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2.智紀、学生寮の前で再会す
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両親も弟もどういうわけか、ギリギリまで俺を連れて行くことを諦めなかった。
家は親戚に貸すことになった。長期休暇時は戻ってきても大丈夫だよと言われたが、さすがに遠慮したい。
住み慣れた家と家族と離れて暮らすのは寂しいと思ったけど、あまりにも両親と弟がしつこかったので早く行ってくれと思った。
父さんの赴任先は中国の上海だという。
「いつでもこっちに来ていいんだからな!」
羽田空港へ見送りに行った時も涙ながらにそう言われてげんなりした。リニアモーターカーがある上海には行ってみたいけど、向こうで暮らす決心はつかなかった。
おかげで学生寮に着くのがギリギリになった。
入学式の二日前に、俺はようやく私立春嵐高校のバス停に下り立ったのだった。
荷物は先に寮に届けられているらしい。
「さっむ……」
さすが山、と思った。まぁ山と言っても山を一部削って作った高校らしい。高校まではこうやって麓の町からバスが一日三本出ている。朝と、昼と、夕方だ。どんだけ田舎なんだよと思ったけど、使う人がいなければそんなもんなんだろうな。
土日もバスの時間は変わらないらしい。それは覚えやすくて助かると思った。
バス停から舗装された坂道を五分程上がると高校の校舎に着いた。ボストンバッグを持っていたせいか、コンクリートの校舎からすぐにおじさんが出てきて「新入生かい?」と聞いてくれた。
「はい、初めまして。大林智紀(おおばやしとものり)といいます、よろしくお願いします!」
バッと頭を下げて挨拶すると、おじさんは笑った。
「元気だね。学生寮に案内するよ」
「ありがとうございます」
緊張しながらおじさんの後についていく。校舎から更に舗装された坂道を五分程上がったところに学生寮はあった。ちょっと坂が急でうわあと思った。おじさんが寮の入口の扉を開け、中に声をかける。
「おーい、新入生を連れてきたぞー」
「はーい、ありがとうございまーす!」
そう言ってわざわざ表に出てきたのは、三十代ぐらいの茶髪の男性だった。言っちゃなんだけど見た目がチャラい。それにイケメンだ。
「それじゃあ俺は戻るから。俺は事務の鈴木っていうんだ。なんかあったら声かけてくれよ」
「あ、はい。ありがとうございました!」
おじさん―もとい学校事務の鈴木さんはひらひらと手を振って坂を下って行った。
「ちゃんとお礼が言えるなんていい子だねえ」
男性がにっこりする。
「僕は寮監の嵐山(あらしやま)といいます」
「あ、失礼しました。今年入学の大林智紀です、よろしくお願いします!」
俺は男性―嵐山さんにバッと頭を下げた。……嵐山ってどっかで聞いた名前だな?
「真面目だねー。大林君はー、二階の一番東の部屋だね。二人部屋だから案内するよ」
「ありがとうございます」
「礼儀正しいなぁ。僕、嬉しくなっちゃうよー。なんか困ったことがあったらすぐに言ってね。どうにかするから」
嵐山さんがそう言って踵を返した時、ピピィーッ! という鳥の甲高い鳴き声が聞こえた。
その声はどこか、聞き覚えがあるような気がして俺は振り向いた。学生寮から20mも離れれば木々が植わっているまんま山の中だ。あれは林といっていいのだろうか。その東の方から灰色の鳥が飛んできて……。
「えっ!?」
そんなバカなって思った。
俺はもう15歳だ。この高校はうちからかなり離れている。ここは隣の県だ。
「ピー太!?」
ピーッ、ピーッ! と鳴きながらその鳥は俺めがけて飛んできて、バサバサと羽ばたいて俺の頭の上に止まった。爪が痛い痛い。
「いたっ、痛いってっ!」
「こらこらピータ君、この少年は新入生だよ。いじめないでくれ」
嵐山さんもピー太と言った。
「ピー太、ピー太なのかっ?」
信じられない気持ちで、俺は頭に手を伸ばしてみた。するとトンッと鳥が腕に乗る。腕に爪が食い込んできて痛かったけど、俺は我慢して腕をそのままそーっと俺の顔の側まで下ろした。
「……うそ……だろ……」
灰色の羽、黄色い顔、ほっぺのオレンジ、そして寝ぐせのようにピンと立っている黄色い頭の羽。オカメインコなのは間違いなかった。
それにしてもなんか目つきが……悪くないか?
