夏の夜話 短編集

のーまじん

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  今年は長い盆休みになった。
  そして、来客も無い年にもなったので、のんびりとweb小説なんてのを考える時間が出来た。

  夕食を済ませ、ソファーに転がる。
  テーブルには、乾き物を肴にジンとサイダーを。

  今年の夏ホラーのお題は『かくれんぼ』である。

  夏ホラーとは、私の登録しているサイトの夏のイベントで、登録した年から毎年、なんとか作品を一つはあげていた。

  が、今年は、そうそう話が浮かばない。

  もともと、私が遅筆な事もあるが、お題の発表がイベント直前まで分からないので、そこから、一ヶ月でネタを考えるのは、結構、難しいのだ。

  他にも中途半端な作品があるので、3000字程度の簡単な物を書きたいのだが、年を重ねるにつけ、短編が難しくなる。

  さて、どうするか?

  ソファーに寝そべり、蛙の声を聞きながら目を閉じる。
  かくれんぼ…よくある怪談の筋書きを思い浮かべる。

  幽霊とのかくれんぼ
  怪物とのかくれんぼ

  筋はなんとなく流れるが、物語としては繋がってはくれない。

  しかし、どうして、今年は、かくれんぼなんだろう?

  私は、気になってタブレットを取り出した。
  『かくれんぼ』だけの検索だと、子供の遊びとしての『かくれんぼ』についての説明やら、ドラマやら、お店のサイトが画面を賑わす。
  『怪談』の文字を追加した。

  すると、それなりに都市伝説のような話がヒットする。

  ひとりかくれんぼ

  どうも、これが有名どころのようだ。

  かくれんぼとは、基本は二人以上で行う遊びで、隠れる人間と、それを探す鬼役の人間が必要になる。

  が、ひとりかくれんぼとは、名前の通り一人でかくれんぼをする、降霊術の一種のようだ。

  複数のネットの情報によると、関西から流行し、大規模掲示板の2ちゃんねるで全国に広まったらしい。
  映画やドラマ、漫画などのモチーフとしても使われたようだが、私は、それらを見たことは無かった。

  検索すると、『やるな』と言う前置きと共にやり方が書いてある。

  深夜3時に縫いぐるみの綿を抜いて、そのなかに米と爪、血等をいれて、赤い糸でぬいぐるみの穴を縫い合わせ、それと、かくれんぼうをするらしかった。

  「いい年齢(とし)して、やりたい事ではないわな。」
私は、これをやってレポートを書いたら、今年の作品になるかな?と、一瞬考えて、それを却下した。

  夜中の3時まで起きているのが面倒くさいし、
  風呂場で人形に話しかけて、かくれんぼをするなんて、冷静に考えると結構、恥ずかしい。

  私の家は田舎にあり、隣のジーさんは、私と逆で早起きなのだ。
  3時か4時辺りには起きていて、何やらラジオ番組で演歌を聞いていた。

  田舎の深夜は、声が通るのだ。盗聴器なんてなくても、左隣の若夫婦が昨日喧嘩をしたことも、向いの家の少年が、悪さをしてしかられたのだって知っている。
  つまり、3時なんて静かな時に、反響しやすい風呂場で、縫いぐるみに話しかけたりしていたら、その怪しい儀式を誰に聞かれているか、知れやしないのだ。
  私は、霊より、ご近所の噂話の方が余程おそろしい。

  他の話を考えることにした。

  
  たまったドラマや深夜アニメを見ているうちに、気がつくと、深夜をまわっていた。

  少し…寝ていたらしい。
  2時…かあ。

  隣から流れてくるラジオの音でそう思った。
  どうも、その時間帯は、演歌番組が充実しているらしかった。

  耳が遠くなった、隣の老人の聴力に合わせると、私の家にラジオが聴こえるくらいが普通らしかった。

  苦情を言った事はない。
  私も、よく、仲間と飲み会をするが、耳の遠くなった老人は、それについて苦情を言ったりしなかったから。

  まあ、もちつ、持たれつ…
  と、言うところだろうか。

  それに、その番組の曲のチョイスは絶妙で、最近、再ブレークを始めたシティポップなど、こちらも楽しめる音楽がつづく。


  しばらくすると、DJがリクエストを読み始めた。

  緑ヶ丘の田中さん…
  って、隣の人のペンネームじゃないかΣ( ̄□ ̄)!
  
