上 下
21 / 26
四、

3.更に混乱してきました

しおりを挟む
「ウキンノ!? どうして君がここに……」

 それまで頬を紅潮させてヒロインとにこやかに話していたロウヒョの顔は、一気に青ざめた。
 そんなヒロインたちに向かってウキンノはのっしのっしと近づいていく。二人は猫にロックオンされたネズミのごとく動けなくなった。
 ああもうこんな時に限って誰もいないんだから!

「ちょっと、そこのあなた!」
「えっ、俺!?」

 野次馬の男子一人を指さす。

「そう貴方よ貴方! リングオ王子を連れてきてちょうだい!」
「えっ? は、はいっ!」

 男子生徒は弾かれたように隣国の第三王子である、レックス・コンプ・ミコイモー・リングオを呼びに走っていった。今この王立学園に在学中で頼りになりそうなのはリングオ王子ぐらいしかいない。

「ロウヒョ、何故お前のような者がイテイーサ嬢と共にいる? イテイーサ嬢はザワーオ様の……」
「そんなことはわかっている! だが私は彼女が好きなのだ。王子の第二夫人にさせるぐらいなら私がいただきたいと思っているのだ!」
「なんだってっ!?」

 野次馬が更に増えた気がする。ヒロインの目にはもうハートマークが散っている。そろそろ私の為に争わないでっ! とか言いだしそうな雰囲気だ。やっぱり私逃げてもいいかな?

「……サワクーロ様、どうしましょう……」

 ヒロインのクラスメイトたちが怯えているのを見て、さすがに逃げるわけにはいかないと思った。隣国の王子はいったいどこにいるわけ? 早く来てもらわないと困るのだけど。

「リングオ王子を呼んできてもらっているから……来ていただければと思うのだけど……」
「いくら公爵家の息子だからといってお前は調子に乗りすぎではないのかっ!」
「調子になど乗っていない! 私は彼女に会いたくてここに来ているんだ。ザワーオ様にも先日お会いしている!」

 ロウヒョは蒼褪めながらも果敢に言い返している。ひょろひょろしてて頼りない容姿をしているロウヒョだが、こんな頼もしい一面もあったようだ。私は素直に感心した。
 とはいえただ見ているだけというわけにもいかないだろう。
 さすがに殴られることはないだろうがあの間に入るのはちょっと怖い。なのに目にハートマークを散らしたまま二人の男を見ているヒロインは一種異様にも見えた。相変わらずあの娘は状況が正しく見えていない。

「イテイーサ嬢」
「シーアン! どうしよう、二人がっ!」
「……貴女しっかり喜んでるじゃないのっ!」

 ヒロインの顔が崩れている。さすがにその顔はないだろうと呆れた。ギャラリーがいなければほっぺみにょーんの刑にするところだ。

「サワクーロ嬢、イテイーサ嬢に何をする気だ!? いくらイテイーサ嬢の方が美しいからといって嫌がらせをするつもりではあるまいな!」

 ウキンノは目ざとくヒロインに近づいている私に怒鳴った。
 言っとくけど今はヒロインの方からかけよってきたのだ。とんだウェットクロスである。
 ヒロインは小首を傾げた。

「私の方が美しい? ウキンノ様の顔の好みが私ってことかしら?」

 私は青くなった。先ほど近くで話していた時に、この魔法のような化粧がウキンノに見破られてしまったのかもしれない。こうなったらなんとしてでもウキンノの口を塞がなければと思ったけどその機会はなかった。

「イテイーサ嬢の方が何倍も美しいに決まっている。サワクーロ嬢など、厚化粧で美しく見せているだけではないかっ!」

 よりにもよって厚化粧とか言いだしたー!
 いや、うん、まぁそうだけどさ……侍女たちに作ってもらうのはいいけどけっこう時間かかるんだよね、この顔。厚化粧というよりもはや芸術作品だと私は思っているんだけどどうだろう。

「厚化粧!?」

 野次馬が激しく反応し、じろじろと顔にぶしつけな視線を浴びせられた。
 そーですよ、どーせ厚化粧で美しく見せているだけですよ。なんか文句あっか。
 私はすっかりやさぐれてしまった。
 今日はもう散々だ。自分のクラスでもないのにウエイトレスはやらされるわ(引き受けたのは私だけど)、いきなり現れた騎士団長の息子に言いがかりはつけられるわ、しまいには化粧をバラされるわで。今度こそ私帰ってもいいよね?

