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33.何を聞いても愛しい
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俺は頑なにアイツらの顔を見なかった。
見たことであのつらい日々を思い出させられるのはごめんだったからだ。
角部屋には窓が東と北方向にあった。南側に使用人部屋があり、その狭い部屋には窓がないらしい。その使用人部屋の側に衝立が置かれている。衝立の向こうには床が二台あるようだった。使用人部屋に一人、外側に二人で暮らすことになるらしい。着替えとかどうするんだろうな?
皇子様なのにご苦労なことだと思った。皇子たちは公務があるので常にこの部屋に侍るわけではないが、できるだけここにいるようにすると言った。
「……皇子なんだろ? 仕事はちゃんとしろよ。でも、雷月(レイユエ)はここにいて?」
皇子たちなんかどうでもよかった。雷月さえいれば俺は満足だし。
「はい、真崎さま。私は貴方付の侍従にしていただきましたから、できるだけお側にいますよ」
「うん……嬉しい」
視線がすごく痛いけどそんなこと気にしたら負けだって思って無視した。
元々結婚すると仕事量などは減らされるのだそうだ。できるだけ妻の側に侍り、妻に奉仕することを至上だとこの国の人々は考えているらしい。けっこうなことだ。
「ふうん……」
ヤることが奉仕って考え方なんだろうか。確かに雷月に抱かれるのはたまらなく気持ちいいけど、それだけじゃないと思うんだよな。
「雷月、俺外に出たい」
「本日は楼台(バルコニー)のみでよろしいですか? 警備などが間に合いませんので。兄上たちは表の衛兵に真崎さまのお茶の用意を頼んでください。衛兵から別の侍従に連絡が行きますので。侍従から移動服務車(ワゴン)を受け取ってから楼台に運んでください」
「……わかった」
皇子たちは傅かれることはあっても自分たちが誰かの世話をするなんてことなかっただろうしなと、なんとなく思った。
「西文哥は楼台の長椅子と卓を拭いてください。長椅子を拭く雑巾と卓を拭く布巾は違うものですから一緒にしないように」
「わかった」
……あれー? なんかこれって雷月の負担がかえって増えてない? 俺は心配になって雷月の顔を見た。
「真崎さま、どうかされましたか?」
俺を見てにっこりする雷月の目も笑っているからいいかなって思った。せっかく顔を上げたんだからと、雷月の唇にちゅっと口づける。雷月がびっくりしたように目を見開いた。
「……こんなにかわいいことをしてはだめでしょう?」
でもすぐに、今度は色を含んだ笑みを浮かべて、半開きになってしまった唇を覆われた。もー、雷月好きぃっ。
「んっ、んっ……」
肉厚な長い舌が俺の舌を舐める。ちゅ、くちゅ……と濡れた音が部屋に響いてなんか恥ずかしくも感じられた。ちゅっと雷月に舌先を吸われてわななく。口づけだけで身体がびくびく震えてしまう。こうなってしまうと、雷月には何をされたっていいと思ってしまうのだ。
「っ! 持ってきたぞ!」
大きな声がして俺はビクッとした。
「文浩哥、ありがとうございます。その移動服務車は楼台に運んでください。真崎さま、楼台に出ましょうか」
「……うん」
雷月との口づけに夢中になっているさまを見られてしまったらしい。頬が一気に熱くなってしまい、俺は両手を自分の頬に当てた。
「真崎さま、危ないですから私の首に掴まってください」
「う、うん……」
俺は真っ赤になっているだろう頬を抱えたまま、雷月の首に腕を回した。雷月が危なげなく長椅子から立ち上がった。そのことにも胸がときめいてしまう。
「……随分魔法の使い方がうまいものだな」
文浩が呟いた。
「はい。私自身それほど力はありませんので。真崎さまを安全に抱き上げる為には魔法を使うしかないのです」
雷月がにっこり笑んで文浩に答えた。
「雷月、魔法って……」
雷月はバツが悪そうな顔をした。
「恥ずかしながら……私自身には真崎さまを安全に抱き上げる程の力がないのです。ですから補助魔法を使って真崎さまを抱き上げているのですよ」
「そう、なんだ……俺、自分でも歩けるのに……」
なんだかとても悪いことをしていたみたいだと思ったのだけど、
「いえ、愛する妻を抱き上げて運ぶのは夫の喜びですから。どうかこれからも私の腕の中にいてください」
「……う、うん」
なんか、俺……今、全身真っ赤になってない?
嬉しくてもう胸がきゅんきゅんしてたまらない。そのままバルコニーに運ばれて、長椅子に腰掛けた雷月の腕の中で俺は幸せを感じていた。
しかもその後雷月によるお茶の淹れ方講座みたいなのが始まってしまい、皇子たちもそれは真面目に聞いていた。俺はできるだけ皇子たちの方を見ないようにしていたが、そんなに近づかれたら顔とか見えてしまって困った。
「茶葉はこれぐらいの量で充分です。一煎目はすぐにこちらの容器に捨て、二煎目を注ぎます」
「何故一煎目を捨てるのか」
文浩が聞く。俺もそれは知りたいと思った。
「一煎目は茶葉を蒸らす為と、茶葉についたごみなどを流す為に捨てるのです。真崎さまにはおいしいお茶を飲んでいただきたくはないですか?」
「おいしいお茶を飲ませたいですね」
建文が同意した。
「手づから淹れたおいしいお茶を、愛する方に飲んでいただけるのは至福のひと時です」
「わかった。いろいろ至らないところはあると思うが、きちんと教えてくれ」
雷月の兄たちはそうして雷月に頭を下げた。
地頭は決して悪くないのだ。彼らはすぐにそれらも吸収してしまうだろう。あとは、俺が彼らの存在を許容できるかどうかだった。
見たことであのつらい日々を思い出させられるのはごめんだったからだ。
角部屋には窓が東と北方向にあった。南側に使用人部屋があり、その狭い部屋には窓がないらしい。その使用人部屋の側に衝立が置かれている。衝立の向こうには床が二台あるようだった。使用人部屋に一人、外側に二人で暮らすことになるらしい。着替えとかどうするんだろうな?
