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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
113.楼台から手を振ることなんて一生ないと思っていました ※R13
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祭祀の為に着替えが必要だというのはわかっていたが、祭祀の後にも着替えや直しが必要というのはこういう理由だったのかと空中散歩から下りてみて香子は納得した。朱雀の上に載っていた為それほど外気の影響は受けなかったが風は感じていた。飾りが取れるほど強い風にはあたらなかったが、それでも髪型とか衣裳とか多少乱れはしたらしい。
さすがに満腹になり、恨めしそうに食べ残してしまったごちそうを眺めていた香子だったが、『花嫁様、お着替えを』と促されてしぶしぶ料理の前から移動した。
再び輿に乗って前門まで戻り、今度は前門の上に上がって民たちに顔を見せなければならないらしい。故に目立つ衣裳が求められる。今度は薄い緑の上衣の上に朱雀を思わせる赤い長袍を着せられた。長袍には金で朱雀と青龍が刺繍されている。もう、なんというか贅沢な衣裳であった。
長袍は本当に長く、歩く時引きずるほどなので香子としてはあまり着たくはないのだが、どうせ移動は朱雀か青龍の腕の中である。それほど気にすることでもなかった。
(布の多さも権威の証だもんねぇ……)
四神は当り前に長袍を羽織っているが、その歩みには些かのブレもない。とても不公平だとは思うが相手は神様なので全てが規格外なのだろう。
どうやら今回はこのまま王城へ戻るらしい。庭を見せてもらいたかったなと香子は思ったが、これからも機会はあるだろうと今回は何も言わないことにした。
北天門に戻り輿に乗る。張錦飛は最後まで笑顔を絶やさなかった。
香子は心の中で(老師、また)と挨拶し一旦別れを告げた。
今日は一日晴天のようで、午後もそれなりに過ぎたと思うのに雲一つない。
『神様って天候も操れるんですか?』
輿に揺られながら香子は椅子と化している朱雀に聞いてみた。
『局地的にはできないこともないが、そうするには些か足りぬな』
『? 何がですか?』
背後に顔を向けて尋ねると、朱雀が妖艶な顔をして笑んだ。香子はすぐに(あ、これまずいやつだ)と気づいたが後の祭り。
『もっとそなたと交じり合えばそなたの望むように天候を操ることもできるようになろう』
『……あ……』
耳元で囁かれる甘いテナー。逃れようにも朱雀の腕は香子を抱きしめ、上衣の上からやわやわと胸を揉んでいる。
『朱、朱雀様……服が……そ、それに操らなくても、大丈夫、ですから……』
『よいのか? 残念だな。そなたが望むなら皇帝の首さえ捧げてやれるのだが』
ククッと喉の奥で楽しそうに笑う朱雀に冷汗が流れる。いったい何を言いだすのだ。
『……そんなものいりません! もう、こういうことは夜だけにしてください!』
『ならば今宵は二人きりで、というのはどうだ?』
『……え……?』
いつもは玄武と一緒である。毎晩二人同時に!? というと香子が淫乱なようだが、玄武は優しいが朱雀はどちらかと言えばS気質なので、二人きりで、というのは香子にとってなかなかにハードルが高い。
『今宵我と共に過ごし、明日の夜は玄武兄と過ごせばいいだろう?』
『……ううう……』
それはそれでなんとも魅力的な提案だと香子は思う。ただしそれは朱雀が玄武のように香子を甘やかしてくれる場合だ。
『で、でも朱雀様はいじわるですから……』
『ほう?』
口から出た言葉は戻らない。しまった、と思った時には口唇を奪われていた。それから香子はしばらく朱雀と、甘く、蕩けるような口付けを交わした。
服や髪の乱れがないか確認して輿を降りる。
前門の近くまで戻ってくると沿道に人が溢れているのが見えた。みなお祭り騒ぎで、楽しんでいるのが窺えた。
いいなぁと香子は思う。こういう行列の中にいる人はどんな気持ちなのかなんて考えたこともない。けれどきっと周りで見ている方が楽しそうだと香子は改めて思った。
さて、前門の内側である。前門の楼台に向かうには長く急な階段を上っていかなければならないらしい。香子は朱雀の腕の中なのでどうということはないが、皇帝が自分の足で上っているのを見て少しおかしくなった。
楼台に繋がる扉の前で待機する。
やがて。
ボワアアアーーン ボワアアアーーン ボワアアアーーーーン!!
