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十八、在曹家(曹家にて)

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 明玲は胸がいっぱいで、なかなか昼食が入っていかなかった。
 こんなに緊張するのは偉仁に引き取られた時と、趙山琴が偉仁に嫁いできた日以来である。皇帝が母の部屋を訪れた時も多少は緊張したが、皇帝は良くも悪くも明玲を一瞥もしなかったからそういうものなのだと割り切れた。
 実の父親に会う。
 そのことがもう胸につかえているようで、早く会えないかと思ってしまうぐらいだった。

明玲ミンリン、息を深く吸って、静かに全て吐き切りなさい」

 深呼吸である。山琴が見かねたようでそう明玲に言った。明玲はもう藁をも掴む気持ちで何度も深呼吸をした。
 そうして、食休みもして落ち着いたところで曹家に向かった。

「ようこそおいでくださいました。妃子殿下フェイズディエンシャー(妃殿下)、明玲公主、どうぞこちらへ」

 出迎えの人数はそれほど多くはなかったが、そういうものなのだろうと明玲は納得した。一通り挨拶をした後家令に案内される。どこの館も作りはあまり変わらない。さすがに屋根瓦は朱塗りではないが、いくつもの建物を渡り廊下で繋げている広い館は、さすが豪族と呼ばれることはあると明玲は素直に感心した。

「こちらでございます」

 案内された場所は客庁(応接間)だった。顔を上げた途端、明玲はあまりの驚きに大きく口を開けてしまった。

「妃子殿下、公主、お初に御目文字致します。曹家が当主、曹列と申します」

 年配の、恰幅のいい男性が立ち上がり山琴と明玲に挨拶をしたが、明玲の耳には全く入らなかった。

「挨拶はよい。それよりもそこの、明玲のことだ」

 テーブルを挟んで隣に腰かけていたのは、館で別れたはずの偉仁だった。何故ここにいるのかという疑問が明玲の頭の中をぐるぐる回る。確かに皇都から来るよりは近いだろうが、政務はどうしたのだろうか。
 男性は苦笑した。

「殿下はよほど公主のことを大事にされているようですな」

 家令に案内されるままに椅子に腰かけると、すぐに蓋碗でお茶が用意された。あまり上手に飲めないので明玲は蓋碗が苦手だったがそんなことはどうでもいい。今は何故偉仁がここにいるのかということが気になった。

「産まれた時からその成長を見守ってきたのだ。当然であろう」
「ありがとうございます。それではこちらの書類を以って養女とさせていただきます」

 明玲は自分のことを話されているということはわかった。だが続けられた言葉に耳を疑った。

「では、公主は年明けまでこちらでお預かりする形でよろしいでしょうか」

 反射的に立ち上がろうとする身体を、山琴が手に触れることで抑えた。明玲ははっとした。そして山琴に目礼する。とっさの行動とはいえとんでもないことをするところだったと明玲は反省した。

「それはならぬ」
「しかし……それではろくに花嫁修業もできますまい」
「花嫁修業であれば我が妃が担っている。問題はない」
「ですが……」

 何故か男性は明玲を引き取ることに固執しているようだった。そんなに親子水入らずがしたいのだろうか。実父と言っても明玲にとっては初めて会う人である。その家に引き取られるならまっぴらごめんだった。

(哥(兄さん)、がんばって!)
「此度はこちらの事情ゆえ、持参金はいらぬと申したがそれでも不満か」
「持参金は十分にご用意させていただきます。公主は曹家のしきたりなどをご存知でない。それらを当家で学んでこそ蘇王の妃に相応しいかと……」

 偉仁はそれを聞くと、目の前に置かれていた紙をぐしゃりと潰した。それまで滑らかに語っていた男性が驚愕する。

「殿、殿下!?」
「この話はなしだ。無理を言ってすまなかったな」
「殿下、ではどうなされるおつもりか!?」
「公主を養女にしたいという家はいくらでもある。生家ということもあり声をかけたが、どうやら見込み違いだったようだ」
「大変申し訳ございませんでした!!」

 その様子を見ながら、明玲はあっけにとられた。

「明玲、参りましょう」
「はい……」

 結局明玲は何の為にここに来たのかわからなかった。曹家を出て、山琴と共に馬車に乗る。

趙姐ジャオジエ、これからどこへ向かうのですか?」
「宿へ向かうわ。偉仁も後ほど来るでしょう」

 いたずらが成功したと言わんばかりの表情で山琴が言う。明玲は恨みがましい目で山琴を睨んだ。

グァが来られていること、ご存知だったのですね」
「間に合うかどうかはわからなかったわ。だって偉仁はほら、忙しいじゃない?」
「……そうですね」

 山琴をなじってもかわされるだけだということに気づき、明玲は後で偉仁に文句を言うことにした。

(でも、嬉しかったな……)

 まさか偉仁が来てくれるなんて、思ってもみなかったから。
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