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二六、一日千秋
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偉仁が言っていた通り、それから三日ほど皇都に滞在した。偉仁は朝早くから出て行き、それほど早くは帰ってこなかった。明玲の部屋を訪ねるにしても明玲の湯浴みの後だったり、訪れない夜もあった。それを寂しいと思いながらも仕事なのだから仕方ないと、明玲は詩経などを読んだりしていた。おおげさかもしれないが、「采葛」(一日千秋の由来となった詩)という詩が明玲の心に響いた。
皇都にいる間、もしかしたら外出できるかもしれないと思っていたがそれはできなかった。清明節は墓参りが主ではあるが、皇城近くにある繁華街では人の往来も増える為いつもより屋台などが多く出ていた。明玲は遠くからでもそれらを眺めてみたかったが、王領のように警備ができないでしょうと趙山琴に窘められた。
「そうですよね……ごめんなさい」
明らかにしょんぼりとしてしまった明玲に、山琴は軽く嘆息した。困らせてしまったと明玲は反省する。
「そんなに暇だというのなら礼儀作法の復習をしましょう。他にも学ばなければならないことは沢山あるわ」
「……はい」
藪蛇だったと明玲は青くなったが後の祭りである。表情だけはにこやかな山琴が鞭を持ち、指先の角度まできっちりと指導された。
館の中にいただけなのに身体のあちこちが痛いと明玲がぼやくと、侍女の周梨は按摩をしてくれたが、
「明玲様はされることがいろいろと雑です。もう少し足の運びも丁寧になさってください」
と説教をされた。かえって身体がこわばるような気が明玲はしたが、指摘に間違いはないので素直に聞いた。もっともただ聞いていただけだったが。
学びたくないわけではないのだ。ただどちらかといえば読書や歴史の勉強の方が好きである。教養を深めるのはいいことだと山琴も言う。ただ女性が求められているのは、教養よりもその容姿であるとか立ち居振る舞いであることが多い。それは何故なのかと山琴に問えば、
「男はね、子どもなのよ」
とよくわからない答えが返ってきた。
「偉仁は女にも教養を求めるけれど、大概の男は女を下に見ていたいの。だから教養のある女は倦厭されるのよ」
「……女を下に……でしたらもっと学べばよろしいのではないのでしょうか」
「そうよね。でもそれはできないの。だって男は子どもだから」
なんとなく明玲には山琴の言っていることがわかった気がした。そう聞くと山琴は男性が嫌いなのではないかとも思う。とはいえはっきり聞くのは憚られた。
「趙姐は……男性があまり好きではないのですか?」
「あら、男なんか嫌いよ? 偉仁以外は顔も見たくないわ」
「……そうだったのですか」
偉仁の正妃だから他の男に興味がある必要はないのだが、明玲はなんとなく違和感を覚えた。うまく言えないのだが山琴は心から男性を嫌っているような、そんな気がするのだ。それは偉仁も例外ではないようにも思える。
明玲は軽く首を振った。
それはただの自分の願望に過ぎないとも思った。よくわからないが、例え山琴が偉仁を嫌っていたとしても身体を重ねることはできるのではないだろうか。そして今聞いたのは山琴の気持ちであって偉仁はまた別である。政略結婚とは言っても山琴は妻なのだ。夫婦の情があるのは間違いない。
(なんて浅ましい……)
ふと顔を覗かせる醜い想いが、明玲はたまらなく嫌だった。山琴のことは好きだし、普段なら偉仁の他の妾妃に対してもなんら思うことはない。けれど時折、偉仁に妻たちがいることがたまらなく苦しく思えるのだ。もっと早く出会っていればとか、山琴のように自分が有力貴族の家の娘であったならばとか、ありえない仮定をしてしまう。
(早く戻りたい……)
蘇王領であれば、と明玲は思う。他の妾妃たちの顔を見ればきっとこんな想いは散ってしまうと思う。
「彼采葛兮。(あの葛を取る)
一日不見,(一日見ざれば)
如三月兮。(三月の如し)」
「采葛」を暗唱する。早く偉仁の顔が見たかった。
