姫は泡にはなりません

浅葱

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一.人魚の掟

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 人魚の掟。
 人魚は十六歳になると一度だけ海の上にあがることができる。
 結婚をして伴侶と共にであれば海上に顔を出してもいいが、独身の時に海の上にあがれるのは十六歳になった時のただ一度きりである。


 ある人魚の国の末姫がまもなく十六歳になろうという頃、すでに他の人魚の国や鮫の国に嫁いだ姉姫たちが戻って来、末姫に心得を説いていた。というのもこの末姫、とにかく好奇心旺盛で王夫妻の心配の種であったからだった。

「いいこと、リリィン? 人間には絶対に見つからないようにするのよ」
「はーい」
「日の出ている時間は決して海面に出てはだめよ。日が完全に沈んでからにしなさい」
「はーい」
「きちんと周りを確認してから顔を出すのよ。陸から遠いからと油断していると船が通りかかったりしますからね」
「はーい、はーい、はーい!!」
「「「リリィン!!」」」

 姉たちに何度も何度も同じことを言われ、いいかげん末姫であるリリィンは飽いていた。美しい黒に近い藍色の髪を翻し、処女を表す淡い水色の鱗をきらめかせて彼女はその場から逃げ出した。

「もうっ! あの子ったらっ! 人間に捕まったらもう海には戻ってこられないのよっっ!!」
「はーい!」

 律儀に返事だけし、リリィンは自分が嫁ぐ予定の鮫の国の王子の顔を見に出かけたのだった。


 *  *


 案内を振り切って入ってしまったせいか、リリィンはとんでもないものを目にすることとなった。
 鮫の交尾は激しいとは聞いていたが、これほどまでとは……と血まみれの寝台にぐったり横たわっている鮫の雌を呆然と眺めた。当然ながら雌は傷だらけである。

「やぁ、リリィン。もう少し待ってくれていたら綺麗に整えたんだけど。少しだけ待ってくれるかい?」
「……かまわないけど、彼女は大丈夫なの?」

 笑顔で相対する鮫の王子にリリィンは心配そうな目を向けた。

「手当てはきちんとさせるから大丈夫だよ。こればっかりは鮫の性だからね……もちろん君の時はできるだけ大事にするから安心して」

 そうであってほしいと、見た目優男な鮫の王子を見ながらリリィンは願う。
 雌は丁寧に輿に乗せられ運ばれていった。王子は王太子というわけではないが側室を持つのは当たり前らしく、一番最初に会った二年前すでに側室がいた。どうせ王族同士の政略結婚なんてそんなものだと彼女も割り切っていたし、正妃として迎えられるならそれでかまわなかった。

「で、今日はどうしたんだい?」

 優しく聞かれて、リリィンは十六歳になったら……という話を王子にした。姉に言われたことまで話すと王子は少し考えるような顔をした。

「……確かに我々と違って君たちは弱い。できるだけ人間に姿を見せてはいけないよ。無事帰ってきて、海の上に広がっているという夜空の様子をどうか教えておくれ」
「ええ、約束するわ」

 王子は優しいと思う。けれどリリィンは王子に恋をしているとは思わない。
 恋というのは胸が苦しくなって、相手と片時も離れたくないと思うものらしいと聞いた。
 海の上にあがって帰ってきたらリリィンは王子に嫁がなければならない。

(一度でいいから恋、してみたかったな……)

 そんなことを思いながらも、リリィンは十六歳になる日が待ち遠しかった。
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