銅鑼の音が何度もし、外側のざわめきが静かになった。
皇帝が先に出るのかと思ったら違うらしい。楼台に続く大きな扉が開かれる。
オオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!
後ろの方から波のように押し寄せてくる群集のどよめきに、香子は驚いて目を閉じそうになった。朱雀が悠々と楼台に出る。香子は周りを見回したいという好奇心をどうにか押し殺し、朱雀の腕の中でまっすぐに前を向く。
『陵光神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!』
朱雀の後に青龍、そして皇帝が続いて出てきたようだが民の視線は朱雀に向いているようだった。
『花嫁様、どうか御手を』
『あ、はい』
笑顔の皇帝に促されてどうにか引きつった笑顔を作り、手を振ってみる。
ワアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!!!
群集の声に圧倒される。思わずのけぞりそうになった。
『陵光神君、孟章神君そして白香娘娘により、天に祈りは届けられた!! 大唐の繁栄はこれからも永劫に続くであろう!!』
皇帝がありったけの声を上げて叫ぶように国民へと伝えた。
『皇上、万歳万歳万々歳!! 陵光神君、万歳万歳万々歳!! 孟章神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!』
群集の熱狂は留まるところを知らないようだった。
香子が手を振りながらいつ終わるんだろうと思った頃、やっと戻るよう促された。香子はほっとした。
これでもうしばらくは人民の前に姿を見せる必要はないだろう。香子は自分のぐったりとした表情を誰にも見せない為に、朱雀の胸に顔を埋めた。
ただの庶民に戻りたい、と香子は切実に思った。
ーーーーー
50万字を越えました。これからも物語は続きます。
いつも応援ありがとうございます!!
「貴方色に染まる」29話辺り。紅児が頬を上気させて見上げていた頃の舞台裏です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
さすがに満腹になり、恨めしそうに食べ残してしまったごちそうを眺めていた香子だったが、『花嫁様、お着替えを』と促されてしぶしぶ料理の前から移動した。
再び輿に乗って前門まで戻り、今度は前門の上に上がって民たちに顔を見せなければならないらしい。故に目立つ衣裳が求められる。今度は薄い緑の上衣の上に朱雀を思わせる赤い長袍を着せられた。長袍には金で朱雀と青龍が刺繍されている。もう、なんというか贅沢な衣裳であった。
長袍は本当に長く、歩く時引きずるほどなので香子としてはあまり着たくはないのだが、どうせ移動は朱雀か青龍の腕の中である。それほど気にすることでもなかった。
(布の多さも権威の証だもんねぇ……)
四神は当り前に長袍を羽織っているが、その歩みには些かのブレもない。とても不公平だとは思うが相手は神様なので全てが規格外なのだろう。
どうやら今回はこのまま王城へ戻るらしい。庭を見せてもらいたかったなと香子は思ったが、これからも機会はあるだろうと今回は何も言わないことにした。
北天門に戻り輿に乗る。張錦飛は最後まで笑顔を絶やさなかった。
香子は心の中で(老師、また)と挨拶し一旦別れを告げた。
今日は一日晴天のようで、午後もそれなりに過ぎたと思うのに雲一つない。
『神様って天候も操れるんですか?』
輿に揺られながら香子は椅子と化している朱雀に聞いてみた。
『局地的にはできないこともないが、そうするには些か足りぬな』
『? 何がですか?』
背後に顔を向けて尋ねると、朱雀が妖艶な顔をして笑んだ。香子はすぐに(あ、これまずいやつだ)と気づいたが後の祭り。
『もっとそなたと交じり合えばそなたの望むように天候を操ることもできるようになろう』
『……あ……』
耳元で囁かれる甘いテナー。逃れようにも朱雀の腕は香子を抱きしめ、上衣の上からやわやわと胸を揉んでいる。