ーーーーー
詩経 中国最古の詩集。紀元前9世紀ー前7世紀にかけての詩305編を収める。
https://kotobank.jp/word/%E8%A9%A9%E7%B5%8C-72742 コトバンクより。
「采葛」は詩経の王風の中の詩である。
皇都にいる間、もしかしたら外出できるかもしれないと思っていたがそれはできなかった。清明節は墓参りが主ではあるが、皇城近くにある繁華街では人の往来も増える為いつもより屋台などが多く出ていた。明玲は遠くからでもそれらを眺めてみたかったが、王領のように警備ができないでしょうと趙山琴に窘められた。
「そうですよね……ごめんなさい」
明らかにしょんぼりとしてしまった明玲に、山琴は軽く嘆息した。困らせてしまったと明玲は反省する。
「そんなに暇だというのなら礼儀作法の復習をしましょう。他にも学ばなければならないことは沢山あるわ」
「……はい」
藪蛇だったと明玲は青くなったが後の祭りである。表情だけはにこやかな山琴が鞭を持ち、指先の角度まできっちりと指導された。
館の中にいただけなのに身体のあちこちが痛いと明玲がぼやくと、侍女の周梨は按摩をしてくれたが、
「明玲様はされることがいろいろと雑です。もう少し足の運びも丁寧になさってください」
と説教をされた。かえって身体がこわばるような気が明玲はしたが、指摘に間違いはないので素直に聞いた。もっともただ聞いていただけだったが。
学びたくないわけではないのだ。ただどちらかといえば読書や歴史の勉強の方が好きである。教養を深めるのはいいことだと山琴も言う。ただ女性が求められているのは、教養よりもその容姿であるとか立ち居振る舞いであることが多い。それは何故なのかと山琴に問えば、
「男はね、子どもなのよ」
とよくわからない答えが返ってきた。
「偉仁は女にも教養を求めるけれど、大概の男は女を下に見ていたいの。だから教養のある女は倦厭されるのよ」
「……女を下に……でしたらもっと学べばよろしいのではないのでしょうか」
「そうよね。でもそれはできないの。だって男は子どもだから」
なんとなく明玲には山琴の言っていることがわかった気がした。そう聞くと山琴は男性が嫌いなのではないかとも思う。とはいえはっきり聞くのは憚られた。
「趙姐は……男性があまり好きではないのですか?」
「あら、男なんか嫌いよ? 偉仁以外は顔も見たくないわ」
「……そうだったのですか」
偉仁の正妃だから他の男に興味がある必要はないのだが、明玲はなんとなく違和感を覚えた。うまく言えないのだが山琴は心から男性を嫌っているような、そんな気がするのだ。それは偉仁も例外ではないようにも思える。
明玲は軽く首を振った。
それはただの自分の願望に過ぎないとも思った。よくわからないが、例え山琴が偉仁を嫌っていたとしても身体を重ねることはできるのではないだろうか。そして今聞いたのは山琴の気持ちであって偉仁はまた別である。政略結婚とは言っても山琴は妻なのだ。夫婦の情があるのは間違いない。
(なんて浅ましい……)
ふと顔を覗かせる醜い想いが、明玲はたまらなく嫌だった。山琴のことは好きだし、普段なら偉仁の他の妾妃に対してもなんら思うことはない。けれど時折、偉仁に妻たちがいることがたまらなく苦しく思えるのだ。もっと早く出会っていればとか、山琴のように自分が有力貴族の家の娘であったならばとか、ありえない仮定をしてしまう。
(早く戻りたい……)
蘇王領であれば、と明玲は思う。他の妾妃たちの顔を見ればきっとこんな想いは散ってしまうと思う。
「彼采葛兮。(あの葛を取る)
一日不見,(一日見ざれば)
如三月兮。(三月の如し)」
「采葛」を暗唱する。早く偉仁の顔が見たかった。
ーーーーー
詩経 中国最古の詩集。紀元前9世紀ー前7世紀にかけての詩305編を収める。
https://kotobank.jp/word/%E8%A9%A9%E7%B5%8C-72742 コトバンクより。
「采葛」は詩経の王風の中の詩である。
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