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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました

99.後宮に行ってみます

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 皇后からほどなくして誘いがきた。春の大祭にと用意した布があるので見にきてほしいという話だった。
 香子はそれに困ったなと思うと同時に嫌だなとも思った。そんなもの用意してくれなくていいからかまわないでほしいというのが本音である。ただ皇后にも面子というものがあるのだろう。腹を割って話せるかと聞かれれば答えは否だが皇帝をいじる材料ぐらいにはなるかもしれない。
 皇后のことは好きでも嫌いでもない。どちらかといえば苦手、というのが一番近い。

(あんなにはっきり敵意を向けられちゃあねぇ……)

 いくら綺麗な顔をしていてもあれでは台無しだ。
 柳眉を逆立てて香子を睨む姿は壮絶である。よく皇太后が咎めないものだと思ったが、息子のせいということもあるのだろう。
 香子はどちらかといえば女性の味方である。男はどんなに綺麗でもむさい! というのが個人的な感想で、男に囲まれるよりも可愛い女の子をはべらしてわきゃわきゃしていたいと本気で思っている。だが仲良くなれないだろう、考えがどうしても相容れないだろうと思う相手にまで手を差し伸べるほど善人ではない。
 とはいえ先日受け取った皇太后の手紙の内容からして穏便に済むとは思えない。
 あれから青龍をなだめ、残りの三神を抑えるのもたいへんだったのだ。

(なんか特典がなきゃ割に合わない!)

 食事、とも思ったが宮廷料理で貴重なものというとだんだんゲテモノになっていくのでいただけない。やはり外出権がほしい。

(また景山に上りたいかも! エリーザにもあの景色を見せてあげたいな……ああでも、無理か……)

 景山の山頂にある万春亭から見える都の様子は格別だったが、確か景山の敷地自体禁域だったはずだ。いくら四神宮の侍女といえど外国人を連れて行くわけにはいかないだろう。

(王城の配置、丸見えだったし……)

 残念に思いながら、そういえば頤和園や円明園、香山公園はどうだろうと思いをはせる。そうでもしなければ、仮病でも使ってでも行かない方向を考えてしまいそうだったからだ。

(絶対あの皇帝には見返りを要求してやる~)

 香子はそっと拳を握り、決意したのだった。
 

 皇后は後宮の主である。
 後宮は男子禁制の場所である。例外として男性機能を持たない宦官たちはいるが、皇帝以外の男子は決して足を踏み入れてはいけない。
 だが香子は四神の花嫁である。自分の足で四神宮を出ることは許されない。四神宮を出るには四神の誰かに必ず抱き上げられていなければならない。そして四神は決して香子を己の腕から下ろすことはない。
 それだけは絶対に譲れないことなので、四神、及び”つがい”を得た眷族は例外として今回は通されることとなった。
 今回の香子の運び役は青龍である。
 後宮へ向かう前に、香子は想定されることを全て話した。布を見せたい、ということは採寸なども含めて青龍に下ろしてもらう必要があること。今後のことも考えると皇后と話をする必要があること。できれば皇帝も巻き込んで解決を図りたいことなどを伝えた。
 当然のことながら四神は難色を示した。

何故なにゆえそのようなことにそなたが心を砕かねばならぬのか』
『ただのおせっかいです。しかし皇后は国母です。後宮の主としての職責を放棄されても困りますし、皇帝との不仲や四神の花嫁に対して不満を持っているということが知られればただではすまないでしょう。上だけの問題で済めばいいですが下手すると国が荒れます。私はこの国が好きなのです。お願いします』

 香子も何故己が頭を下げねばならないのかと思う。
 あまりにもむかつくので、皇帝の肝が冷えまくるような方向性で考えることにした。
 
 後宮へ続く門を抜けると、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

(ここが女の園かぁ……)

 香子はわくわくする気持ちを抑えきれず、青龍の腕の中から視線だけきょろきょろとさまよわせた。

香子シャンズ
『……はーい』

 誰がそんな様子を見ているかわかったものではない。青龍に窘められて香子は視線を動かすのをやめた。後宮内の廊下を、皇后付の女官に案内されながら進む。すでに皇太后は着いていると知らされた。

(さすがに皇太后の後ってのは不敬なのかな。でも私はともかく青龍さまは神さまだし……)

 内心首を傾げながら皇后の部屋へ向かう。途中いくつか部屋の前を通り過ぎたが全て扉は閉じられていた。だが中から誰かが外を窺っているのが丸わかりで、香子は自分が客寄せパンダにでもなった気分だった。

(まぁでも私というより見たいのは四神だよね)

 おそらく扉の向こうの声も聞こえているだろう青龍は平然としている。全く気にならないというのもすごいと思っているうちに皇后の部屋についた。

孟章神君モンジャンシェンジュン(青龍)、白香娘娘バイシャンニャンニャンをお連れしました』

 女官が部屋の扉の前に控えている女性武官に声をかける。内側から扉が開かれ、にこやかな表情をしている皇太后が見えた。
 戦闘開始の合図だった。
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