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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
120.異世界には便利な物があるようです
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四神宮の主官である趙文英からは、驚くほどあっさりと許可が下りた。基本四神が許可をすれば大概のことは叶えられる。黒月が四神に図り、趙に伝えてくれたのだろう。ありがたいことである。
紅児の養父を招き、料理などの交渉は紅児に任せることにした。
『そういえばお義父さまは入浴の習慣ってないのよね?』
ふと、馬遼が四神宮に来た時のことを思い出し、香子は紅児に尋ねた。
『あ、ハイ。そうですね』
『じゃあ先に体を洗ってもらいましょう。昼も残り湯はあるのかしら?』
『承知しました。お任せください』
侍女頭の陳秀美がそこらへんのことを仕切ってくれることとなった。馬遼も四神宮の厨房に入る前はしっかり体を洗っているらしい。衛生面には本当に気をつけてほしいと香子は思う。
(みんなにはできるだけ元気でいてほしいもの)
入浴の習慣がない者にもできるだけ入浴をさせるようにと香子は趙に言いつけていた。四神宮には二箇所湯殿がある。どちらに香子が入りたがってもいいように毎日両方に湯が張られるのだ。一日に何回も入るわけではないのだから湯がもったいないと香子は思った。侍女や住み込みの武官が使うのは当り前として、もし可能であれば下男や下女にも入浴をさせたいと伝えた。
快くとまではいかないが香子の希望は叶えられた。おかげで四神宮にいる面々は一番清潔である。
閑話休題。
紅児の養父は秦皇島で小吃店(主に軽食を出す店)を営んでいると聞いた。香子は元の世界にいた時秦皇島に行ったことがあった。山海関(万里の長城の東端)を見に行くのに泊まったのでせいぜい二日ぐらいしかいなかったが、海鮮が豊富でとてもおいしかったという記憶がある。
(海鮮の水餃子おいしかったな……)
海老の水餃子もあったが、小吃店で朝食を取った時は魚の身を荒く潰したものが入っていた。店の前には海鮮が並び、これとこれで調理してと頼むこともできた。
(でも、北京は内陸だから新鮮なものはほとんど食べられないんだよね)
『あ』
『如何した?』
白虎の毛を少し触らせてもらっている時である。これ以上モフるのは危険かなと葛藤し、ふとこの世界では食材の輸送をどうしているのだろうかと考えた。内陸には、隋の時代文帝と煬帝が整備した大運河があるはずだが、それだけでは新鮮な魚などは送れないだろう。思いつくとしたら、箱などに氷を敷き詰めて少しでも冷やして運ぶというのが現実的である。しかしそれでは輸送コストがかかりすぎると思ったところで、この世界には不思議な石があったことを思い出した。
『白虎さま、この国には便利な石がいろいろあるみたいですけど物を凍らせるようなものはないんですか?』
『凍らせる? どういうものだ?』
『ええと、確か周囲の温度を感知して涼しくする石は”涼石”ですよね? 涼しくするだけでなく、例えば食べ物などを凍らせる石がないかなと思ったんです』
『食べ物を凍らせてどうするのだ』
『遠いところから新鮮な食材を輸送できます』
『ほう……聞いてみよう』
白虎はいまいちピンとこない様子だったが、物を凍らせるメリットを理解すると虚空を見やった。他の三神と情報共有をしてくれているのだろうと、香子は白虎の毛を引き続き撫でることにした。
(もふもふ……癒される……)
いつ見ても白銀の毛は見事だ。
(この毛を集めてぬいぐるみとか作ったら撫で放題だよね)
気ままに撫でることができないというのも香子としては不満だった。
『……香子、何を考えている』
『ん? なんでもナイデスヨー』
不穏な気配を感じたのか白虎に窘められた。そういえばはっきりとではないが感情が伝わるというのを忘れていた。
(いけないいけない)
『玄武兄が話を聞きたいそうだ。こちらへいらっしゃる』
『玄武さまが? はーい』
目を閉じさせられ、瞼に強い光を感じた後白虎は人の姿をとった。香子としてはすこぶる残念である。
居間に移動するとほどなくして玄武が訪れた。食堂などでは一緒になるが、昼にこうして姿を見るのは不思議な感じがする。
『香子』
優しい笑みと、響くバリトンに香子は陶然となる。白虎のバスもなかなか腰にくるのだが、玄武の声はなんとも説明しがたいけれど特別だった。
『玄武さま、ありがとうございます』
『礼を言うことはない。昼の光の中でくつろぐそなたも愛らしい』
こういうことをさらりと言うのだからたまらない。白虎の腕の中で身悶える香子を、白虎は面白そうに眺めていた。
『え、ええと……石、というか凍らせる働きをするものについて何かあれば教えていただきたいのですが……』
『ふむ。確か我が領地にそのようなものがあると耳にしたような気がする。”凍石”であったか”冰石”であったか……』
『名称はともかくとして、あるはあるんですね?』
『存在するはずだ。周囲にあるものを凍らせる為、持ち運びを想定はしていない』
ということは出回っていないのかもしれない。
『玄武さまの領地にあるんですよね』
『おそらく』
『それを分けてもらうことは可能なんですか?』
『……言ってみよう』
玄武の領地には玄武の眷属がいる。玄武からの声は届くが、玄武に返答はできないはずである。
『もしあるならば明日には届くはずだ』
『ありがとうございます』
一方的な命令に応えるというのもたいへんだ。自分が言い出したことではあるが、香子は眷属たちを少し気の毒に思った。
翌日の夜、以前も四神宮に来たことがある黒羽が大量の箱を運んでやってきた。
『花嫁さまのご希望に添えるといいのですが』
中には凍石だけでなく、沢山の海産物が入っていた。香子が狂喜したのは言うまでもない。眷属の気遣いに香子がうっかり惚れそうになったことはないしょである。
