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十五、在後宮(後宮にて)
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皇城の周辺には王や官吏たちが住む館がある。表通りはいつも賑わっていて、時間があれば買物をしたいなどと明玲は思ったが、今回はそんな時間がないことぐらいわかっていた。
皇城の裏門から入り、後宮に向かう。すでに話は通っているらしく、入城はすんなり行われた。待っていた女官の後について皇城内を歩く。まだ朝議が続いているらしく、あまり人の姿は見られない。
「朝議が終わるまであとどのくらいかしら?」
「本日は思ったよりも長引いているようです。ですがあと半刻ほどかと」
「では急がないといけないわね」
山琴が女官に何やら尋ねていた。何故後宮に行くのに朝議のことを聞くのかはわからなかったが、明玲の知らないことは沢山あるのだろう。明玲はとりあえず気にしないことにした。
いくつもの渡り廊下を抜けて、ようやく後宮の手前にある謁見の間に着いた。
「ただ今お呼びしますのでしばらくお待ちください」
急いでいるのに洗練された所作で女官は後宮の中へ入っていった。
「おお、これはこれは明玲公主ではありませぬか。美しくなられましたな」
「成正、久しぶりですね」
椅子に腰掛けると何度も顔を合わせたことのある宦官に声をかけられた。まだそれほど歳を重ねてはいないが、芳妃とよく話をしていた宦官だと明玲は覚えていた。
「成正様、このような恰好で失礼します。こちらを……後宮の方々にお持ちしました」
「これはこれは……どうもありがとうございます。みな喜びましょう」
山琴は成正の姿を認めると立ち上がり、侍女に包みを持ってこさせた。その包みもまた上質な布でできており、おそらく中身はなんらかの箱だと思われた。箱の中には女性が必要なものが入っているのだろうか。明玲には見当もつかなかった。そうしているうちに明玲の母たちが来たようだった。
「明妃娘娘、芳妃娘娘駕到!(明妃、芳妃がいらっしゃいました)」
山琴と明玲は椅子から立ち上がり頭を深く下げた。明妃の声が響く。
「免礼(挨拶はいいわ)」
「謝娘娘!(ありがとうございます)」
そう言って山琴と明玲は顔を上げた。明妃と芳妃が椅子に腰かける。
「かけなさい」
「ありがとうございます」
二人は先ほどまで座っていた椅子に腰かけた。明妃は儚げな美女である。共にいる芳妃は妖艶な美女だ。二人とも大きな子どもがいるようにはとても見えない。先に声をかけてきたのは芳妃だった。
「明玲」
「はい!」
「偉仁から文をもらったわ。これからも偉仁のことをよろしくね」
「もったいないお言葉にございます……」
「山琴、貴女もね。大事にしてくれるのなら好きなようにしてくれていいわ」
「ありがとうございます」
芳妃が明妃に目配せする。明妃は少し伏せていた目を開いた。
「明玲、蘇王の寵に甘えずこれからもよく仕えるのですよ」
「はい、お母様」
「山琴、貴女にも苦労をかけます。明玲をよろしくお願いします」
「もったいないお言葉、肝に銘じます」
もうすでに明妃たちに話は通っていて、あとは報告だけだったようだ。それでも大事な母である。一番最初に報告できたことが明玲には嬉しく感じられた。
「明玲、近う」
「はい、お母様」
明妃に手招きされて、明玲は母の前に立った。明妃は眩しいものを見るように目を細めた。
「正月の時も思ったけど、随分大きくなったわね。もうお嫁に行くなんて感慨深いわ……」
「お母様……」
兄に引き取られてからはあまり顔を見ていない。何かの行事の折にしか後宮を訪れることはできなかった。そして明玲が他家の養女になってしまえば二度と後宮に足を踏み入れることはかなわない。中にはもう入れないのだろうかと明玲が思った時、芳妃から声がかかった。
「この後も行かなければならないところがあるのでしょう? そろそろ行きなさい」
「はい……」
泣きそうになる明玲の頬に明妃が触れた。
「大丈夫、貴女はずっと私の娘よ」
「お母様……!」
明玲の複雑な心境を知っていて、明妃は微笑んだ。山琴に促され謁見の間を後にする。山琴の歩みは随分と早く、少し離れた場所でやっと足を止めた。
「皇上駕到!」
後宮の方から皇帝の訪れを告げる声が朗々と響く。もう朝議が終わったのだろうか。終ってすぐに後宮にやってくる皇帝とはどうなのだろうと明玲は思う。
山琴はそれにそっと嘆息した。
「……さ、参りましょう」
「? はい……」
明玲は不思議に思ったが山琴に従った。
もしかして、皇帝と顔を合わせたくなかったのだろうか。確かに明玲も会いたいとは思わないけれど。
皇城の裏門から入り、後宮に向かう。すでに話は通っているらしく、入城はすんなり行われた。待っていた女官の後について皇城内を歩く。まだ朝議が続いているらしく、あまり人の姿は見られない。
「朝議が終わるまであとどのくらいかしら?」
「本日は思ったよりも長引いているようです。ですがあと半刻ほどかと」
「では急がないといけないわね」
山琴が女官に何やら尋ねていた。何故後宮に行くのに朝議のことを聞くのかはわからなかったが、明玲の知らないことは沢山あるのだろう。明玲はとりあえず気にしないことにした。
いくつもの渡り廊下を抜けて、ようやく後宮の手前にある謁見の間に着いた。
「ただ今お呼びしますのでしばらくお待ちください」
急いでいるのに洗練された所作で女官は後宮の中へ入っていった。
「おお、これはこれは明玲公主ではありませぬか。美しくなられましたな」
「成正、久しぶりですね」
椅子に腰掛けると何度も顔を合わせたことのある宦官に声をかけられた。まだそれほど歳を重ねてはいないが、芳妃とよく話をしていた宦官だと明玲は覚えていた。
「成正様、このような恰好で失礼します。こちらを……後宮の方々にお持ちしました」
「これはこれは……どうもありがとうございます。みな喜びましょう」
山琴は成正の姿を認めると立ち上がり、侍女に包みを持ってこさせた。その包みもまた上質な布でできており、おそらく中身はなんらかの箱だと思われた。箱の中には女性が必要なものが入っているのだろうか。明玲には見当もつかなかった。そうしているうちに明玲の母たちが来たようだった。
「明妃娘娘、芳妃娘娘駕到!(明妃、芳妃がいらっしゃいました)」
山琴と明玲は椅子から立ち上がり頭を深く下げた。明妃の声が響く。
「免礼(挨拶はいいわ)」
「謝娘娘!(ありがとうございます)」
そう言って山琴と明玲は顔を上げた。明妃と芳妃が椅子に腰かける。
「かけなさい」
「ありがとうございます」
二人は先ほどまで座っていた椅子に腰かけた。明妃は儚げな美女である。共にいる芳妃は妖艶な美女だ。二人とも大きな子どもがいるようにはとても見えない。先に声をかけてきたのは芳妃だった。
「明玲」
「はい!」
「偉仁から文をもらったわ。これからも偉仁のことをよろしくね」
「もったいないお言葉にございます……」
「山琴、貴女もね。大事にしてくれるのなら好きなようにしてくれていいわ」
「ありがとうございます」
芳妃が明妃に目配せする。明妃は少し伏せていた目を開いた。
「明玲、蘇王の寵に甘えずこれからもよく仕えるのですよ」
「はい、お母様」
「山琴、貴女にも苦労をかけます。明玲をよろしくお願いします」
「もったいないお言葉、肝に銘じます」
もうすでに明妃たちに話は通っていて、あとは報告だけだったようだ。それでも大事な母である。一番最初に報告できたことが明玲には嬉しく感じられた。
「明玲、近う」
「はい、お母様」
明妃に手招きされて、明玲は母の前に立った。明妃は眩しいものを見るように目を細めた。
「正月の時も思ったけど、随分大きくなったわね。もうお嫁に行くなんて感慨深いわ……」
「お母様……」
兄に引き取られてからはあまり顔を見ていない。何かの行事の折にしか後宮を訪れることはできなかった。そして明玲が他家の養女になってしまえば二度と後宮に足を踏み入れることはかなわない。中にはもう入れないのだろうかと明玲が思った時、芳妃から声がかかった。
「この後も行かなければならないところがあるのでしょう? そろそろ行きなさい」
「はい……」
泣きそうになる明玲の頬に明妃が触れた。
「大丈夫、貴女はずっと私の娘よ」
「お母様……!」
明玲の複雑な心境を知っていて、明妃は微笑んだ。山琴に促され謁見の間を後にする。山琴の歩みは随分と早く、少し離れた場所でやっと足を止めた。
「皇上駕到!」
後宮の方から皇帝の訪れを告げる声が朗々と響く。もう朝議が終わったのだろうか。終ってすぐに後宮にやってくる皇帝とはどうなのだろうと明玲は思う。
山琴はそれにそっと嘆息した。
「……さ、参りましょう」
「? はい……」
明玲は不思議に思ったが山琴に従った。
もしかして、皇帝と顔を合わせたくなかったのだろうか。確かに明玲も会いたいとは思わないけれど。
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