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三、

4.力技ではかないません

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 その日の昼もまた、カフェテリアでヒロイン、隣国王子と共に勉強をしていた。
 勉強、といってもそれほどわからないことなどあるはずもなく、大概は授業の内容の復習や特に気になったところを確認した後は雑談に終始している。
 当たり障りのないところで、最近ヒロインは隣国の話を中心に尋ねている。

「王宮の庭園ですか。それはとても美しいのでしょうね!」

 ヒロインは目をきらきらさせながら夢見るように言った。

「この国の王宮ほどではないが、女性には概ね好評のようだよ」
「そうなんですか? いつか見てみたいです!!」

 いいかげん私どこかへ行ってもいいかしら。
 というのが本音だが、隣国王子とヒロインを2人きりにしたらどんな化学変異を起こすかわからない。そんなわけで内心げんなりしながらもヒロインの側にいるのだった。
 ざわ……。
 しかしその日はいつもと違った。いつになくカフェテリアの入口の方が騒がしい。

「なんだか騒々しいわね」
「? なにかしら?」

 私の呟きにヒロインもまた反応した。騒ぎの原因はすぐに知れた。

 だからなんでここにいるの。

「シーア、私の大事な天使。学園生活はどうだい?」
「卒業してからまだそんなに経っていませんが、もう懐かしいと思ってしまうのが不思議ですね」
「シーア、ランチは終ったのか? 茶に付き合え」

 兄のシェーン、宰相の息子のロウヒョ、そして王太子であるレイン。ロウヒョは頼りない印象だが、それでも美形が三人並ぶと圧巻である。なんだこの超豪華なボーナスステージ感。写真撮りたい。ちら、と隣国王子とヒロインを窺えば、隣国王子は何とも言えない表情をしており、相変わらず頭の中がお花畑のヒロインは夢見る乙女といった表情をしていた。

「レインさま、お兄さまもどうかなさったの?」

 小首を傾げて尋ねると、兄は大仰に自分の胸を押さえた。

「こいつの名前を先に呼ばれるのは耐え難いが……たまには学園でのシーアを見たいと思ってね。制服もよく似合っているよ」

 そう言いながら兄は私のテーブルを眺めた。

「シーア、なんて私の小さな姫は勉強熱心なんだ。昼休みまで勉強しているなんて……!」

 教科書とノートが置かれているだけでなんというオーバーリアクションだろうか。だが兄は母譲りの超絶美形である。婚約者がいると知ってさえも女性たちの目にハートマークが浮かぶのはもう仕方ないといえよう。そしてそのまま私を抱きしめるのはやめてほしい。せめて誰も見ていないところでお願いします。おにーさまー!!

「ね、熱心なのは私ではありませんわ。イテイーサ嬢から提案されたことで……」

 いいかげん苦しいから離してほしい。兄よ、どさくさに紛れて髪に口づけるんじゃない。いくら妹不足だからってそういうことは婚約者とやれー!!

「いいかげん離れろ」

 そんな兄をべりっと引きはがしてくれたのは王太子だった。だがそのまま抱き寄せられるのはいただけない。抗議を籠めて睨めば「……あんまり可愛い顔をすると……わかっているよな」と言われた。なんでそうなるのだ? 冗談ではない。不穏なので全力でお断りしたい。

「レイン、貴様!」
「シーアは私の婚約者だ。いくら兄とはいえくっつくんじゃない」
「シーアは私の最愛だ! くっ、こんなことなら貴様との婚約など……ッ!」
「……いいかげんにしていただけません?」

 いくら最近のよくない噂を払拭する為のパフォーマンスといっても度が過ぎる。私が低い声を出すと、ようやく2人は黙った。そして。

「……イテイーサ嬢、久しぶりだね。相変わらず君は本を読んでいるのかい?」
「あ……ショウサイさま、お久しぶり、デス。あ、あの……最近は時間がなくて……で、でも今日はどうしてこちらに……?」
「恥ずかしいことだが先日兄がとんでもないことをしただろう? あの件の謝罪をしに王宮へ行ったら学園に行かないかと殿下に誘っていただいてね。懐かしくて来てみたが……よかった」
「ショウサイさま?」

 じっと自分を見つめている宰相の息子にヒロインは戸惑いの声を上げる。

「また君に会うことができた」
「…………ッッッ!!」

 金に似た黄土色の瞳に優しく見つめられながら言われた科白に、ヒロインはぼんっ! と熟れたりんごのように真っ赤になった。
 私はそっと拳を握り込んでガッツポーズである。さすが攻略対象、やればできるではないか。

「あ、え、う……ショ、ショウサイさま……」
「うん。最近また面白い本を見つけたんだ。君にも是非読んでほしい」
「あ……ハイ、また教えてください……」

 長めのさらさらとした銀髪に黄土色の瞳を持つ美形からの誘いに、ヒロインはもうしどろもどろである。
 うん、人さまの恋愛って見てるだけで楽しいね!

「……バカバカしい」

 すぐ近くからの呟きにそちらを見やれば、隣国王子が暗い目をしていた。だが腐っても王子である。

「王太子殿下、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。これまで殿下の婚約者であるサワクーロ嬢をお借りしていたことをお詫びします」
「ああ、君がザワーオの友人のレックスか。これからも弟と仲良くしてほしい。シーアは優しすぎるから人の頼みを断れないようでね。君も気を付けてくれればかまわないよ」

 暗に今後勉強会は中止だと告げる。私を抱き込む王太子は黒い笑みを浮かべているに違いなかった。

「そうだ。もしなんだったらシェーンが勉強をみてやったらどうだ? できればザワーオも共にみてやってほしい。ああ、大丈夫。シェーンは文部両道で魔術や剣の扱いも一流だ。きっと君たちのためになると思うよ」
「は、はい……よろしくお願いします」

 隣国王子の顔が引きつっているのがわかる。みながいるカフェテリアで言質をとってしまえばこちらのものだ。

「レックス王子、どうぞよろしくお願いします」

 そう言う兄の顔がとても黒くて、私はそっと目をそらすことしかできなかった。
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