ーーーーー
「貴方色に染まる」35話辺りです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
紅児の養父を招き、料理などの交渉は紅児に任せることにした。
『そういえばお義父さまは入浴の習慣ってないのよね?』
ふと、馬遼が四神宮に来た時のことを思い出し、香子は紅児に尋ねた。
『あ、ハイ。そうですね』
『じゃあ先に体を洗ってもらいましょう。昼も残り湯はあるのかしら?』
『承知しました。お任せください』
侍女頭の陳秀美がそこらへんのことを仕切ってくれることとなった。馬遼も四神宮の厨房に入る前はしっかり体を洗っているらしい。衛生面には本当に気をつけてほしいと香子は思う。
(みんなにはできるだけ元気でいてほしいもの)
入浴の習慣がない者にもできるだけ入浴をさせるようにと香子は趙に言いつけていた。四神宮には二箇所湯殿がある。どちらに香子が入りたがってもいいように毎日両方に湯が張られるのだ。一日に何回も入るわけではないのだから湯がもったいないと香子は思った。侍女や住み込みの武官が使うのは当り前として、もし可能であれば下男や下女にも入浴をさせたいと伝えた。
快くとまではいかないが香子の希望は叶えられた。おかげで四神宮にいる面々は一番清潔である。
閑話休題。
紅児の養父は秦皇島で小吃店(主に軽食を出す店)を営んでいると聞いた。香子は元の世界にいた時秦皇島に行ったことがあった。山海関(万里の長城の東端)を見に行くのに泊まったのでせいぜい二日ぐらいしかいなかったが、海鮮が豊富でとてもおいしかったという記憶がある。
(海鮮の水餃子おいしかったな……)
海老の水餃子もあったが、小吃店で朝食を取った時は魚の身を荒く潰したものが入っていた。店の前には海鮮が並び、これとこれで調理してと頼むこともできた。
(でも、北京は内陸だから新鮮なものはほとんど食べられないんだよね)
『あ』
『如何した?』
白虎の毛を少し触らせてもらっている時である。これ以上モフるのは危険かなと葛藤し、ふとこの世界では食材の輸送をどうしているのだろうかと考えた。内陸には、隋の時代文帝と煬帝が整備した大運河があるはずだが、それだけでは新鮮な魚などは送れないだろう。思いつくとしたら、箱などに氷を敷き詰めて少しでも冷やして運ぶというのが現実的である。しかしそれでは輸送コストがかかりすぎると思ったところで、この世界には不思議な石があったことを思い出した。
『白虎さま、この国には便利な石がいろいろあるみたいですけど物を凍らせるようなものはないんですか?』
『凍らせる? どういうものだ?』
『ええと、確か周囲の温度を感知して涼しくする石は”涼石”ですよね? 涼しくするだけでなく、例えば食べ物などを凍らせる石がないかなと思ったんです』
『食べ物を凍らせてどうするのだ』
『遠いところから新鮮な食材を輸送できます』
『ほう……聞いてみよう』
白虎はいまいちピンとこない様子だったが、物を凍らせるメリットを理解すると虚空を見やった。他の三神と情報共有をしてくれているのだろうと、香子は白虎の毛を引き続き撫でることにした。
(もふもふ……癒される……)
いつ見ても白銀の毛は見事だ。
(この毛を集めてぬいぐるみとか作ったら撫で放題だよね)
気ままに撫でることができないというのも香子としては不満だった。
『……香子、何を考えている』
『ん? なんでもナイデスヨー』
不穏な気配を感じたのか白虎に窘められた。そういえばはっきりとではないが感情が伝わるというのを忘れていた。
(いけないいけない)
『玄武兄が話を聞きたいそうだ。こちらへいらっしゃる』
『玄武さまが? はーい』
目を閉じさせられ、瞼に強い光を感じた後白虎は人の姿をとった。香子としてはすこぶる残念である。
居間に移動するとほどなくして玄武が訪れた。食堂などでは一緒になるが、昼にこうして姿を見るのは不思議な感じがする。
『香子』
優しい笑みと、響くバリトンに香子は陶然となる。白虎のバスもなかなか腰にくるのだが、玄武の声はなんとも説明しがたいけれど特別だった。
『玄武さま、ありがとうございます』
『礼を言うことはない。昼の光の中でくつろぐそなたも愛らしい』
こういうことをさらりと言うのだからたまらない。白虎の腕の中で身悶える香子を、白虎は面白そうに眺めていた。
『え、ええと……石、というか凍らせる働きをするものについて何かあれば教えていただきたいのですが……』
『ふむ。確か我が領地にそのようなものがあると耳にしたような気がする。”凍石”であったか”冰石”であったか……』
『名称はともかくとして、あるはあるんですね?』
『存在するはずだ。周囲にあるものを凍らせる為、持ち運びを想定はしていない』
ということは出回っていないのかもしれない。
『玄武さまの領地にあるんですよね』
『おそらく』
『それを分けてもらうことは可能なんですか?』
『……言ってみよう』
玄武の領地には玄武の眷属がいる。玄武からの声は届くが、玄武に返答はできないはずである。
『もしあるならば明日には届くはずだ』
『ありがとうございます』
一方的な命令に応えるというのもたいへんだ。自分が言い出したことではあるが、香子は眷属たちを少し気の毒に思った。
翌日の夜、以前も四神宮に来たことがある黒羽が大量の箱を運んでやってきた。
『花嫁さまのご希望に添えるといいのですが』
中には凍石だけでなく、沢山の海産物が入っていた。香子が狂喜したのは言うまでもない。眷属の気遣いに香子がうっかり惚れそうになったことはないしょである。
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「貴方色に染まる」35話辺りです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
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