112 / 136
111.庭園に連れてきてもらいました
しおりを挟む
馬車は休憩を取ることなく、まっすぐにその庭園へと向かった。
馬車に乗っていた時間はそれほど長くはなかったが、移動の時間も得難い体験であった。
途中で一台馬車とすれ違ったのだが、それは大型の、屋根のない馬車だった。そこには僕のように薄絹を頭から被った人が乗っていて、その両脇を守るように逞しい人たちが乗っていたのだ。あの人たちも夫婦なのかなと思ったら、気恥ずかしくなった。
「珍しいな」
「そうですね」
僕を膝に乗せている偉明と、清明がそう呟くように言った。
「?」
「ああ、あまり妻を表に出す者は少ないのでな」
「おそらく向こうも珍しいと思ったことでしょう」
やはり巨人族の国では、妻は家の中にいるものらしい。
「では……それほど裕福でない家ではどうしているのですか?」
「住み込みではなく通いで手伝いをする者もいる。妻を人目に触れさせるのは嫌だからな」
「そうなのですね……」
徹底しているのだなと感心した。
そんな会話をしている間に着いたようだった。車止めで馬車が停まり、僕は抱かれたまま馬車を降りた。
とても大きな門である。黒っぽいというのだろうか。落ち着いた色合いの重厚な佇まいだった。その両側を白っぽいレンガの壁がどこまでも続いていて、庭園とは聞いたけどどれほど広いのだろうと思ってしまった。
門の前には門番と思しき人が門の両側に一人ずつ立っている。御者が彼らに声をかけた。
「林家である」
「お待ちしておりました。案内の者は必要でしょうか」
「必要ない。どこで昼食を取れるかだけ伝えよ」
「はっ。ではどうぞこちらへ」
門番の問いに答えたのは清明だった。門がギギギ……と開いて、偉明と清明は躊躇なく中へ足を踏み入れた。中は石畳で、少し離れたところに黒っぽい建物が並んでいた。そのうちの一棟から少し年のいった人が出てきた。
「領主様、ようこそいらっしゃいました。本日のご案内をさせていただく、田と申します」
案内をしてくれる人のようだ。その人は拱手すると、
「……ですが、奥様とご一緒されていらっしゃいますので、必要な事柄だけお答えすることもできます」
そうにこやかに言った。
「昼食はどこで用意するのかだけ伝えよ」
清明が先ほどと同じことを言う。ここからは庭のような景色は建物と建物の隙間からチラチラ見えているけど、それだけでもそれなりの広さを誇っているようだった。
「昼食は湖の南側にあります緑の屋根の建物の二階でご用意させていただきます。奥様は水が怖いなど、そのようなことはございませんか?」
「あ、ありません……」
建物自体が湖に面しているのだろうか。湖、というのが夫たちの言っていた貯水池らしい。
「わかった。わからなければここに清明をやる」
「途中にも使用人はおりますので、声をかけていただければお伝えできると思います。姿は見えませぬが、声は届きます」
「わかった。では参ろう」
この庭園では何人も働いているらしい。
偉明は僕を抱いたまま、正面の建物の方へは向かわず右側へ進んだ。右側にはまた門があり、それをくぐると屋根のある渡り廊下がどこまでも続いている。壁はなく、朱塗りの柱で屋根を支えているようだ。
「? 天井には何が描かれているのですか?」
よく見れば天井だけでなく欄干の部分にも絵が描かれている。柱の部分も同様だった。
「ああ、これは私たちの国の有名な物語や神話の絵を描いているのだ」
「綺麗、ですね」
内容はさっぱりだったけど色とりどりの衣装の人や動物などが描かれているのを見るのは面白かった。それと同時に渡り廊下から左側を見れば、いくつかの建物や植物などが並んでいるとてもキレイな風景も見ることができた。この渡り廊下だけでもどこまで続いているのかわからないのに、左側の庭の部分などどれほど広いのだろうか。
考えただけで眩暈がしてくるのを感じた。
「ここは、とても広いのですね」
「敷地だけはある故な。気に入ってもらえただろうか」
「……素敵です。ここでも、歩いてはいけないのですか?」
少しだけ自分の足で歩きたいと思ってしまったけれど、それは首を振られた。
「それは、ならぬ」
「……わかりました。ごめんなさい」
「謝る必要はない。そなたはこの国で生まれ育ったわけではないから、そういうことは知らぬだろう」
偉明が僕に笑みを向ける。隣を歩いている清明も嬉しそうだった。そう、この渡り廊下は幅もそれなりにあるから、僕を横抱きにした偉明と清明が並んで歩けるのである。この渡り廊下だけでもどれだけ贅沢なのだろうと思ってしまう。
「その……妻というのは家の敷地内でも歩かないものなのでしょうか……」