  私は、驚いて、良く聞くためにラジオをかける。
  古いラジカセが、久しぶりの再生に、声の調整でもするかのように軽く音を歪ませながら、ゆっくりと、昔のレベルに音を再生して行く…

  “緑ヶ丘の田中さん…とてもシンプルなペンネームですね。
  いつも、御視聴ありがとうございます。
  あら?これは隣人の方へのメッセージのようですね。
  読みますね。

  隣の佐藤さんへ
  急に旅立つことになりました。
  ラジオのタイマーがそのままで、ご迷惑をかけているようなら、妹に言って止めてください。
  だ、そうです。
  お盆休みのうっかりですね。
  佐藤さん。もし、聴いていたら、よろしくお願いします。

  あら?深夜だし、大丈夫なんでしょうかね。
  家の電話がかからないとの事ですが、携帯電話一本にして、解約されたのでしょうか?



  ええと…そんな佐藤さんへ曲のプレゼントですって。
  じゃあ、かけますね。
 『元気をだして』”


  (°∇°;)…佐藤って私の事じゃないか!
  そして、確かに、使わなくなった黒電話ごと解約した。


  私は、『元気をだして』と言う曲を聴きながら不安を感じた。

  休み中は家にいた。
  隣の人が出て行くところを見てはいない。

  足の悪い田中さんは、出掛けるときは必ずタクシーをよんでいた。
  出掛けたら、気がつかないわけがない。

  胸騒ぎがした。

  気がつくと、私は隣に急いだ。
  玄関で田中さんを呼んだ。

  引き戸が簡単に開いて、少しホッとした。やはり、違う人のようだ。

  と、同時に物騒だと、文句を言いたくもなる。

  玄関先でもう一度、田中さんを呼んでみた。
  寝室の辺りで、ほのかな灯りが見える。

  『元気をだして』のサビの部分が家に広がる。

  起きてるんだろうな。

  私は、玄関の灯りをつけ、声かけをしながら家に上がる。

  ラジオの放送もあるし、玄関を開けっぱなしで去るのは心配だった。

  靴を脱ぎ、灯りをつけながら声をかける。

  深夜2時…

  しかし、老人には早朝だ。
  まして、あのラジオ放送…突然の訪問も、失礼にもあたらないと自分を励ました。

  廊下を歩くと、いつのまにか田中さんが立っている(○_○)!!

  悲鳴をあげそうになったのをこらえた。

  「すいません、ラジオきいていて…
  玄関、開いてましたよ。」
私は、言い訳のように早口で田中さんに言った。

  田中さんは、私を見て安心したように笑った。
「電話…現在使われてないって言うから、大変でしたよ。 」

  田中さんの笑顔に、黒電話を解約したことに少し罪悪感を感じる。

  スマホの話はしていたが、やはり、老人には、黒電話の方が馴染みがあるのだろう。
「すいません、携帯電話に変えたんで。
  そうだ、電話番号を書いておきますね。」
私がそう言うと、田中さんが首をふる。
「すいません、妹を呼んででいただけますか?
  もう、準備が出来たので。あなたは…もう少しあとで…」

  唐突な田中さんのたのみごとに混乱した。
  が、田中さんは青白く、少し元気がない。

  「大丈夫ですか…」
私の言葉に、田中さんは首をふる。
「少し寝ますから、妹を呼んで、玄関前で待っていてもらえますか?」

  私は、田中さんに言われるままにそうした。
  もしかたら、病院に行くのかもしれない。
  しばらくして、妹さんと救急車やって来た。

  

  私は、白熱球に不気味にうつる男性の制服を息を飲んで見つめていた。

  と、同時に安心したのか眠ってしまった。
  

  気がつくと、私は、病院のベットに寝ていた。

  田中さんは亡くなっていた。
  数日前から連絡がつかなく、妹さんは心配していたので、私の連絡ですぐに119番に相談しながら、こちらに向かった。

  田中さんには救急車は必要なかった。

  必要だったのは、重度の熱中症になりかけていた私の方だ。
不思議なことに田中さん家の鍵はかかっていた。

  水分補給をしていたと言ったら、ビールでは水分補給にならないと叱られた。
  助けられたのは私の方だった。
  あの時…部屋をでなければ、私もまた、あの世に旅立つことになっていただろう。



「もう、準備が出来たので。あなたは…もう少しあとで…」


  田中さんの最期の言葉が胸に染みた。
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