皇子様なのにご苦労なことだと思った。皇子たちは公務があるので常にこの部屋に侍るわけではないが、できるだけここにいるようにすると言った。
「……皇子なんだろ? 仕事はちゃんとしろよ。でも、雷月(レイユエ)はここにいて?」
皇子たちなんかどうでもよかった。雷月さえいれば俺は満足だし。
「はい、真崎さま。私は貴方付の侍従にしていただきましたから、できるだけお側にいますよ」
「うん……嬉しい」
視線がすごく痛いけどそんなこと気にしたら負けだって思って無視した。
元々結婚すると仕事量などは減らされるのだそうだ。できるだけ妻の側に侍り、妻に奉仕することを至上だとこの国の人々は考えているらしい。けっこうなことだ。
「ふうん……」
ヤることが奉仕って考え方なんだろうか。確かに雷月に抱かれるのはたまらなく気持ちいいけど、それだけじゃないと思うんだよな。
「雷月、俺外に出たい」
「本日は楼台(バルコニー)のみでよろしいですか? 警備などが間に合いませんので。兄上たちは表の衛兵に真崎さまのお茶の用意を頼んでください。衛兵から別の侍従に連絡が行きますので。侍従から移動服務車(ワゴン)を受け取ってから楼台に運んでください」
「……わかった」
皇子たちは傅かれることはあっても自分たちが誰かの世話をするなんてことなかっただろうしなと、なんとなく思った。
「西文哥は楼台の長椅子と卓を拭いてください。長椅子を拭く雑巾と卓を拭く布巾は違うものですから一緒にしないように」
「わかった」
……あれー? なんかこれって雷月の負担がかえって増えてない? 俺は心配になって雷月の顔を見た。
「真崎さま、どうかされましたか?」
俺を見てにっこりする雷月の目も笑っているからいいかなって思った。せっかく顔を上げたんだからと、雷月の唇にちゅっと口づける。雷月がびっくりしたように目を見開いた。
「……こんなにかわいいことをしてはだめでしょう?」
でもすぐに、今度は色を含んだ笑みを浮かべて、半開きになってしまった唇を覆われた。もー、雷月好きぃっ。
「んっ、んっ……」
肉厚な長い舌が俺の舌を舐める。ちゅ、くちゅ……と濡れた音が部屋に響いてなんか恥ずかしくも感じられた。ちゅっと雷月に舌先を吸われてわななく。口づけだけで身体がびくびく震えてしまう。こうなってしまうと、雷月には何をされたっていいと思ってしまうのだ。
「っ! 持ってきたぞ!」
大きな声がして俺はビクッとした。
「文浩哥、ありがとうございます。その移動服務車は楼台に運んでください。真崎さま、楼台に出ましょうか」
「……うん」
雷月との口づけに夢中になっているさまを見られてしまったらしい。頬が一気に熱くなってしまい、俺は両手を自分の頬に当てた。
「真崎さま、危ないですから私の首に掴まってください」
「う、うん……」
俺は真っ赤になっているだろう頬を抱えたまま、雷月の首に腕を回した。雷月が危なげなく長椅子から立ち上がった。そのことにも胸がときめいてしまう。
「……随分魔法の使い方がうまいものだな」
文浩が呟いた。
「はい。私自身それほど力はありませんので。真崎さまを安全に抱き上げる為には魔法を使うしかないのです」
雷月がにっこり笑んで文浩に答えた。
「雷月、魔法って……」
雷月はバツが悪そうな顔をした。
「恥ずかしながら……私自身には真崎さまを安全に抱き上げる程の力がないのです。ですから補助魔法を使って真崎さまを抱き上げているのですよ」
「そう、なんだ……俺、自分でも歩けるのに……」
なんだかとても悪いことをしていたみたいだと思ったのだけど、
「いえ、愛する妻を抱き上げて運ぶのは夫の喜びですから。どうかこれからも私の腕の中にいてください」
「……う、うん」
なんか、俺……今、全身真っ赤になってない?
嬉しくてもう胸がきゅんきゅんしてたまらない。そのままバルコニーに運ばれて、長椅子に腰掛けた雷月の腕の中で俺は幸せを感じていた。
しかもその後雷月によるお茶の淹れ方講座みたいなのが始まってしまい、皇子たちもそれは真面目に聞いていた。俺はできるだけ皇子たちの方を見ないようにしていたが、そんなに近づかれたら顔とか見えてしまって困った。
「茶葉はこれぐらいの量で充分です。一煎目はすぐにこちらの容器に捨て、二煎目を注ぎます」
「何故一煎目を捨てるのか」
文浩が聞く。俺もそれは知りたいと思った。
「一煎目は茶葉を蒸らす為と、茶葉についたごみなどを流す為に捨てるのです。真崎さまにはおいしいお茶を飲んでいただきたくはないですか?」
「おいしいお茶を飲ませたいですね」
建文が同意した。
「手づから淹れたおいしいお茶を、愛する方に飲んでいただけるのは至福のひと時です」
「わかった。いろいろ至らないところはあると思うが、きちんと教えてくれ」
雷月の兄たちはそうして雷月に頭を下げた。
地頭は決して悪くないのだ。彼らはすぐにそれらも吸収してしまうだろう。あとは、俺が彼らの存在を許容できるかどうかだった。
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