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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
108.それはまるで映画のようでした
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王英明に先導され、朱雀に抱かれた香子がまず向かったのは式典などに使われる太和殿である。その前で皇帝と共に百官から挨拶を受けるらしい。
(頭重い……)
朱雀に頭をもたせかけているのだがそれでも刺された簪が重過ぎる。簪は一本だけではないし、簪から垂れ下がる飾りもただのおもりのように香子には感じられた。
先導するのは王英明である。その後ろに香子を抱いた朱雀、青龍、黒月、延夕玲、青藍と続いた。相変わらずの大所帯である。今回玄武と白虎は留守番だ。そしてどういうわけか紅夏も着いてこないらしい。
四神宮から太和殿まであっちへ曲がりこっちへ曲がってと似たような回廊が続く。香子は道を覚えようとしたがまた全然覚えられなかった。香子が覚える必要は全くないのだが、覚えられたらと毎回思ってしまうのだ。
王の足がある建物の前で止まる。着いたのかと思い香子が顔を上げるとそこは太和殿の手前の中和殿だった。
『朱雀様、青龍様、白香娘娘、お待ちしておりました』
着いたと同時に皇帝がにこやかな表情をしながら中和殿から出てきて、二神と香子を迎えた。
『……儀礼というものはなんとも煩わしい。すみやかに終らせよ』
『朱雀様……!』
硬質なテナーが不機嫌そうに告げる。香子は朱雀の袖を引っ張った。ここに皇帝が一人ならば気にしなくてもいいが今日は仕えている者が多すぎる。さすがに面子を潰すような物言いはまずいと香子は思った。
『白香娘娘は慈悲深い。こたびは大祭に参加していただき感謝に堪えませぬ。天壇には大唐の幸をご用意しております。どうぞお楽しみください』
大唐の幸と言われて香子が反応する。どんなものが出てくるのかと想像するだに楽しみである。だが満漢全席のようなものだとゲテモノも多いのではなかろうか。
(素材だけとかそういうのも困るなぁ)
香子は四神の添え物なので思ったよりは気楽である。そのわりに衣装だの装飾品だのといろいろ面倒ではあったが。添え物とはいっても四神の花嫁。衣裳や小物、化粧の仕方など周りの気合の入れようはハンパなかった。
中書令の李雲に促され朱雀以下四神一行は太和殿に向かった。すぐそこの建物ではあるが一応案内するのが大事なのだろう。(すぐそことはいってもかなり離れている)
太和殿の前ではすでに百官が勢ぞろいしていた。みな等間隔に平伏しているさまは、香子にラストエンペラーのシーンを彷彿とさせた。ラストエンペラーは満州族の王朝だったので衣裳も髪型も違うのだが、その景色は圧巻の一言だった。
ボワアアアーン ボワアアアーン ボワアアアーーーン! と皇帝の到着を知らせる銅鑼が鳴る。
『皇上駕到~!』(皇帝陛下のおな~り~!)
皇帝が太和殿の前に進み出て辺りを睥睨する。二神も自然に横に並ぶ。百官がそれに合わせたように一斉に声を上げた。
『皇上万歳万歳万々歳! 孟章神君万歳万歳万々歳! 陵光神君万歳万歳万々歳! 白香娘娘千歳千歳千々歳!』
百官の大音声に香子は目を丸くした。もうただただ圧倒されるばかりである。
『平身!』(体を起こせ)
『謝皇上!!』(皇帝陛下、ありがとうございます!)
ザッ! と百官が平伏していた体を一斉に起こす。
(わぁ……)
香子が、映画やドラマでしか見たことがない光景が目の前に広がっている。乌纱帽を被り、暗い赤っぽい圆领袍をまとった人々が整然と並んでいる。それを皇帝は一段高いところから見下ろしているのだ。
(これが、皇帝の権威なのね)
権力の縮図を目の当たりにして、香子はぶるっと身を震わせた。自分の足で立っていなくてよかったとしみじみ思う。きっと自分で立っていたなら、先ほどの大音声でへなへなと崩れてしまったかもしれない。
『このよき晴れた日に大祭を行える喜びを讃えようではないか! こたびは孟章神君並びに陵光神君、そして白香娘娘もお祝いにいらっしゃった。これに驕ることなくこれからも政に努めよう!』
『唯!』(はい)
返事一つとっても圧倒される。
(なんだか……本当に、すごく遠くに来てしまった……)
香子は目が潤むのを感じた。なにがどう、というわけではない。自分が主役でもない。だがこれは、元の世界にいたら決して見ることのできない光景なのだ。
これは香子にとって、映画とかドラマでしか見ることができない世界だった。
皇帝に促され二神が石造りの階段を下りる。いつのまにか下りたところに輿が用意されていた。青龍が朱雀から香子を受け取り、抱いたまま輿に乗った。
プアーンと独特の音色が奏でられ、輿が持ち上がる。輿には薄絹がかけられ、外から中の様子は影ぐらいしか窺えないようになっている。もちろん強めに風が吹けばその薄絹も持ち上がることがあるかもしれない。しかし輿の両側には何人も控えているようだったから、やはり沿道の人々が貴人を見ることはできそうになかった。
ゆっくりと輿が動き出す。香子は青龍の腕をぎゅっと抱えた。
やっと王城の外に出られる。自分の足で立つことはないだろうが、改めて唐の街並みを見られる絶好の機会だった。
『香子、泣くな』
なのに、何故目の前が潤んでいるのだろう。
香子は知らず知らずのうちに頬を濡らしていた。
ーーーー
孟章神君 青龍
陵光神君 朱雀
白香娘娘 香子
「貴方色に染まる」26話と連動しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
別作品で現在ライト文芸大賞参加しています。
「茶縁~君を想う」 完結
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/324197449
