただき……』
『花嫁さま。そのような挨拶はこの老人には不要ぞ。それよりも、先日の大祭はなかなかに見事でございました。できれば妾も朱雀さまや青龍さまの本性を見てみたかった』
最後の言葉は本当に残念そうに聞こえた。
『そうですね。確かになかなか見られないものだと思います』
だからといって、ではお見せしましょうということにはならないのも事実。あれは大祭故のデモンストレーションのようなものだ。
『して、なにやら話したいことがあると伺ったが』
『はい。他意はないんですけど、老佛爷の恋愛話がお聞きしたくて参りました』
『恋愛話? 妾の?』
『はい』
皇太后は文字通り鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした。それから難しい顔をする。
『花嫁さま……それをこの老人に聞いてなんとする?』
『なにも』
『なにも?』
皇太后はますますわからないという顔になった。
『他意はないんです。ただ単に、老佛爷がどのようにして先代の皇帝と会ったのか。そこからどう愛を育まれたのか。先達としてお教えいただければと』
『……純粋な興味と捉えてよいのか』
『はい』
困ったような顔に、しょうがないというような苦笑が浮かんだ。
『花嫁さまは変わっていらっしゃる』
香子は首を傾げた。
『……そんなことはないと思いますが』
『花嫁さまの世界には、花嫁さま以上に変わっている方がいらっしゃると?』
『そうですね。沢山いました。私はただの庶民です』
『ははは。面白いことをおっしゃる』
香子も皇太后も笑顔である。そのやりとりに夕玲は冷汗をかいていた。黒月と青藍はそれに気づいていたが、何をそんなに夕玲が恐がっているのか理解できない。
『しかし先帝か……出会いなどと言っても、挙式当日に顔を合わせたものでな』
『ああ、やっぱりそうなんですね』
平和な世であれば尚更そうだろうと香子は頷く。
『妾は当時、十五になったばかりでの。ただただ緊張して先帝の顔も全く見られなかったものじゃ』
懐かしそうに言う皇太后に香子はなにか大切なものを感じ取ったような気がした。
『失礼ですが、顔を見たこともない相手に嫁ぐというのはどういう気持ちなのですか』
『そうさの……妾も物語のような恋愛というものに憧れたことはある。だがな、妾は生まれた時から皇族に嫁ぐことが定められておった。夫となる方は、どのような御方だろうか。妾を少しは大事にしてくれるだろうか。後宮で苛められたりしないだろうかと不安でいっぱいじゃった』
そう言って皇太后が笑う。
『先帝は幸い妾をとても大事にしてくださった。しかし……』
憂う表情は息子である皇帝によるものだろう。
『このような話、花嫁さまは楽しいものかのぅ?』
『はい。とても勉強になります』
皇太后はまた困ったような顔をした。
『ほんに、花嫁さまは変わっていらっしゃる』
『? そんなことはないですよ?』
ただ話をしにきたというのがとても奇妙に感じられたらしい。
それから香子は白虎を椅子にしたまま皇太后といろいろ話をした。最初は戸惑っていた皇太后も、最後は声を上げて笑ったりもした。
なんということもない、夏の昼下がりの話である。
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「貴方色に染まる」は46、47話の頃です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
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