「ピー太? 本当にピー太なのか?」
鳥は首をコキャッと傾げた。
「ピータ、ピータ……ピー、トモー、ピー、トモー、ピー、ノリー?」
鳥はコキャコキャ首を傾げながら、思い出したように俺の名を呼んだ。
「ピー太……生きてたんだな……よかったー……!」
涙が浮かぶ。腕は痛いし、ピー太は重いけど、それぐらい我慢できる。
もう二度と会えないと思っていたピー太に会えて、涙がぼろぼろ流れた。
「ええー……これってもしかして、感動の再会? とか? えーと……大林、君」
「ああっ、すみません!」
俺はもう片方の腕で慌てて涙を拭いた。それでもまたぶわりと涙が浮かぶ。涙腺がおかしくなってしまったみたいだった。
「えーと、もしかしてこのインコ、君んちで飼ってたとか……」
「そ、そうかもしれません……ピー太、こんなところまで飛んできてたんだなー!」
「ピータ、ピータ、スキー、トモー、ノリー!」
ピータも俺に会えて嬉しかったのか、いっぱいおしゃべりしてくれた。本当にピー太は頭がよくて、あの五か月の間にいっぱい言葉を覚えてくれたのだ。
「すごい偶然だねぇ……まぁ、おかげでいろいろ頼みやすそうでいいかな。感動の再会のところ悪いんだけど、そろそろ部屋に案内するよー」
「あ、すみません! えーと、ピー太は……」
「ピー太君、二階の、一番東の端っこの部屋に行っててくれるかい? 大林君を連れていくから」
「オッケー!」
ピー太はいい返事をすると、バサバサと飛んでいった。
「えええー……」
「頭いいよねー。じゃあ行こうか」
嵐山さんに促されて、俺はようやく寮に足を踏み入れたのだった。
ーーーーー
とっとと再会。嵐山さんの最初の科白で「ピータ」なのは漢字がわからないからです。智紀と認識した後は科白の「ピータ」が「ピー太」に変わったりします。
家は親戚に貸すことになった。長期休暇時は戻ってきても大丈夫だよと言われたが、さすがに遠慮したい。
住み慣れた家と家族と離れて暮らすのは寂しいと思ったけど、あまりにも両親と弟がしつこかったので早く行ってくれと思った。
父さんの赴任先は中国の上海だという。
「いつでもこっちに来ていいんだからな!」
羽田空港へ見送りに行った時も涙ながらにそう言われてげんなりした。リニアモーターカーがある上海には行ってみたいけど、向こうで暮らす決心はつかなかった。
おかげで学生寮に着くのがギリギリになった。
入学式の二日前に、俺はようやく私立春嵐高校のバス停に下り立ったのだった。
荷物は先に寮に届けられているらしい。
「さっむ……」
さすが山、と思った。まぁ山と言っても山を一部削って作った高校らしい。高校まではこうやって麓の町からバスが一日三本出ている。朝と、昼と、夕方だ。どんだけ田舎なんだよと思ったけど、使う人がいなければそんなもんなんだろうな。
土日もバスの時間は変わらないらしい。それは覚えやすくて助かると思った。
バス停から舗装された坂道を五分程上がると高校の校舎に着いた。ボストンバッグを持っていたせいか、コンクリートの校舎からすぐにおじさんが出てきて「新入生かい?」と聞いてくれた。
「はい、初めまして。大林智紀(おおばやしとものり)といいます、よろしくお願いします!」
バッと頭を下げて挨拶すると、おじさんは笑った。
「元気だね。学生寮に案内するよ」
「ありがとうございます」
緊張しながらおじさんの後についていく。校舎から更に舗装された坂道を五分程上がったところに学生寮はあった。ちょっと坂が急でうわあと思った。おじさんが寮の入口の扉を開け、中に声をかける。
「おーい、新入生を連れてきたぞー」
「はーい、ありがとうございまーす!」
そう言ってわざわざ表に出てきたのは、三十代ぐらいの茶髪の男性だった。言っちゃなんだけど見た目がチャラい。それにイケメンだ。
「それじゃあ俺は戻るから。俺は事務の鈴木っていうんだ。なんかあったら声かけてくれよ」
「あ、はい。ありがとうございました!」
おじさん―もとい学校事務の鈴木さんはひらひらと手を振って坂を下って行った。
「ちゃんとお礼が言えるなんていい子だねえ」
男性がにっこりする。
「僕は寮監の嵐山(あらしやま)といいます」
「あ、失礼しました。今年入学の大林智紀です、よろしくお願いします!」
俺は男性―嵐山さんにバッと頭を下げた。……嵐山ってどっかで聞いた名前だな?
