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186.出かけることになって

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 セイム村に出発の日、俺は寝ている間に馬車に乗せられたみたいだった。

「ん……」

 心地良い揺れの中で俺は目覚めた。こんな優しい揺れの馬車になんか乗ったことがなかったから、一瞬どこにいるのかわからなかった。
 俺の身体に触れている手を無意識に捕まえて擦り寄る。暖かくてとても気持ちがいい。誰かの手が頭を撫でている。俺はぼんやりと視線を巡らせた。揺れが去らなくて、なんなんだろうと思う。

「? な、に……?」
「カイト、起きたのか」
「カイト、おはよう」

 ジャックの顔が俺を覗き込んできた。どうやら俺はジャックの腕の中で眠っていたようだった。シーツで緩くだが、くるまっている状態である。

「ちょっと待ってくれ」

 ジャックはそう言うと俺の身体から一度シーツを剥がし、前開きのワンピースのような服を着せてくれた。表に出る際はこれにズボンを履くらしい。足には白い靴下を履かされているのが見えて顔が熱くなるのを感じた。なんかこの靴下ってやつがとても恥ずかしい。
 だってこの白い靴下は人妻の証拠だから。
 知らなかった時は気にも留めなかったし、白い靴下を履いた人なんて見た記憶もなかったけど、自分がこうなってしまうと見ただけで熱が上がってしまう。意識しすぎなんだとは思うけど……まだしばらくは慣れそうもない。

「カイト? どうした?」

 わかっているだろうに、ジャンがニヤニヤしながら聞く。俺はムッとした。無視してやるっ。

「……どこらへんまで来たんだ?」
「まだ出発したばかりだ。先は長いからのんびり過ごせばいい」
「そっか……」

 俺は馬車の中を見回した。けっこう広さがあってなんか部屋みたいだ。縦長の、八畳? いや十畳ぐらいあるだろうか。なんで畳で考えてるんだよ、俺。自分につっこみながらきょろきょろする。進行方向の前と後ろにベンチのようなものがあるが、ジャックとジャンは馬車の床に腰掛けている。馬車の床には絨毯のようなものが敷いてあり、扉の前に靴が置いてあった。土足で上がるようなことはしていないようで俺はほっとした。
 つか、そういえばうちの中でも靴生活ってしてないよな。ロンドとビットは一応靴を履いていたけど、あれも部屋履きとして使っていたみたいだった。ジャンとジャックは基本裸足で過ごしていたなと思い出した。俺? 床に足をつけること自体がまずないしな。……やっぱり歩き方を忘れているんじゃないだろうか。
 俺はジャンを見た。

「なぁ……」
「なんだ?」
「うちの中って、土足じゃないよな。なんで?」

 今更な質問だとは思ったが聞いてみた。

「? 足が疲れるし家の中が汚れるだろう?」
「そうだよな」

 それもそうだ。この国、というかこの世界自体はどこでも土足が基本だった。おかげでなんかしっかり休めた気がしなかったけど、天使になって二人と暮らすようになってからよく眠れるようになった気がする。単純に抱かれて疲れただけかもしれないけどな。

「窓の外って見てもいいのか?」
「顔を出さなければいいぞ」

 ジャックが俺を抱いたまま立ち上がった。
 えええ、と思ったけど、この馬車は天井も高いらしくジャックが立ち上がっても天井に頭を打ったりはしなかった。

「……この馬車、どんだけするんだよ……」
「買ったら相当な値段はするな。魔道具がふんだんに使われているから、新品であれば金貨1000枚はくだらないだろう」

 頭がくらくらしてきた。俺が一生かかっても稼げない価格の馬車って……。壊さないように気をつけなければと思った。

「役所から借りたから大丈夫だ。カイトが欲しいと言えば半永久的に借りることができるぞ」

 ジャンがにんまりして言う。お詫びにしてはすごいものだなぁと思ったけど、ジャックが担っている仕事はとても重要なことだからしょうがないんだろうなと納得した。国防に関わる仕事だしな。その仕事をしている者の給料をちょろまかすとか何考えてんだろうな。まったくもって理解できない。

「……別にいらないよ。そんなに出かけることなんてないだろ」

 だいたいどこへ出かけるっていうんだよ。

「そういえば、ジャックは何日も離れて大丈夫なのか?」

 今更な質問だったけど、ジャックは笑んだ。そういえばジャンの仕事も大丈夫なんだろうか。なんで今の今までそれを忘れていたんだろう。俺は首を傾げた。

「ジャンも……」
「俺は結界を強化してきたから大丈夫だ。出かけることは国に報告してあるから何かあれば国の方で対応するはずだ」
「そうなんだ……」
「僕は休みをとったから問題ない。僕じゃなきゃどうしてもできない仕事なんていうのは特にないからね」
「そういうもん?」

 ジャンは平然と答えた。まぁ、ジャックほど重要な仕事ってなかなかないとは思うけど。

「もうカイトを手に入れたから僕は満足だよ。僕たちを受け入れられるような子を探してただけだしな」
「嘘だろ……」

 婚活の為に調教師やってたとかどうなんだ?

「それぐらい僕たちにとっては切実だった。兄さんのイチモツを受け入れられる人はいなかったからね」
「そっか……」

 同じ巨人族でも無理だったと考えると切実だったというのは間違いでもないかもしれない。

「カイト、愛してる」
「もう……」

 ジャックに改めて抱きしめられ、俺はどきどきしてしまった。
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