「ウキンノ様」

 内心泣きそうになっていたら、ヒロインが顔を上げた。そしてキッとウキンノを睨みつける。

「……なんだ?」
「女性の容姿についてそんなことを言うなんて、ウキンノ様には失望しました! シーアンに謝ってください!」
「なっ……」

 ウキンノは絶句した。
 それと同時に、私は後ろからそっと抱き寄せられた。全然気づかなかった。

「?」

 この香りはかぎ覚えがある。

「そうだな。何を言ったか知らないがイテイーサ嬢を怒らせるなんて。ダンキシチョウ君、これはいったいどういうことなんだい?」

 ここのところよく聞く声にほっとしてしまったことは事実で。

「もしかして、私の最愛の婚約者を泣かせるような真似はしていないだろうね?」

 声は楽しげだが、なんというかオーラがまがまがしく感じられる。オーラなんてあるんだなとちょっと現実逃避してみた。

「お、王太子殿下……どうしてここに……」
「私もここの卒業生だよ、ダンキシチョウ君」

 ちら、と後ろを見れば隣国王子の姿が見えた。たまたま隣国王子と一緒にいたのだろうか。
 いいところで現れてくれたのは間違いないけど、あともう少し早く来てほしかったなと私は思ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】どうやら、乙女ゲームのヒロインに転生したようなので。逆ざまぁが多いい、昨今。慎ましく生きて行こうと思います。

❄️冬は つとめて
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生した私。昨今、悪役令嬢人気で、逆ざまぁが多いいので。慎ましく、生きて行こうと思います。 作者から(あれ、何でこうなった? )

【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!

くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。 ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。 マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ! 悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。 少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!! ほんの少しシリアスもある!かもです。 気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。 月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)

申し訳ないけど、悪役令嬢から足を洗らわせてもらうよ!

甘寧
恋愛
この世界が小説の世界だと気づいたのは、5歳の頃だった。 その日、二つ年上の兄と水遊びをしていて、足を滑らせ溺れた。 その拍子に前世の記憶が凄まじい勢いで頭に入ってきた。 前世の私は東雲菜知という名の、極道だった。 父親の後を継ぎ、東雲組の頭として奮闘していたところ、組同士の抗争に巻き込まれ32年の生涯を終えた。 そしてここは、その当時読んでいた小説「愛は貴方のために~カナリヤが望む愛のカタチ~」の世界らしい。 組の頭が恋愛小説を読んでるなんてバレないよう、コソコソ隠れて読んだものだ。 この小説の中のミレーナは、とんだ悪役令嬢で学園に入学すると、皆に好かれているヒロインのカナリヤを妬み、とことん虐め、傷ものにさせようと刺客を送り込むなど、非道の限りを尽くし断罪され死刑にされる。 その悪役令嬢、ミレーナ・セルヴィロが今の私だ。 ──カタギの人間に手を出しちゃ、いけないねぇ。 昔の記憶が戻った以上、原作のようにはさせない。 原作を無理やり変えるんだ、もしかしたらヒロインがハッピーエンドにならないかもしれない。 それでも、私は悪役令嬢から足を洗う。 小説家になろうでも連載してます。 ※短編予定でしたが、長編に変更します。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる

レラン
恋愛
 前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。  すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?  私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!  そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。 ⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎ ⚠︎誤字多発です⚠︎ ⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎ ⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

婚約破棄されたのたが、兄上がチートでツラい。

藤宮
恋愛
「ローズ。貴様のティルナシア・カーターに対する数々の嫌がらせは既に明白。そのようなことをするものを国母と迎え入れるわけにはいかぬ。よってここにアロー皇国皇子イヴァン・カイ・アローとローザリア公爵家ローズ・ロレーヌ・ローザリアの婚約を破棄する。そして、私、アロー皇国第二皇子イヴァン・カイ・アローは真に王妃に相応しき、このカーター男爵家令嬢、ティルナシア・カーターとの婚約を宣言する」 婚約破棄モノ実験中。名前は使い回しで← うっかり2年ほど放置していた事実に、今驚愕。

悪役令嬢の庶民準備は整いました!…けど、聖女が許さない!?

リオール
恋愛
公爵令嬢レイラーシュは自分が庶民になる事を知っていた。 だってここは前世でプレイした乙女ゲームの世界だから。 さあ準備は万端整いました! 王太子殿下、いつでも婚約破棄オッケーですよ、さあこい! と待ちに待った婚約破棄イベントが訪れた! が 「待ってください!!!」 あれ?聖女様? ん? 何この展開??? ※小説家になろうさんにも投稿してます

処理中です...