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115.思い込み過ぎていたみたい

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「あ、あのっ、こ、これはいったい……」

 僕は夫たちを見回して説明を求めた。
 赤ん坊のような幼い子は間違いなく僕の子供だと思う。僕の記憶が確かなら1歳になるかならないかのはずだ。アローのズボンにしがみついている子は泣きそうな顔をしている。
 抱きしめたいけどそうしていいのかどうかもわからない。

「何故立っている。そこに座れ」

 偉明がアローを促した。

「……失礼します」

 アローは子供を抱いて椅子に腰かけた。子供はアローの膝に大人しく座ったが、夫たちが怖いのかアローの肩に顔を埋めてしまってこちらを見てはくれない。
 明輝ミンフイが僕を抱いたまま長椅子に腰かける。アローからの視線が突き刺さった。とても居心地が悪いのだけど、どうして彼らがここにいるのかは教えてもらわなければいけなかった。

「……旦那様、どうして彼らがここに……?」

 侍従がお茶の用意をした。

「リューイ、まずは喉を潤すといい」

 昼食の食休みの後である。もう何杯もお茶を飲んだはずなのに、喉がからからに乾いていた。明輝が茶杯を取ってくれた。震える手で受け取り、薄絹を少し持ち上げてもらってコクリ……と一口だけ飲んだ。

「はぁ……」
「幼い子もいるのでな。手短かに話そう」

 偉明ウェイミンが口を開いた。それに子の頭を撫でているアローも頷いた。その目はじっと僕を見ていて、逸らされたりはしない。

「リューイ、ここにいる者はそなたの隣家の使用人だったアローに相違ないか?」
「は、はい……そうです」

 だから余計に解せないのだ。どうして隣家の使用人であるアローがトラッシュと僕の間に産まれただろう子を連れているのか理解できない。

「アローとやら、貴様が連れている子は誰の子か」

 アローは苦しそうな表情をした。

「……かつての、雇主だったトラッシュ様とリューイ様の子です……」

 やはり僕の子だったらしい。子供はアローにぎゅっとしがみついた。慣れないところに連れてこられて、さぞかし不安だろうと思う。
 どうして僕の子をここに連れてきたのだろう。あの子はトラッシュの家の跡取りになるのではなかっただろうか。

「何故貴様がここに来たのか、順を追って説明せよ」
「はい」

 そうしてアローは、僕がトラッシュと離縁してからのことを話し始めた。


 僕と離縁した後、トラッシュはもう跡継ぎができたからとアローと結婚すると言い出したらしい。
 トラッシュの両親はそれに難色を示した。離縁したばかりですぐに再婚、それも使用人となどと認めることはできないとはっきり言われたそうだ。
 それでもトラッシュは諦めなかった。
 跡継ぎはいるのだから誰と結婚しても問題ないはずだと激高した。
 あまりにも外聞が悪いので、彼の両親はトラッシュとアロー、そして子供を田舎の領地へ行かせることにした。結婚は許さなかったけれど、そこで何をしても構わないと、彼の両親は目をつぶったのだ。

「彼らの辺鄙な領地で、私はリューイ様のお子であるイト様、そしてトラッシュ様と共に暮らすことになりました。そこはトラッシュ様が幼少期に暮らしていた場所で、昔からの使用人がたくさんおりました。彼らはトラッシュ様のお子だからと、イト様の面倒を積極的に見てくださいました。ですが、当然ながら私は全く歓迎されませんでした」

 アローが淡々と続ける。
 トラッシュは素気ないアローに延々迫った。だがアローは相手をしたくはなかった。

「私が愛しているのは、後にも先にもリューイ様だけです」

 アローはまっすぐ僕を見て、そう言った。
 僕は困ってしまった。アローはいったい何を言っているのだろう。

「だが、貴様はそのトラッシュとの間にも子を成したはずだ」
「はい、不本意ですがトラッシュ様に子を産ませました。跡継ぎを作ればイト様を連れて出て行ってもいいと言われましたので」

 偉明の問いに答えた内容に、僕は目を白黒させた。
 トラッシュに、子を産ませたってどういうこと?

「……えっ? ト、トラッシュは、アローを抱きたかったんじゃないの? 抱かれたかったの?」

 思わず素で聞いてしまった。アローはとても嫌そうな顔をした。

「……あまり言いたくはないのですが、そういうことだったらしいです……。私が、リューイ様を愛していたから……奪ってやったと言われました」
「そんな……」
「どちらにせよ、リューイ様に私の想いも伝わっていなかったようですが……」

 アローは情けなさそうに笑った。
 アローが僕を好きだったなんて……確かにずっと言われていたけど、あれはトラッシュを想う僕をバカにしているのだと思い込んでいた。
 だって、トラッシュはアローしか見ていなかったから。

「……誤解があったようだな」
「はい……。そういう風にトラッシュ様が誘導していたということもありましたし、私もあの家を辞めてリューイ様を養える自信はありませんでした」
「そんな……そんな……」
「ああーん!」

 どうしたらいいのかわからなくて首を振ったら、それまでおとなしくしていた子供がむずがって泣き出した。

「すみません、イト様のおなかがすいてしまったようです。できれば柔らかい食べ物か、お乳をあげることはできないでしょうか?」
「えっ? お乳?」

 アローに言われて咄嗟に胸を押さえた。
 僕があげてもいいのだろうか?
 夫たちの誰かに、抱いてもらわなければいけないけれど。
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