それについては偉明と清明がうっと詰まった。
どうやら自分の足で歩くこともあるみたいだ。
「その……このままでは歩けなくなってしまいそうで……」
少しだけ不安だということを二人に告げる。
「ううむ……」
どうしても夫たちは僕に自分の足で歩かせたくないらしい。それはそれで嬉しいのだけど、こんな幸せがいつまでも続くとは僕はあまり信じていなかった。
「正直なところ、そなたが歩けなくなったとしてもかまわぬと我らは思っている」
「えっ……」
「貴方が愛しすぎて、閉じ込めてしまいたいのだ」
清明に補足されて、カーッと顔に熱が上がった。夫たちの愛情はとても重いと思う。
でもその方が嬉しいのもまた確かだった。
渡り廊下は本当に長くて、その先を進むと大きな湖があった。
僕は思わずぽかーんと口を開けてしまったのだった。
ーーーーーー
第11回BL小説大賞奨励賞ありがとうございました!
まだ続きます~
馬車に乗っていた時間はそれほど長くはなかったが、移動の時間も得難い体験であった。
途中で一台馬車とすれ違ったのだが、それは大型の、屋根のない馬車だった。そこには僕のように薄絹を頭から被った人が乗っていて、その両脇を守るように逞しい人たちが乗っていたのだ。あの人たちも夫婦なのかなと思ったら、気恥ずかしくなった。
「珍しいな」
「そうですね」
僕を膝に乗せている偉明と、清明がそう呟くように言った。
「?」
「ああ、あまり妻を表に出す者は少ないのでな」
「おそらく向こうも珍しいと思ったことでしょう」
やはり巨人族の国では、妻は家の中にいるものらしい。
「では……それほど裕福でない家ではどうしているのですか?」
「住み込みではなく通いで手伝いをする者もいる。妻を人目に触れさせるのは嫌だからな」
「そうなのですね……」
徹底しているのだなと感心した。
そんな会話をしている間に着いたようだった。車止めで馬車が停まり、僕は抱かれたまま馬車を降りた。
とても大きな門である。黒っぽいというのだろうか。落ち着いた色合いの重厚な佇まいだった。その両側を白っぽいレンガの壁がどこまでも続いていて、庭園とは聞いたけどどれほど広いのだろうと思ってしまった。
門の前には門番と思しき人が門の両側に一人ずつ立っている。御者が彼らに声をかけた。
「林家である」
「お待ちしておりました。案内の者は必要でしょうか」
「必要ない。どこで昼食を取れるかだけ伝えよ」
「はっ。ではどうぞこちらへ」
門番の問いに答えたのは清明だった。門がギギギ……と開いて、偉明と清明は躊躇なく中へ足を踏み入れた。中は石畳で、少し離れたところに黒っぽい建物が並んでいた。そのうちの一棟から少し年のいった人が出てきた。
「領主様、ようこそいらっしゃいました。本日のご案内をさせていただく、田と申します」
案内をしてくれる人のようだ。その人は拱手すると、
「……ですが、奥様とご一緒されていらっしゃいますので、必要な事柄だけお答えすることもできます」
そうにこやかに言った。
「昼食はどこで用意するのかだけ伝えよ」
清明が先ほどと同じことを言う。ここからは庭のような景色は建物と建物の隙間からチラチラ見えているけど、それだけでもそれなりの広さを誇っているようだった。
「昼食は湖の南側にあります緑の屋根の建物の二階でご用意させていただきます。奥様は水が怖いなど、そのようなことはございませんか?」
「あ、ありません……」
建物自体が湖に面しているのだろうか。湖、というのが夫たちの言っていた貯水池らしい。
「わかった。わからなければここに清明をやる」
「途中にも使用人はおりますので、声をかけていただければお伝えできると思います。姿は見えませぬが、声は届きます」
「わかった。では参ろう」
この庭園では何人も働いているらしい。
偉明は僕を抱いたまま、正面の建物の方へは向かわず右側へ進んだ。右側にはまた門があり、それをくぐると屋根のある渡り廊下がどこまでも続いている。壁はなく、朱塗りの柱で屋根を支えているようだ。
「? 天井には何が描かれているのですか?」
よく見れば天井だけでなく欄干の部分にも絵が描かれている。柱の部分も同様だった。
「ああ、これは私たちの国の有名な物語や神話の絵を描いているのだ」
「綺麗、ですね」
内容はさっぱりだったけど色とりどりの衣装の人や動物などが描かれているのを見るのは面白かった。それと同時に渡り廊下から左側を見れば、いくつかの建物や植物などが並んでいるとてもキレイな風景も見ることができた。この渡り廊下だけでもどこまで続いているのかわからないのに、左側の庭の部分などどれほど広いのだろうか。
