116 / 136
115.思い込み過ぎていたみたい
しおりを挟む
「あ、あのっ、こ、これはいったい……」
僕は夫たちを見回して説明を求めた。
赤ん坊のような幼い子は間違いなく僕の子供だと思う。僕の記憶が確かなら1歳になるかならないかのはずだ。アローのズボンにしがみついている子は泣きそうな顔をしている。
抱きしめたいけどそうしていいのかどうかもわからない。
「何故立っている。そこに座れ」
偉明がアローを促した。
「……失礼します」
アローは子供を抱いて椅子に腰かけた。子供はアローの膝に大人しく座ったが、夫たちが怖いのかアローの肩に顔を埋めてしまってこちらを見てはくれない。
明輝が僕を抱いたまま長椅子に腰かける。アローからの視線が突き刺さった。とても居心地が悪いのだけど、どうして彼らがここにいるのかは教えてもらわなければいけなかった。
「……旦那様、どうして彼らがここに……?」
侍従がお茶の用意をした。
「リューイ、まずは喉を潤すといい」
昼食の食休みの後である。もう何杯もお茶を飲んだはずなのに、喉がからからに乾いていた。明輝が茶杯を取ってくれた。震える手で受け取り、薄絹を少し持ち上げてもらってコクリ……と一口だけ飲んだ。
「はぁ……」
「幼い子もいるのでな。手短かに話そう」
偉明が口を開いた。それに子の頭を撫でているアローも頷いた。その目はじっと僕を見ていて、逸らされたりはしない。
「リューイ、ここにいる者はそなたの隣家の使用人だったアローに相違ないか?」
「は、はい……そうです」
だから余計に解せないのだ。どうして隣家の使用人であるアローがトラッシュと僕の間に産まれただろう子を連れているのか理解できない。
「アローとやら、貴様が連れている子は誰の子か」
アローは苦しそうな表情をした。
「……かつての、雇主だったトラッシュ様とリューイ様の子です……」
やはり僕の子だったらしい。子供はアローにぎゅっとしがみついた。慣れないところに連れてこられて、さぞかし不安だろうと思う。
どうして僕の子をここに連れてきたのだろう。あの子はトラッシュの家の跡取りになるのではなかっただろうか。
「何故貴様がここに来たのか、順を追って説明せよ」
「はい」
そうしてアローは、僕がトラッシュと離縁してからのことを話し始めた。
僕と離縁した後、トラッシュはもう跡継ぎができたからとアローと結婚すると言い出したらしい。
トラッシュの両親はそれに難色を示した。離縁したばかりですぐに再婚、それも使用人となどと認めることはできないとはっきり言われたそうだ。
それでもトラッシュは諦めなかった。
跡継ぎはいるのだから誰と結婚しても問題ないはずだと激高した。
あまりにも外聞が悪いので、彼の両親はトラッシュとアロー、そして子供を田舎の領地へ行かせることにした。結婚は許さなかったけれど、そこで何をしても構わないと、彼の両親は目をつぶったのだ。
「彼らの辺鄙な領地で、私はリューイ様のお子であるイト様、そしてトラッシュ様と共に暮らすことになりました。そこはトラッシュ様が幼少期に暮らしていた場所で、昔からの使用人がたくさんおりました。彼らはトラッシュ様のお子だからと、イト様の面倒を積極的に見てくださいました。ですが、当然ながら私は全く歓迎されませんでした」
アローが淡々と続ける。
トラッシュは素気ないアローに延々迫った。だがアローは相手をしたくはなかった。
「私が愛しているのは、後にも先にもリューイ様だけです」
アローはまっすぐ僕を見て、そう言った。
僕は困ってしまった。アローはいったい何を言っているのだろう。
「だが、貴様はそのトラッシュとの間にも子を成したはずだ」
「はい、不本意ですがトラッシュ様に子を産ませました。跡継ぎを作ればイト様を連れて出て行ってもいいと言われましたので」
偉明の問いに答えた内容に、僕は目を白黒させた。
トラッシュに、子を産ませたってどういうこと?
「……えっ? ト、トラッシュは、アローを抱きたかったんじゃないの? 抱かれたかったの?」
思わず素で聞いてしまった。アローはとても嫌そうな顔をした。
「……あまり言いたくはないのですが、そういうことだったらしいです……。私が、リューイ様を愛していたから……奪ってやったと言われました」
「そんな……」
「どちらにせよ、リューイ様に私の想いも伝わっていなかったようですが……」
アローは情けなさそうに笑った。
アローが僕を好きだったなんて……確かにずっと言われていたけど、あれはトラッシュを想う僕をバカにしているのだと思い込んでいた。
だって、トラッシュはアローしか見ていなかったから。
「……誤解があったようだな」
「はい……。そういう風にトラッシュ様が誘導していたということもありましたし、私もあの家を辞めてリューイ様を養える自信はありませんでした」
「そんな……そんな……」
「ああーん!」
どうしたらいいのかわからなくて首を振ったら、それまでおとなしくしていた子供がむずがって泣き出した。
「すみません、イト様のおなかがすいてしまったようです。できれば柔らかい食べ物か、お乳をあげることはできないでしょうか?」
「えっ? お乳?」
アローに言われて咄嗟に胸を押さえた。
僕があげてもいいのだろうか?
