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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
107.始まる前からすでにとても疲れています
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それから数日後、セレスト王国から行方不明者の問い合わせがあったという記録が確認されたという報告が、香子にもたらされた。
紅児も同席させ詳しく聞いてみると、記録の保管をしていた担当省が違った為合わせて調べることを怠ったと王英明が恐縮していた。そうは言っても紅児の件は四神の花嫁から託されたもの。これでも最優先で対応していることは察せられた。
とはいえそれとこれとは別である。
「お役所仕事ってやつね」
どっかで聞いた話だと香子は思う。
紅児がセレスト王国の探し人というには証拠が弱いかもしれないが、四神の花嫁の命令ならどうか。
セレスト王国へ使者を立てるよう言えば、王が冷汗をかきながら曖昧な返事をした。
「そうね、(使者を立てることが)できないと言うならこちらにも考えがあると伝えておいてちょうだい」
にっこりと笑んで言ってやれば王は可哀想に一瞬固まった。
「はっ! 必ずや伝えます」
平伏した背中に色男が台無しだと香子は思う。人基準で言えば王はイケメンだろう。香子はちら、と自分を抱き上げている青龍を窺う。こんな心臓に悪い美貌にも随分慣れてしまった。
「香子、如何した?」
「なんでもないです。一度部屋に戻ってもいいですか。その後青龍さまの室に行きましょう?」
「承知した」
香子は紅児を彼女の職場である自分の部屋に送り届けると、お茶を一杯飲んでから青龍の室へ連れていかれた。
「香子」
きた! と香子は内心身構える。後ろから自分を抱きこんでいる青龍の腕に手を添えた。
「……もうすぐ大祭ですから、終ってからゆっくりしましょう」
暗に大祭が終るまでは抱かれない宣言をしておく。
「そうだな。……抱きはせぬ」
青龍はククッと喉の奥で笑うと香子を抱いたまま長椅子から立ち上がった。危なげない安定した浮遊感に香子は青龍の首に両腕を回す。その頬はほんのり赤く染まっていた。
「……ずっと床で過ごすのは嫌です」
「善処しよう」
けれどそのまま寝室へ運ばれてしまえばそれがあくまで努力目標だということは知れる。
こんなただれた生活をしていていいものかと、香子も正気に戻れば頭を抱えてしまうことはわかっていたが今は何も考えないことにした。
* *
春の大祭の朝はまるで戦争のようだった。
旧暦の端午である。日本だと新暦の5月5日だが、こちらは旧暦(陰暦)の為日本でいうところの6月半ばだ。(注:年によって違います)
例年であれば皇帝が天壇で祭祀を行い、王城に戻ってきて有力者たちと会食をする。巷にはちまきが配られるらしい。五穀豊穣を祈念する大祭だが今まではせいぜい一日二日で終っていた。それが今年は四神とその花嫁が祭祀を行うということで四日間になったという。参加するのは初日だけだと釘を刺したが果たしてその通りになるのかは妖しい。とはいえ先日皇帝にはたっぷりとお灸を据えておいたから無理は言わないだろうと香子は思った。
そんなことよりも支度である。
途中で着替える衣裳は大事に衣裳箱に収められ、天壇で着替える衣裳については延夕玲と黒月が香子に着せることになっている。化粧については念入りにする必要はないのでその時間分ぐらいは省かれたが、とにかく何枚も重ねられた薄絹や簪の多さに香子はすでにギブアップしそうだった。
(自分から言ったこととはいえ、これはきつい……)
何よりも頭が重い。どうせ自分の足で歩くことなどないのだから頭は朱雀か青龍の胸にもたせかけてしまえばいいと思いつつ、香子は侍女たちの真剣な顔にも圧倒されてしまっていた。
淡い色から何層にも重ねられた絹は赤く、一番外側の長袍については淡い緑色に青龍の刺繍が黒の糸で描かれている。
(これが行きだけとか……)
朝の着替えを含めると都合四回着替えることになっており、この豪奢な衣裳は天壇に着けば脱がなければならない。
よほど疲れた顔をしていたのか夕玲に咎められ、紅児もまた心配そうな顔をしている。
気を紛らわせる為雑談をしていると朱雀が迎えにきた。
その出で立ちに香子はこっそりと息をつく。
白地に赤い糸で朱雀が縫い付けられた袍の上に黒い長袍を纏っている彼はうっとりするほど美しかった。長く赤いウエーブがかった髪は一部を頭の上で結い上げ黒い冠を被っている。そのいつになくかっちりとした姿に惚れ直してしまいそうだった。
「朱雀様」
「日の光の下で見るそなたも、なんと我の心を震わせるものか……」
なのに甘いテナーがそんな言葉を紡ぐものだからたまらない。香子は頬が熱くなるのを感じた。
「……いつも、朝まで一緒じゃないですか……」
照れ隠しにそんなことを言い返すことしかできないのに。
「朝の光と昼の光はまた違うものだ。……早く昼も夜も我の腕の中で過ごしてほしいものを」
「朱雀様!」
(もうやーめーてー!!)