考えただけで眩暈がしてくるのを感じた。
「ここは、とても広いのですね」
「敷地だけはある故な。気に入ってもらえただろうか」
「……素敵です。ここでも、歩いてはいけないのですか?」
少しだけ自分の足で歩きたいと思ってしまったけれど、それは首を振られた。
「それは、ならぬ」
「……わかりました。ごめんなさい」
「謝る必要はない。そなたはこの国で生まれ育ったわけではないから、そういうことは知らぬだろう」
偉明が僕に笑みを向ける。隣を歩いている清明も嬉しそうだった。そう、この渡り廊下は幅もそれなりにあるから、僕を横抱きにした偉明と清明が並んで歩けるのである。この渡り廊下だけでもどれだけ贅沢なのだろうと思ってしまう。
「その……妻というのは家の敷地内でも歩かないものなのでしょうか……」
それについては偉明と清明がうっと詰まった。
どうやら自分の足で歩くこともあるみたいだ。
「その……このままでは歩けなくなってしまいそうで……」
少しだけ不安だということを二人に告げる。
「ううむ……」
どうしても夫たちは僕に自分の足で歩かせたくないらしい。それはそれで嬉しいのだけど、こんな幸せがいつまでも続くとは僕はあまり信じていなかった。
「正直なところ、そなたが歩けなくなったとしてもかまわぬと我らは思っている」
「えっ……」
「貴方が愛しすぎて、閉じ込めてしまいたいのだ」
清明に補足されて、カーッと顔に熱が上がった。夫たちの愛情はとても重いと思う。
でもその方が嬉しいのもまた確かだった。
渡り廊下は本当に長くて、その先を進むと大きな湖があった。
僕は思わずぽかーんと口を開けてしまったのだった。
ーーーーーー
第11回BL小説大賞奨励賞ありがとうございました!
まだ続きます~
23
お気に入りに追加
2,666
あなたにおすすめの小説
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
淫紋付けたら逆襲!!巨根絶倫種付けでメス奴隷に堕とされる悪魔ちゃん♂
朝井染両
BL
お久しぶりです!
ご飯を二日食べずに寝ていたら、身体が生きようとしてエロ小説が書き終わりました。人間って不思議ですね。
こういう間抜けな受けが好きなんだと思います。可愛いね~ばかだね~可愛いね~と大切にしてあげたいですね。
合意のようで合意ではないのでお気をつけ下さい。幸せラブラブエンドなのでご安心下さい。
ご飯食べます。
召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる
KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。
ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。
ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。
性欲悪魔(8人攻め)×人間
エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
【R18】奴隷に堕ちた騎士
蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。
※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。
誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。
※無事に完結しました!
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
【R18】息子とすることになりました♡
みんくす
BL
【完結】イケメン息子×ガタイのいい父親が、オナニーをきっかけにセックスして恋人同士になる話。
近親相姦(息子×父)・ハート喘ぎ・濁点喘ぎあり。
章ごとに話を区切っている、短編シリーズとなっています。
最初から読んでいただけると、分かりやすいかと思います。
攻め:優人(ゆうと) 19歳
父親より小柄なものの、整った顔立ちをしているイケメンで周囲からの人気も高い。
だが父である和志に対して恋心と劣情を抱いているため、そんな周囲のことには興味がない。
受け:和志(かずし) 43歳
学生時代から筋トレが趣味で、ガタイがよく体毛も濃い。
元妻とは15年ほど前に離婚し、それ以来息子の優人と2人暮らし。
pixivにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる