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四十、客人
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毎晩明玲は偉仁に胸をいじられたり、秘められた場所を舐められたりする。それが必要だと言われたら恥じらいながらも逆らうことはできない。だって明玲は偉仁が好きでどうしようもないのだから。
そうして明日には皇都を離れるという夜、偉仁は珍しく客人を連れて帰ってきた。
「お邪魔するよ」
「薊王、ようこそいらっしゃいました」
迎えたのは趙山琴である。優美な所作で挨拶をする山琴を見習わなければと、いつも明玲は思う。
気軽な雰囲気を醸し出しながらやってきた客人は、皇帝の弟である薊王だった。彼は皇帝のように顔は丸くなく、すらりとした美丈夫だった。偉仁が年を重ねたらこんな風になるのだろうかと思うような、風采がとても瀟洒な男性である。
明玲は清明節の頃にこんな素敵な人がいただろうかと記憶を辿ったが、どうしても思い出せなかった。それ以前に緊張していたのと、やはり哥以外には視線を向けていなかったかもしれない。
どれだけ自分は哥が好きなのか。明玲はほんのりと頬を染めた。
「これが偉仁の愛妃か。生まれた時から目をつけていたとはとんでもない寵愛っぷりではないか」
薊王は明玲を見やると面白そうに言った。対する偉仁は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「叔叔(叔父さん)、明玲を誘惑しないでください」
「ははは……可愛い侄儿(甥)の愛妃を誘惑などするものか。……ただ私の魅力に逆らえない女性は多いかもしれないな」
そうおどけたように言い、薊王は片目を軽く閉じてみせた。明玲は内心「ありえない」と思った。明玲は偉仁を想って頬を染めたのだ。
(……うん、あの皇帝の血筋だわ)
変に納得してしまう。それを言ったら偉仁はその息子なのだけれども。
「ほほほ……薊王の後宮は今どうなのでしょう?」
「趙妃にはかなわぬな。哥(兄)ほどはおらぬよ。そうだな、妾妃が……」
薊王が指で数え始める。
「せいぜい十人ほどではないか? 今はあまりかまってやれぬのがつらいな」
「どうぞ妾妃と言わず、劉妃様も思いやってくださいまし」
「ははは……女にはかなわぬ」
薊王は共に夕食を取り、偉仁の部屋で何やら話をしてから帰っていった。てっきり泊まっていくのかと明玲は思っていたがそうではないらしい。近いから大丈夫だと帰っていったという。是非奥様方と仲良くしてほしいものだと明玲は思った。
すでに入浴を済ませていた明玲は哥に呼ばれる。
「薊王は帰られたのですか?」
「ああ、たまには妻たちにかまうそうだ。そろそろ相手をしないと追い出されそうだと言っていたな」
「まぁ……」
明玲は口に手を当てた。夫を追い出すなど剛毅なことである。明玲には到底できそうもないが、山琴ならできそうだとも思った。
何故皇帝の弟が来たのか明玲は少しだけ気になった。中秋で人が集まるからこの機会に交流を深めようという話なのかもしれない。けれど何かが引っかかる。喉の奥に小骨が刺さったような、そんな不快さがあった。
「明玲」
「はい」
「明日は領地に戻る」
「はい」
皇都は嫌いではない。嫌いになるほど皇都の中を巡ったこともない。明玲は皇城の後宮の中にいただけだ。だから皇都がどんなところなのか知らない。蘇王領だって、明玲はほとんど歩いていない。でも哥が少しだけ連れ歩いてくれたり、許可をもらって館の近くの街を散策したりもした。
たったそれだけと言われればそれだけだが、蘇王領の方が明玲にはなじみがある。そう、早く帰りたいなと思うほどに。
「……もしかしたら、明日皇上から声がかかるやもしれぬ」
「そうなのですか」
偉仁はなんとも言いずらそうにこんなことを言った。
「私が出かけている間に、皇城から迎えが来る可能性がある」
「?」
「そなたにだ」
「私に、ですか?」
わけがわからない。何故哥が出かけている間に明玲が呼ばれるのだろう。
「できれば山琴と共に行動してほしいが、迎えの者が難色を示すようなら侍女とそなただけで馬車に乗るといい」
「はい……」
「何も起こらぬならそれでかまわぬ。だがそうなる可能性が高いのだ。もし何も起こらなかったなら、私の言は忘れるように」
「はい」
何が起きているのだろう。明玲の目が不安に揺れた。
「大丈夫だ」
伝えることは伝えたというように偉仁の腕の中に囚われる。何も起こりませんようにと明玲は願った。
そうして明日には皇都を離れるという夜、偉仁は珍しく客人を連れて帰ってきた。
「お邪魔するよ」
「薊王、ようこそいらっしゃいました」
迎えたのは趙山琴である。優美な所作で挨拶をする山琴を見習わなければと、いつも明玲は思う。
気軽な雰囲気を醸し出しながらやってきた客人は、皇帝の弟である薊王だった。彼は皇帝のように顔は丸くなく、すらりとした美丈夫だった。偉仁が年を重ねたらこんな風になるのだろうかと思うような、風采がとても瀟洒な男性である。
明玲は清明節の頃にこんな素敵な人がいただろうかと記憶を辿ったが、どうしても思い出せなかった。それ以前に緊張していたのと、やはり哥以外には視線を向けていなかったかもしれない。
どれだけ自分は哥が好きなのか。明玲はほんのりと頬を染めた。
「これが偉仁の愛妃か。生まれた時から目をつけていたとはとんでもない寵愛っぷりではないか」
薊王は明玲を見やると面白そうに言った。対する偉仁は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「叔叔(叔父さん)、明玲を誘惑しないでください」
「ははは……可愛い侄儿(甥)の愛妃を誘惑などするものか。……ただ私の魅力に逆らえない女性は多いかもしれないな」
そうおどけたように言い、薊王は片目を軽く閉じてみせた。明玲は内心「ありえない」と思った。明玲は偉仁を想って頬を染めたのだ。
(……うん、あの皇帝の血筋だわ)
変に納得してしまう。それを言ったら偉仁はその息子なのだけれども。
「ほほほ……薊王の後宮は今どうなのでしょう?」
「趙妃にはかなわぬな。哥(兄)ほどはおらぬよ。そうだな、妾妃が……」
薊王が指で数え始める。
「せいぜい十人ほどではないか? 今はあまりかまってやれぬのがつらいな」
「どうぞ妾妃と言わず、劉妃様も思いやってくださいまし」
「ははは……女にはかなわぬ」
薊王は共に夕食を取り、偉仁の部屋で何やら話をしてから帰っていった。てっきり泊まっていくのかと明玲は思っていたがそうではないらしい。近いから大丈夫だと帰っていったという。是非奥様方と仲良くしてほしいものだと明玲は思った。
すでに入浴を済ませていた明玲は哥に呼ばれる。
「薊王は帰られたのですか?」
「ああ、たまには妻たちにかまうそうだ。そろそろ相手をしないと追い出されそうだと言っていたな」
「まぁ……」
明玲は口に手を当てた。夫を追い出すなど剛毅なことである。明玲には到底できそうもないが、山琴ならできそうだとも思った。
何故皇帝の弟が来たのか明玲は少しだけ気になった。中秋で人が集まるからこの機会に交流を深めようという話なのかもしれない。けれど何かが引っかかる。喉の奥に小骨が刺さったような、そんな不快さがあった。
「明玲」
「はい」
「明日は領地に戻る」
「はい」
皇都は嫌いではない。嫌いになるほど皇都の中を巡ったこともない。明玲は皇城の後宮の中にいただけだ。だから皇都がどんなところなのか知らない。蘇王領だって、明玲はほとんど歩いていない。でも哥が少しだけ連れ歩いてくれたり、許可をもらって館の近くの街を散策したりもした。
たったそれだけと言われればそれだけだが、蘇王領の方が明玲にはなじみがある。そう、早く帰りたいなと思うほどに。
「……もしかしたら、明日皇上から声がかかるやもしれぬ」
「そうなのですか」
偉仁はなんとも言いずらそうにこんなことを言った。
「私が出かけている間に、皇城から迎えが来る可能性がある」
「?」
「そなたにだ」
「私に、ですか?」
わけがわからない。何故哥が出かけている間に明玲が呼ばれるのだろう。
「できれば山琴と共に行動してほしいが、迎えの者が難色を示すようなら侍女とそなただけで馬車に乗るといい」
「はい……」
「何も起こらぬならそれでかまわぬ。だがそうなる可能性が高いのだ。もし何も起こらなかったなら、私の言は忘れるように」
「はい」
何が起きているのだろう。明玲の目が不安に揺れた。
「大丈夫だ」
伝えることは伝えたというように偉仁の腕の中に囚われる。何も起こりませんようにと明玲は願った。
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