現代恋愛物、男性視点、舞台は北京、安定のハッピーエンドです。
どうぞよろしくお願いします。
(頭重い……)
朱雀に頭をもたせかけているのだがそれでも刺された簪が重過ぎる。簪は一本だけではないし、簪から垂れ下がる飾りもただのおもりのように香子には感じられた。
先導するのは王英明である。その後ろに香子を抱いた朱雀、青龍、黒月、延夕玲、青藍と続いた。相変わらずの大所帯である。今回玄武と白虎は留守番だ。そしてどういうわけか紅夏も着いてこないらしい。
四神宮から太和殿まであっちへ曲がりこっちへ曲がってと似たような回廊が続く。香子は道を覚えようとしたがまた全然覚えられなかった。香子が覚える必要は全くないのだが、覚えられたらと毎回思ってしまうのだ。
王の足がある建物の前で止まる。着いたのかと思い香子が顔を上げるとそこは太和殿の手前の中和殿だった。
『朱雀様、青龍様、白香娘娘、お待ちしておりました』
着いたと同時に皇帝がにこやかな表情をしながら中和殿から出てきて、二神と香子を迎えた。
『……儀礼というものはなんとも煩わしい。すみやかに終らせよ』
『朱雀様……!』
硬質なテナーが不機嫌そうに告げる。香子は朱雀の袖を引っ張った。ここに皇帝が一人ならば気にしなくてもいいが今日は仕えている者が多すぎる。さすがに面子を潰すような物言いはまずいと香子は思った。
『白香娘娘は慈悲深い。こたびは大祭に参加していただき感謝に堪えませぬ。天壇には大唐の幸をご用意しております。どうぞお楽しみください』
大唐の幸と言われて香子が反応する。どんなものが出てくるのかと想像するだに楽しみである。だが満漢全席のようなものだとゲテモノも多いのではなかろうか。
(素材だけとかそういうのも困るなぁ)
香子は四神の添え物なので思ったよりは気楽である。そのわりに衣装だの装飾品だのといろいろ面倒ではあったが。添え物とはいっても四神の花嫁。衣裳や小物、化粧の仕方など周りの気合の入れようはハンパなかった。
中書令の李雲に促され朱雀以下四神一行は太和殿に向かった。すぐそこの建物ではあるが一応案内するのが大事なのだろう。(すぐそことはいってもかなり離れている)
太和殿の前ではすでに百官が勢ぞろいしていた。みな等間隔に平伏しているさまは、香子にラストエンペラーのシーンを彷彿とさせた。ラストエンペラーは満州族の王朝だったので衣裳も髪型も違うのだが、その景色は圧巻の一言だった。
ボワアアアーン ボワアアアーン ボワアアアーーーン! と皇帝の到着を知らせる銅鑼が鳴る。
『皇上駕到~!』(皇帝陛下のおな~り~!)
皇帝が太和殿の前に進み出て辺りを睥睨する。二神も自然に横に並ぶ。百官がそれに合わせたように一斉に声を上げた。
『皇上万歳万歳万々歳! 孟章神君万歳万歳万々歳! 陵光神君万歳万歳万々歳! 白香娘娘千歳千歳千々歳!』
百官の大音声に香子は目を丸くした。もうただただ圧倒されるばかりである。
『平身!』(体を起こせ)
『謝皇上!!』(皇帝陛下、ありがとうございます!)
ザッ! と百官が平伏していた体を一斉に起こす。
(わぁ……)
香子が、映画やドラマでしか見たことがない光景が目の前に広がっている。乌纱帽を被り、暗い赤っぽい圆领袍をまとった人々が整然と並んでいる。それを皇帝は一段高いところから見下ろしているのだ。
(これが、皇帝の権威なのね)
権力の縮図を目の当たりにして、香子はぶるっと身を震わせた。自分の足で立っていなくてよかったとしみじみ思う。きっと自分で立っていたなら、先ほどの大音声でへなへなと崩れてしまったかもしれない。
『このよき晴れた日に大祭を行える喜びを讃えようではないか! こたびは孟章神君並びに陵光神君、そして白香娘娘もお祝いにいらっしゃった。これに驕ることなくこれからも政に努めよう!』
『唯!』(はい)
返事一つとっても圧倒される。
(なんだか……本当に、すごく遠くに来てしまった……)
香子は目が潤むのを感じた。なにがどう、というわけではない。自分が主役でもない。だがこれは、元の世界にいたら決して見ることのできない光景なのだ。
これは香子にとって、映画とかドラマでしか見ることができない世界だった。
皇帝に促され二神が石造りの階段を下りる。いつのまにか下りたところに輿が用意されていた。青龍が朱雀から香子を受け取り、抱いたまま輿に乗った。
プアーンと独特の音色が奏でられ、輿が持ち上がる。輿には薄絹がかけられ、外から中の様子は影ぐらいしか窺えないようになっている。もちろん強めに風が吹けばその薄絹も持ち上がることがあるかもしれない。しかし輿の両側には何人も控えているようだったから、やはり沿道の人々が貴人を見ることはできそうになかった。
ゆっくりと輿が動き出す。香子は青龍の腕をぎゅっと抱えた。
やっと王城の外に出られる。自分の足で立つことはないだろうが、改めて唐の街並みを見られる絶好の機会だった。
『香子、泣くな』
なのに、何故目の前が潤んでいるのだろう。
香子は知らず知らずのうちに頬を濡らしていた。
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孟章神君 青龍
陵光神君 朱雀
白香娘娘 香子
「貴方色に染まる」26話と連動しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
別作品で現在ライト文芸大賞参加しています。
「茶縁~君を想う」 完結
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/324197449
現代恋愛物、男性視点、舞台は北京、安定のハッピーエンドです。
どうぞよろしくお願いします。
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