甘い科白を吐くのはもう本当に禁止してほしいと香子は切実に思う。誰かどうにかしてー! と内心悲鳴を上げるとそれが聞こえたのか紅夏から助け舟が出た。
「……朱雀様、そろそろお時間かと」
「そうか」
朱雀の腕に抱き上げられ、やっと香子は部屋を出た。まだ朝の、皇帝に顔を合わせる前である。
(今日一日無事に過ごせるかしら……)
すでに香子は疲れを感じていたが、彼女にとって長い驚きに満ちた一日はまだ始まったばかりだった。
───
「貴方色に染まる」25、26話と連動しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
四神とは全然関係ない中華ファンタジーを先日電子書籍で出させていただきました。
「捕らえ、囚われ~魅せられて、奪われて」
アマゾンkindleで取り扱っていただいています。R18です。こちらもよろしく♪
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とはいえそれとこれとは別である。
「お役所仕事ってやつね」
どっかで聞いた話だと香子は思う。
紅児がセレスト王国の探し人というには証拠が弱いかもしれないが、四神の花嫁の命令ならどうか。
セレスト王国へ使者を立てるよう言えば、王が冷汗をかきながら曖昧な返事をした。
「そうね、(使者を立てることが)できないと言うならこちらにも考えがあると伝えておいてちょうだい」
にっこりと笑んで言ってやれば王は可哀想に一瞬固まった。
「はっ! 必ずや伝えます」
平伏した背中に色男が台無しだと香子は思う。人基準で言えば王はイケメンだろう。香子はちら、と自分を抱き上げている青龍を窺う。こんな心臓に悪い美貌にも随分慣れてしまった。
「香子、如何した?」
「なんでもないです。一度部屋に戻ってもいいですか。その後青龍さまの室に行きましょう?」
「承知した」
香子は紅児を彼女の職場である自分の部屋に送り届けると、お茶を一杯飲んでから青龍の室へ連れていかれた。
「香子」
きた! と香子は内心身構える。後ろから自分を抱きこんでいる青龍の腕に手を添えた。
「……もうすぐ大祭ですから、終ってからゆっくりしましょう」
暗に大祭が終るまでは抱かれない宣言をしておく。
「そうだな。……抱きはせぬ」
青龍はククッと喉の奥で笑うと香子を抱いたまま長椅子から立ち上がった。危なげない安定した浮遊感に香子は青龍の首に両腕を回す。その頬はほんのり赤く染まっていた。
「……ずっと床で過ごすのは嫌です」
「善処しよう」
けれどそのまま寝室へ運ばれてしまえばそれがあくまで努力目標だということは知れる。
こんなただれた生活をしていていいものかと、香子も正気に戻れば頭を抱えてしまうことはわかっていたが今は何も考えないことにした。
* *
春の大祭の朝はまるで戦争のようだった。
旧暦の端午である。日本だと新暦の5月5日だが、こちらは旧暦(陰暦)の為日本でいうところの6月半ばだ。(注:年によって違います)
例年であれば皇帝が天壇で祭祀を行い、王城に戻ってきて有力者たちと会食をする。巷にはちまきが配られるらしい。五穀豊穣を祈念する大祭だが今まではせいぜい一日二日で終っていた。それが今年は四神とその花嫁が祭祀を行うということで四日間になったという。参加するのは初日だけだと釘を刺したが果たしてその通りになるのかは妖しい。とはいえ先日皇帝にはたっぷりとお灸を据えておいたから無理は言わないだろうと香子は思った。
そんなことよりも支度である。
途中で着替える衣裳は大事に衣裳箱に収められ、天壇で着替える衣裳については延夕玲と黒月が香子に着せることになっている。化粧については念入りにする必要はないのでその時間分ぐらいは省かれたが、とにかく何枚も重ねられた薄絹や簪の多さに香子はすでにギブアップしそうだった。
(自分から言ったこととはいえ、これはきつい……)
何よりも頭が重い。どうせ自分の足で歩くことなどないのだから頭は朱雀か青龍の胸にもたせかけてしまえばいいと思いつつ、香子は侍女たちの真剣な顔にも圧倒されてしまっていた。
淡い色から何層にも重ねられた絹は赤く、一番外側の長袍については淡い緑色に青龍の刺繍が黒の糸で描かれている。
(これが行きだけとか……)
朝の着替えを含めると都合四回着替えることになっており、この豪奢な衣裳は天壇に着けば脱がなければならない。
よほど疲れた顔をしていたのか夕玲に咎められ、紅児もまた心配そうな顔をしている。
気を紛らわせる為雑談をしていると朱雀が迎えにきた。
その出で立ちに香子はこっそりと息をつく。
白地に赤い糸で朱雀が縫い付けられた袍の上に黒い長袍を纏っている彼はうっとりするほど美しかった。長く赤いウエーブがかった髪は一部を頭の上で結い上げ黒い冠を被っている。そのいつになくかっちりとした姿に惚れ直してしまいそうだった。
「朱雀様」
「日の光の下で見るそなたも、なんと我の心を震わせるものか……」
なのに甘いテナーがそんな言葉を紡ぐものだからたまらない。香子は頬が熱くなるのを感じた。
「……いつも、朝まで一緒じゃないですか……」
照れ隠しにそんなことを言い返すことしかできないのに。
「朝の光と昼の光はまた違うものだ。……早く昼も夜も我の腕の中で過ごしてほしいものを」
「朱雀様!」
(もうやーめーてー!!)
甘い科白を吐くのはもう本当に禁止してほしいと香子は切実に思う。誰かどうにかしてー! と内心悲鳴を上げるとそれが聞こえたのか紅夏から助け舟が出た。
「……朱雀様、そろそろお時間かと」
「そうか」
朱雀の腕に抱き上げられ、やっと香子は部屋を出た。まだ朝の、皇帝に顔を合わせる前である。
(今日一日無事に過ごせるかしら……)
すでに香子は疲れを感じていたが、彼女にとって長い驚きに満ちた一日はまだ始まったばかりだった。
───
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