夏の夜話 短編集

のーまじん

文字の大きさ
上 下
38 / 39
無人駅

鎮守様

しおりを挟む
 どん、という振動と同時に私は反射的に待合室に走り出しました。

 「クマだよね、くまだよね、熊………。」

  パニックです。
 さっきまでのおじさんとの事なんて、熊の登場でかき消えてしまいました。
 私はこの駅の待合室が密室でない事を改札を見つめながら実感しました。

 確かにここは田舎です。
 熊の目撃情報をつい最近、スマホで見たばかりでした。
 でも、こんな昼間に熊が出没するなんて。

  私はバスケット選手のように周りを見渡して、外に出る選択をしました。
  一応、ホーム側には柵もありますし、何よりドアがあるのはここだけです。

 ドアを閉めると私は、ホームでの出来事を思い出しました。
  熊が、おじさんの喉首に噛みついたのです。
 私はどうしたのでしょう?
 泣いていた気がします。  

 おじさんを見捨てたなんて責めないでください。

 私が改札を通る頃には既に、細胞が引きちぎられる音から、
 肉が引きちぎられる音に変わっていたのですから。

 私だって逃げ場の無い無人駅で自分の番が来ないことを祈るしかなかったのです。

 恐怖で腰が抜けた状態で私は、目を閉じて恐怖と戦いながら電車が来るのをひたすら待ちました。
 電車の音がしたら、熊だって逃げるに違いありません。
 もう、助かる方法はそれしか考えられません。
 熊は、走るのも早ければ、木にも登れ、泳ぎもするのです。
 下手に逃げても捕まってしまうでしょう。

私はドアに寄りかかり、電車が来るのを祈りました。 
不思議な事に目を閉じているのに、おじさんが獣に襲われる姿が目に浮かぶのです。

 さっきのアゲハ蝶が私の顔を通り過ぎ、私は思わず目を開けました。
 熱風に乗って鉄くさい血の香りでむせそうになります。
 顔を上げると、ホームから何かが飛んで来てはアスファルトで弾けました。
 それは、ピンポンだまくらいの大きさのおじさんの肉片と、赤黒い血の塊です。

 黒ユリが咲いた。
 復讐の黒いユリ。

 見えない何かが歌っています。
 その歌を聞きながら、
 私は、ガラケーの持ち主の女の子の白昼夢を見ていました。

 まだ、もう少し、この沿線に人がいて、
 この駅が無人駅でなかった頃、
 彼女はこの駅から通学し、
 あのおじさんは、同じ電車で通勤していました。
 おじさんはもう少し若くて女の子をずっと好きだったのです。

 でも、おじさんは、恋人が出来た彼女を逆恨みして殺したのです。

 それは、遠い昔の夏の夜。ほんの少しの気の緩みにおじさんは、つけこんだのです。

 駅から村落に歩く彼女。おじさんは女の子の自由を奪いました。
 林の続くその道は、日が沈んだら誰も来ません。
 携帯電話は、その時に落としたのです。

 おじさんは、怯える彼女に自分の思いを伝えました。
 ホームで私にしたように。
 草はらで、馬乗りになりながら、好きだと、裏切られたと叫びながら。

 おじさんの血が、ホームに弾けて花開く度に、
 女の子の血の叫びが私の心に、こだまするのです。

 女の子は死にました。男に首を絞められて。
 最期に彼女が掴んだのは、復讐の黒いユリ。

 それ以来、この駅の利用客は激減して、やがて、寂れた無人駅に変わり果てました。
 人が村から消えて行き、
 鎮守の神は泣きました。
 誰も来ないこの駅で。
 沢山の人に愛されたこの場所で。

 まるで、黒ユリ伝説のような物語です。

 おじさんのむくろが黒ユリの群生に変わる頃、
 熊と黒い獣の影は立ち上がり、とても寂しそうに吠えました。

 私の妄想かもしれませんが、あの獣はこの集落の鎮守様だったのかもしれません。

 その時、私は、改札のドアにしがみつきながら、鎮守さまがこの村から天へと帰るのだと思いました。

 どうして、そんな風に考えたのかは分かりませんが、確かに、私は、そう思ったのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男

湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。 何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...