『朱、朱雀様……服が……そ、それに操らなくても、大丈夫、ですから……』
『よいのか? 残念だな。そなたが望むなら皇帝の首さえ捧げてやれるのだが』
ククッと喉の奥で楽しそうに笑う朱雀に冷汗が流れる。いったい何を言いだすのだ。
『……そんなものいりません! もう、こういうことは夜だけにしてください!』
『ならば今宵は二人きりで、というのはどうだ?』
『……え……?』
いつもは玄武と一緒である。毎晩二人同時に!? というと香子が淫乱なようだが、玄武は優しいが朱雀はどちらかと言えばS気質なので、二人きりで、というのは香子にとってなかなかにハードルが高い。
『今宵我と共に過ごし、明日の夜は玄武兄と過ごせばいいだろう?』
『……ううう……』
それはそれでなんとも魅力的な提案だと香子は思う。ただしそれは朱雀が玄武のように香子を甘やかしてくれる場合だ。
『で、でも朱雀様はいじわるですから……』
『ほう?』
口から出た言葉は戻らない。しまった、と思った時には口唇を奪われていた。それから香子はしばらく朱雀と、甘く、蕩けるような口付けを交わした。
服や髪の乱れがないか確認して輿を降りる。
前門の近くまで戻ってくると沿道に人が溢れているのが見えた。みなお祭り騒ぎで、楽しんでいるのが窺えた。
いいなぁと香子は思う。こういう行列の中にいる人はどんな気持ちなのかなんて考えたこともない。けれどきっと周りで見ている方が楽しそうだと香子は改めて思った。
さて、前門の内側である。前門の楼台に向かうには長く急な階段を上っていかなければならないらしい。香子は朱雀の腕の中なのでどうということはないが、皇帝が自分の足で上っているのを見て少しおかしくなった。
楼台に繋がる扉の前で待機する。
やがて。
ボワアアアーーン ボワアアアーーン ボワアアアーーーーン!!
銅鑼の音が何度もし、外側のざわめきが静かになった。
皇帝が先に出るのかと思ったら違うらしい。楼台に続く大きな扉が開かれる。
オオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!
後ろの方から波のように押し寄せてくる群集のどよめきに、香子は驚いて目を閉じそうになった。朱雀が悠々と楼台に出る。香子は周りを見回したいという好奇心をどうにか押し殺し、朱雀の腕の中でまっすぐに前を向く。
『陵光神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!』
朱雀の後に青龍、そして皇帝が続いて出てきたようだが民の視線は朱雀に向いているようだった。
『花嫁様、どうか御手を』
『あ、はい』
笑顔の皇帝に促されてどうにか引きつった笑顔を作り、手を振ってみる。
ワアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!!!
群集の声に圧倒される。思わずのけぞりそうになった。
『陵光神君、孟章神君そして白香娘娘により、天に祈りは届けられた!! 大唐の繁栄はこれからも永劫に続くであろう!!』
皇帝がありったけの声を上げて叫ぶように国民へと伝えた。
『皇上、万歳万歳万々歳!! 陵光神君、万歳万歳万々歳!! 孟章神君、万歳万歳万々歳!! 白香娘娘、千歳千歳千々歳!!』
群集の熱狂は留まるところを知らないようだった。
香子が手を振りながらいつ終わるんだろうと思った頃、やっと戻るよう促された。香子はほっとした。
これでもうしばらくは人民の前に姿を見せる必要はないだろう。香子は自分のぐったりとした表情を誰にも見せない為に、朱雀の胸に顔を埋めた。
ただの庶民に戻りたい、と香子は切実に思った。
ーーーーー
50万字を越えました。これからも物語は続きます。
いつも応援ありがとうございます!!
「貴方色に染まる」29話辺り。紅児が頬を上気させて見上げていた頃の舞台裏です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
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