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5.プロポーズ(メープルシロップパンケーキ)
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収穫祭の後も庭に出ればたびたびセネガの姿を見かけた。けれど日々確実に寒くなってくると人族のエレインは庭に出ることができなくなってきた。亜人族に比べ、人族は明らかに寒さに弱かった。それでもセネガの姿が見たくて庭に出ようとする彼女を家族は止めた。
「ねぇ、エレイン。私と一緒に編み物をしましょう。作るものがいっぱいあるの」
養母に言われ、しぶしぶエレインは庭に出るのをやめた。村の冬は長い。
「気になる人の為の物を作ってもいいのよ」
養母の言葉にこっそりマフラーを編んだりした。冬の間に渡してもいいが、家族用以外の分は収穫祭で売ったりその時に渡したりするらしい。
けれど次の収穫祭よりもエレインには大事なイベントがあった。
翌春の終り、彼女はとうとう成人した。
「いいこと!? 目の前にいっぱいお菓子を並べられるけど気になる人のお菓子以外は絶対に食べちゃだめよ!」
鬼気迫る形相で母に何度も言われ、エレインはこくこくと頷いた。
どうもこの村の男性はスイーツ(甘いもの)を作って求婚するのが慣わしらしく、みななかなかに趣向を凝らしたお菓子類を作るのだとか。特に好きな男性がいない女性は気に入ったお菓子を食べてそのまま結婚してしまうというのだからスイーツ恐るべし! である。
成人した当日、エレインは普通に朝食を食べ家のドアを開けた。
「……うっ!!」
まだ朝だというのにそこにはすでに十人近くの男性がお菓子が入っているだろう袋や箱を持って立っていた。
「おはよう、エレイン! 是非僕と結婚してください!」
そう言いながら目の前に差し出されるスイーツにごめんなさいと謝る。
「せめて一口だけでも……!!」
「そんなこと言って連れて帰る気でしょう!?」
養母が後ろから怒鳴るとさすがに男性たちもたじたじになる。
「で、でも食べてみないとわからないじゃないか!」
「ごめんなさい」
エレインが求めているスイーツは彼らのものではないのだ。なのに望んだ人はなかなか現れない。
「……お母さん、プロポーズって私からしてはいけないの?」
お昼を過ぎて、エレインはぽつりと呟く。おなかがすいているというのもそうだったが、冬の間彼に会えなかったことがひどく悔やまれた。
「それはさすがに聞いたことがないわ。明日まで待ってから考えましょう」
一度家の中に入るよう促されエレインは後ろ髪を引かれる思いで戻ることにした。
(セネガは私のこと、そこまで想ってはくれていなかったのかな……)
こんなことならもっと早く告白していればよかったと目頭が熱くなった。潤んだ目元から熱いものが溢れ、ツツーと頬を伝い落ちていこうとしたその時、後ろから息せき切ったような声がかかった。
「……ご、ごめん、遅くなった……。エレイン、僕は他の人たちと違って料理とかが得意ではないんだ……。だけど君のことが好きだ。どうか、僕と結婚してくれないか?」
涙をぬぐう間もなく振り向いたエレインは、いつになく疲れた様子でお菓子が入っていると思われる大きな箱を持ったセネガを見つけた。
「セネガ……」
エレインは目の前に差し出された箱を反射的に受け取る。その途端、「あーあ……」といった残念そうな声が周りから上がったが、すでに二人の世界を形成している彼らには聞こえなかった。
「パンケーキが、あまりうまく焼けなかったんだ」
そう言いながらそっと蓋が開けられる。いびつな形のパンケーキにバターと琥珀色の液体が入った小瓶が添えられていた。
「それをかけて食べてくれないか」
後ろからフォークを渡され、箱を持つ手が増え、エレインは小瓶の中身をパンケーキにかけた。蜂蜜とは違うような甘い香りに思わず口元がほころぶ。
ああ、これは。
傍から見ればなんて食べづらそうな状況だったろう。けれどエレインは嬉しそうにそのパンケーキを一口食べた。
「メープルシロップ!!」
「うん」
ほっとしたような顔をしたセネガに、エレインはフォークを放り出して抱きついた。
「セネガ、セネガ! 待ってたの! 待ってたのよ、大好き!」
「エレイン、結婚してくれる?」
「もちろん!」
エレインが即答した途端周りがどよめくと同時に、セネガは満面の笑みを浮かべて彼女を抱き上げると一目散に自分の家へと走り出したのだった。
「ねぇ、エレイン。私と一緒に編み物をしましょう。作るものがいっぱいあるの」
養母に言われ、しぶしぶエレインは庭に出るのをやめた。村の冬は長い。
「気になる人の為の物を作ってもいいのよ」
養母の言葉にこっそりマフラーを編んだりした。冬の間に渡してもいいが、家族用以外の分は収穫祭で売ったりその時に渡したりするらしい。
けれど次の収穫祭よりもエレインには大事なイベントがあった。
翌春の終り、彼女はとうとう成人した。
「いいこと!? 目の前にいっぱいお菓子を並べられるけど気になる人のお菓子以外は絶対に食べちゃだめよ!」
鬼気迫る形相で母に何度も言われ、エレインはこくこくと頷いた。
どうもこの村の男性はスイーツ(甘いもの)を作って求婚するのが慣わしらしく、みななかなかに趣向を凝らしたお菓子類を作るのだとか。特に好きな男性がいない女性は気に入ったお菓子を食べてそのまま結婚してしまうというのだからスイーツ恐るべし! である。
成人した当日、エレインは普通に朝食を食べ家のドアを開けた。
「……うっ!!」
まだ朝だというのにそこにはすでに十人近くの男性がお菓子が入っているだろう袋や箱を持って立っていた。
「おはよう、エレイン! 是非僕と結婚してください!」
そう言いながら目の前に差し出されるスイーツにごめんなさいと謝る。
「せめて一口だけでも……!!」
「そんなこと言って連れて帰る気でしょう!?」
養母が後ろから怒鳴るとさすがに男性たちもたじたじになる。
「で、でも食べてみないとわからないじゃないか!」
「ごめんなさい」
エレインが求めているスイーツは彼らのものではないのだ。なのに望んだ人はなかなか現れない。
「……お母さん、プロポーズって私からしてはいけないの?」
お昼を過ぎて、エレインはぽつりと呟く。おなかがすいているというのもそうだったが、冬の間彼に会えなかったことがひどく悔やまれた。
「それはさすがに聞いたことがないわ。明日まで待ってから考えましょう」
一度家の中に入るよう促されエレインは後ろ髪を引かれる思いで戻ることにした。
(セネガは私のこと、そこまで想ってはくれていなかったのかな……)
こんなことならもっと早く告白していればよかったと目頭が熱くなった。潤んだ目元から熱いものが溢れ、ツツーと頬を伝い落ちていこうとしたその時、後ろから息せき切ったような声がかかった。
「……ご、ごめん、遅くなった……。エレイン、僕は他の人たちと違って料理とかが得意ではないんだ……。だけど君のことが好きだ。どうか、僕と結婚してくれないか?」
涙をぬぐう間もなく振り向いたエレインは、いつになく疲れた様子でお菓子が入っていると思われる大きな箱を持ったセネガを見つけた。
「セネガ……」
エレインは目の前に差し出された箱を反射的に受け取る。その途端、「あーあ……」といった残念そうな声が周りから上がったが、すでに二人の世界を形成している彼らには聞こえなかった。
「パンケーキが、あまりうまく焼けなかったんだ」
そう言いながらそっと蓋が開けられる。いびつな形のパンケーキにバターと琥珀色の液体が入った小瓶が添えられていた。
「それをかけて食べてくれないか」
後ろからフォークを渡され、箱を持つ手が増え、エレインは小瓶の中身をパンケーキにかけた。蜂蜜とは違うような甘い香りに思わず口元がほころぶ。
ああ、これは。
傍から見ればなんて食べづらそうな状況だったろう。けれどエレインは嬉しそうにそのパンケーキを一口食べた。
「メープルシロップ!!」
「うん」
ほっとしたような顔をしたセネガに、エレインはフォークを放り出して抱きついた。
「セネガ、セネガ! 待ってたの! 待ってたのよ、大好き!」
「エレイン、結婚してくれる?」
「もちろん!」
エレインが即答した途端周りがどよめくと同時に、セネガは満面の笑みを浮かべて彼女を抱き上げると一目散に自分の家へと走り出したのだった。
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