「真面目だねー。大林君はー、二階の一番東の部屋だね。二人部屋だから案内するよ」
「ありがとうございます」
「礼儀正しいなぁ。僕、嬉しくなっちゃうよー。なんか困ったことがあったらすぐに言ってね。どうにかするから」
嵐山さんがそう言って踵を返した時、ピピィーッ! という鳥の甲高い鳴き声が聞こえた。
その声はどこか、聞き覚えがあるような気がして俺は振り向いた。学生寮から20mも離れれば木々が植わっているまんま山の中だ。あれは林といっていいのだろうか。その東の方から灰色の鳥が飛んできて……。
「えっ!?」
そんなバカなって思った。
俺はもう15歳だ。この高校はうちからかなり離れている。ここは隣の県だ。
「ピー太!?」
ピーッ、ピーッ! と鳴きながらその鳥は俺めがけて飛んできて、バサバサと羽ばたいて俺の頭の上に止まった。爪が痛い痛い。
「いたっ、痛いってっ!」
「こらこらピータ君、この少年は新入生だよ。いじめないでくれ」
嵐山さんもピー太と言った。
「ピー太、ピー太なのかっ?」
信じられない気持ちで、俺は頭に手を伸ばしてみた。するとトンッと鳥が腕に乗る。腕に爪が食い込んできて痛かったけど、俺は我慢して腕をそのままそーっと俺の顔の側まで下ろした。
「……うそ……だろ……」
灰色の羽、黄色い顔、ほっぺのオレンジ、そして寝ぐせのようにピンと立っている黄色い頭の羽。オカメインコなのは間違いなかった。
それにしてもなんか目つきが……悪くないか?
「ピー太? 本当にピー太なのか?」
鳥は首をコキャッと傾げた。
「ピータ、ピータ……ピー、トモー、ピー、トモー、ピー、ノリー?」
鳥はコキャコキャ首を傾げながら、思い出したように俺の名を呼んだ。
「ピー太……生きてたんだな……よかったー……!」
涙が浮かぶ。腕は痛いし、ピー太は重いけど、それぐらい我慢できる。
もう二度と会えないと思っていたピー太に会えて、涙がぼろぼろ流れた。
「ええー……これってもしかして、感動の再会? とか? えーと……大林、君」
「ああっ、すみません!」
俺はもう片方の腕で慌てて涙を拭いた。それでもまたぶわりと涙が浮かぶ。涙腺がおかしくなってしまったみたいだった。
「えーと、もしかしてこのインコ、君んちで飼ってたとか……」
「そ、そうかもしれません……ピー太、こんなところまで飛んできてたんだなー!」
「ピータ、ピータ、スキー、トモー、ノリー!」
ピータも俺に会えて嬉しかったのか、いっぱいおしゃべりしてくれた。本当にピー太は頭がよくて、あの五か月の間にいっぱい言葉を覚えてくれたのだ。
「すごい偶然だねぇ……まぁ、おかげでいろいろ頼みやすそうでいいかな。感動の再会のところ悪いんだけど、そろそろ部屋に案内するよー」
「あ、すみません! えーと、ピー太は……」
「ピー太君、二階の、一番東の端っこの部屋に行っててくれるかい? 大林君を連れていくから」
「オッケー!」
ピー太はいい返事をすると、バサバサと飛んでいった。
「えええー……」
「頭いいよねー。じゃあ行こうか」
嵐山さんに促されて、俺はようやく寮に足を踏み入れたのだった。
ーーーーー
とっとと再会。嵐山さんの最初の科白で「ピータ」なのは漢字がわからないからです。智紀と認識した後は科白の「ピータ」が「ピー太」に変わったりします。
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