夫たちの誰かに、抱いてもらわなければいけないけれど。
僕は夫たちを見回して説明を求めた。
赤ん坊のような幼い子は間違いなく僕の子供だと思う。僕の記憶が確かなら1歳になるかならないかのはずだ。アローのズボンにしがみついている子は泣きそうな顔をしている。
抱きしめたいけどそうしていいのかどうかもわからない。
「何故立っている。そこに座れ」
偉明がアローを促した。
「……失礼します」
アローは子供を抱いて椅子に腰かけた。子供はアローの膝に大人しく座ったが、夫たちが怖いのかアローの肩に顔を埋めてしまってこちらを見てはくれない。
明輝が僕を抱いたまま長椅子に腰かける。アローからの視線が突き刺さった。とても居心地が悪いのだけど、どうして彼らがここにいるのかは教えてもらわなければいけなかった。
「……旦那様、どうして彼らがここに……?」
侍従がお茶の用意をした。
「リューイ、まずは喉を潤すといい」
昼食の食休みの後である。もう何杯もお茶を飲んだはずなのに、喉がからからに乾いていた。明輝が茶杯を取ってくれた。震える手で受け取り、薄絹を少し持ち上げてもらってコクリ……と一口だけ飲んだ。
「はぁ……」
「幼い子もいるのでな。手短かに話そう」
偉明が口を開いた。それに子の頭を撫でているアローも頷いた。その目はじっと僕を見ていて、逸らされたりはしない。
「リューイ、ここにいる者はそなたの隣家の使用人だったアローに相違ないか?」
「は、はい……そうです」
だから余計に解せないのだ。どうして隣家の使用人であるアローがトラッシュと僕の間に産まれただろう子を連れているのか理解できない。
「アローとやら、貴様が連れている子は誰の子か」
アローは苦しそうな表情をした。
「……かつての、雇主だったトラッシュ様とリューイ様の子です……」
やはり僕の子だったらしい。子供はアローにぎゅっとしがみついた。慣れないところに連れてこられて、さぞかし不安だろうと思う。
どうして僕の子をここに連れてきたのだろう。あの子はトラッシュの家の跡取りになるのではなかっただろうか。
「何故貴様がここに来たのか、順を追って説明せよ」
「はい」
そうしてアローは、僕がトラッシュと離縁してからのことを話し始めた。
僕と離縁した後、トラッシュはもう跡継ぎができたからとアローと結婚すると言い出したらしい。
トラッシュの両親はそれに難色を示した。離縁したばかりですぐに再婚、それも使用人となどと認めることはできないとはっきり言われたそうだ。
それでもトラッシュは諦めなかった。
跡継ぎはいるのだから誰と結婚しても問題ないはずだと激高した。
あまりにも外聞が悪いので、彼の両親はトラッシュとアロー、そして子供を田舎の領地へ行かせることにした。結婚は許さなかったけれど、そこで何をしても構わないと、彼の両親は目をつぶったのだ。
「彼らの辺鄙な領地で、私はリューイ様のお子であるイト様、そしてトラッシュ様と共に暮らすことになりました。そこはトラッシュ様が幼少期に暮らしていた場所で、昔からの使用人がたくさんおりました。彼らはトラッシュ様のお子だからと、イト様の面倒を積極的に見てくださいました。ですが、当然ながら私は全く歓迎されませんでした」
アローが淡々と続ける。
トラッシュは素気ないアローに延々迫った。だがアローは相手をしたくはなかった。
「私が愛しているのは、後にも先にもリューイ様だけです」
アローはまっすぐ僕を見て、そう言った。
僕は困ってしまった。アローはいったい何を言っているのだろう。
「だが、貴様はそのトラッシュとの間にも子を成したはずだ」
「はい、不本意ですがトラッシュ様に子を産ませました。跡継ぎを作ればイト様を連れて出て行ってもいいと言われましたので」
偉明の問いに答えた内容に、僕は目を白黒させた。
トラッシュに、子を産ませたってどういうこと?
「……えっ? ト、トラッシュは、アローを抱きたかったんじゃないの? 抱かれたかったの?」
思わず素で聞いてしまった。アローはとても嫌そうな顔をした。
「……あまり言いたくはないのですが、そういうことだったらしいです……。私が、リューイ様を愛していたから……奪ってやったと言われました」
「そんな……」
「どちらにせよ、リューイ様に私の想いも伝わっていなかったようですが……」
アローは情けなさそうに笑った。
アローが僕を好きだったなんて……確かにずっと言われていたけど、あれはトラッシュを想う僕をバカにしているのだと思い込んでいた。
だって、トラッシュはアローしか見ていなかったから。
「……誤解があったようだな」
「はい……。そういう風にトラッシュ様が誘導していたということもありましたし、私もあの家を辞めてリューイ様を養える自信はありませんでした」
「そんな……そんな……」
「ああーん!」
どうしたらいいのかわからなくて首を振ったら、それまでおとなしくしていた子供がむずがって泣き出した。
「すみません、イト様のおなかがすいてしまったようです。できれば柔らかい食べ物か、お乳をあげることはできないでしょうか?」
「えっ? お乳?」
アローに言われて咄嗟に胸を押さえた。
僕があげてもいいのだろうか?
夫たちの誰かに、抱いてもらわなければいけないけれど。
37
お気に入りに追加
2,679
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる