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111.庭園に連れてきてもらいました

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 馬車は休憩を取ることなく、まっすぐにその庭園へと向かった。
 馬車に乗っていた時間はそれほど長くはなかったが、移動の時間も得難い体験であった。
 途中で一台馬車とすれ違ったのだが、それは大型の、屋根のない馬車だった。そこには僕のように薄絹を頭から被った人が乗っていて、その両脇を守るように逞しい人たちが乗っていたのだ。あの人たちも夫婦なのかなと思ったら、気恥ずかしくなった。

「珍しいな」
「そうですね」

 僕を膝に乗せている偉明と、清明がそう呟くように言った。

「?」
「ああ、あまり妻を表に出す者は少ないのでな」
「おそらく向こうも珍しいと思ったことでしょう」

 やはり巨人族の国では、妻は家の中にいるものらしい。

「では……それほど裕福でない家ではどうしているのですか?」
「住み込みではなく通いで手伝いをする者もいる。妻を人目に触れさせるのは嫌だからな」
「そうなのですね……」

 徹底しているのだなと感心した。
 そんな会話をしている間に着いたようだった。車止めで馬車が停まり、僕は抱かれたまま馬車を降りた。
 とても大きな門である。黒っぽいというのだろうか。落ち着いた色合いの重厚な佇まいだった。その両側を白っぽいレンガの壁がどこまでも続いていて、庭園とは聞いたけどどれほど広いのだろうと思ってしまった。
 門の前には門番と思しき人が門の両側に一人ずつ立っている。御者が彼らに声をかけた。

リン家である」
「お待ちしておりました。案内の者は必要でしょうか」
「必要ない。どこで昼食を取れるかだけ伝えよ」
「はっ。ではどうぞこちらへ」

 門番の問いに答えたのは清明チンミンだった。門がギギギ……と開いて、偉明ウェイミンと清明は躊躇なく中へ足を踏み入れた。中は石畳で、少し離れたところに黒っぽい建物が並んでいた。そのうちの一棟から少し年のいった人が出てきた。

「領主様、ようこそいらっしゃいました。本日のご案内をさせていただく、ティエンと申します」

 案内をしてくれる人のようだ。その人は拱手すると、

「……ですが、奥様とご一緒されていらっしゃいますので、必要な事柄だけお答えすることもできます」

 そうにこやかに言った。

「昼食はどこで用意するのかだけ伝えよ」

 清明が先ほどと同じことを言う。ここからは庭のような景色は建物と建物の隙間からチラチラ見えているけど、それだけでもそれなりの広さを誇っているようだった。

「昼食は湖の南側にあります緑の屋根の建物の二階でご用意させていただきます。奥様は水が怖いなど、そのようなことはございませんか?」
「あ、ありません……」

 建物自体が湖に面しているのだろうか。湖、というのが夫たちの言っていた貯水池らしい。

「わかった。わからなければここに清明をやる」
「途中にも使用人はおりますので、声をかけていただければお伝えできると思います。姿は見えませぬが、声は届きます」
「わかった。では参ろう」

 この庭園では何人も働いているらしい。
 偉明は僕を抱いたまま、正面の建物の方へは向かわず右側へ進んだ。右側にはまた門があり、それをくぐると屋根のある渡り廊下がどこまでも続いている。壁はなく、朱塗りの柱で屋根を支えているようだ。

「? 天井には何が描かれているのですか?」

 よく見れば天井だけでなく欄干の部分にも絵が描かれている。柱の部分も同様だった。

「ああ、これは私たちの国の有名な物語や神話の絵を描いているのだ」
「綺麗、ですね」

 内容はさっぱりだったけど色とりどりの衣装の人や動物などが描かれているのを見るのは面白かった。それと同時に渡り廊下から左側を見れば、いくつかの建物や植物などが並んでいるとてもキレイな風景も見ることができた。この渡り廊下だけでもどこまで続いているのかわからないのに、左側の庭の部分などどれほど広いのだろうか。
 考えただけで眩暈がしてくるのを感じた。

「ここは、とても広いのですね」
「敷地だけはある故な。気に入ってもらえただろうか」
「……素敵です。ここでも、歩いてはいけないのですか?」

 少しだけ自分の足で歩きたいと思ってしまったけれど、それは首を振られた。

「それは、ならぬ」
「……わかりました。ごめんなさい」
「謝る必要はない。そなたはこの国で生まれ育ったわけではないから、そういうことは知らぬだろう」

 偉明が僕に笑みを向ける。隣を歩いている清明も嬉しそうだった。そう、この渡り廊下は幅もそれなりにあるから、僕を横抱きにした偉明と清明が並んで歩けるのである。この渡り廊下だけでもどれだけ贅沢なのだろうと思ってしまう。

「その……妻というのは家の敷地内でも歩かないものなのでしょうか……」

 それについては偉明と清明がうっと詰まった。
 どうやら自分の足で歩くこともあるみたいだ。

「その……このままでは歩けなくなってしまいそうで……」

 少しだけ不安だということを二人に告げる。

「ううむ……」

 どうしても夫たちは僕に自分の足で歩かせたくないらしい。それはそれで嬉しいのだけど、こんな幸せがいつまでも続くとは僕はあまり信じていなかった。

「正直なところ、そなたが歩けなくなったとしてもかまわぬと我らは思っている」
「えっ……」
「貴方が愛しすぎて、閉じ込めてしまいたいのだ」

 清明に補足されて、カーッと顔に熱が上がった。夫たちの愛情はとても重いと思う。
 でもその方が嬉しいのもまた確かだった。
 渡り廊下は本当に長くて、その先を進むと大きな湖があった。
 僕は思わずぽかーんと口を開けてしまったのだった。


ーーーーーー
第11回BL小説大賞奨励賞ありがとうございました!

まだ続きます~
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