もふもふ天国

浅葱

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10.昨日よりも好きかもしれない(おしまい)

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 さすがに猫のヒゲを全部毟るなんていう極悪非道なことはしなかった。
 でも次またああいうことをしたらヒゲを毟ると宣言はした。猫は震え上がった。

「さ、さや……すまぬ……どうしても、その、だな……」
「茶々さんが我慢ができない方だということはよくわかりました。確かに四年は長いかもしれません。それならばまず来年の夏休みまでで一旦区切りましょう」

 決して学生結婚という言葉の響きがイイ! と思ったわけではない。このまま猫とずっと暮らすのならば、一緒に暮らしているということもいずれ両親には話さなければいけないだろう。

「さや!」
「その間に、茶々さんのことをいろいろ教えてください。実家があるのかとか、結婚したらどうすることになるのかとか、もっと詳しく具体的に教えていただけるのでしたら茶々さんとのことを真面目に考えます」
「うむ、なんでも聞いてくれ!」

 というわけで質問状を作ってみた。

「……書くのは苦手なのだが……」

 と言って猫が出したのはぺ〇てるの筆ペンだった。なんで筆ペンって思った。
 さらさらと書いてくれたのだが、達筆すぎて読みづらい。
 とても字は美しいと思う。きっと書道家と言われてもおかしくはない。ただし非常に読みづらい。

「茶々さん……もしかして会社でもこれで書いてるの?」
「いや……万年筆なるものを渡されてな。それで書いたら”ぱそこん”というものを習えと言われて今は”たいぴんぐ”の練習中だ」

 面白い人だと思われたんだろうなと思う。そういえば私の父は書が好きだった。きっと猫の書く字が美しいと聞いてますます気に入ってしまったに違いなかった。

「……茶々さんていつから生きてるの?」
「わからぬ。戦争とやらがいくつもあったとは聞いているが、私はその時東北にいた」
「そっか」

 きっと江戸より前の時代から存在しているのかもしれないと勝手に想像してみた。そしたら、私と添い遂げるなんてできないんじゃないのかな?

「茶々さん……私は人間だから、茶々さんを置いていくことになっちゃうよ?」
「さやがわしとずっと一緒にいたいと望んでくれればその限りではない。ただし、人間の枠組みからは外れた存在にはなってしまうがな」
「えー……」

 なんかすごいことを言われた。

「……神様ってそんなに都合よくていいの?」
「今まで誰も娶らなかったのだ。唯一の伴侶と共にずっと生きたいと思って何が悪い」

 やばい、なんか泣きそうだ。
 私はもうとっくに、この猫が好きなのだ。
 舅も姑もいないらしい。でも一応後見人みたいな人たちはいるという。結婚式をするのならばその人たちが出てくれるそうだ。親戚付き合いのようなものはないが、ほんの少し神様付き合いみたいなことはあるという。

「神様付き合い?」
「さやを娶ったとなれば、一度ぐらい出雲に顔を出さねばなるまいの」
「あ! もしかして神無月ですか?」
「うむ」
「今年は行きませんよ」
「残念なことよのう」

 ちょっと油断すると内堀外堀埋めてこようとするから困ってしまう。でもそんな猫も嫌いじゃない。調子に乗りそうだから絶対に言わないけど。
 そして私にはやっぱり、どうしても許せないことがあって。
 なんというか私は感覚が鈍いのか、それとも信じられないことが起こって麻痺していたのか、今まであんまりを考えていなかった。
 でもやっぱり許せないことは許せないよね。

「茶々さん」
「な、なんだ?」

 猫も私の笑顔に不穏なものを感じ取ったようだった。

「やっぱりあの時のことが許せないので私の気が済むまで殴らせてください」
「……わ、わかった」

 貴方にとっては過ぎたことでも私にとっては過ぎたことではないんですよ?
 というわけで、相手は神様だとわかっているから容赦なくさせてもらった。イケメンだからって、神様だからって許されることではないんですよ?
 さすがに少し手が痛い。
 とりあえずこれでチャラにすることにした。私もDVする気はないし。

「さや……さや……本当にすまなかった……」

 猫の打撲っぽいものはみるみるうちに治っていった。
 これだから人の痛みとか理解しずらいのかもしれないとも思った。私は猫を抱きしめた。
 大きな猫をもふもふしているのが好きだった。まさか襲われるなんて思っていなかったから、許せないという気持ちよりも驚きとか、悲しみの方が強くて心が麻痺してしまっていた。
 情けない話だけど私はこの猫が好きなんだ。
 とりあえずは。

「茶々さん、悪いと思っているなら猫の姿になってください!」

 大きな猫の姿になってもらってダイブした。やっぱり一日一モフは外せない。
 来年の今頃どうしているかなんてまだわからないけど、もっといろいろ猫のことを知って、もっともっと猫のことが好きなっていたらいいなと私は思った。



今度こそおしまい。



この話はこれでおしまいです。最後までお付き合いいただきありがとうございました。
4話まではエブリスタからの転載です。大分前に書いたものを手直しして載せていますので、5話以降とはちょっと雰囲気が違うかもしれません。
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