夏の夜話 短編集

のーまじん

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貧乏神と私

エピソード

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 熊のゴロウの話は、結構、人気を博した。

 あれには、元ネタがある。

 夏休みの見回りで半日出勤の剛と午後から皆で海に行こうと計画していた日の事だ。

 私と剛は、昼を食べてから萩原さん達と合流する予定だった。

 待ち合わせの場所には、剛の他に、遺跡の同僚の青年と背の高いオッサンがいた。

 今日の見回りは3人だった。青年はその日、誕生日で、私達3人は、彼にラーメンを奢ることにした。

 オッサンの名前を…ヒデキとしておこう。

 ヒデキは、剛より少し年下で、東京でバーテンダーをしていたとか、嘘みたいな自己紹介をする、キザな男だ。

 青年は、一浪で、進路を迷いながら、この夢のある短期バイトに応募した。

 遺跡の仕事は、金銭的には不安定だったが、わりと自由がきいた。
 青年も、体を動かしながら、人生についても考えているようだった。

 私達は、最近、国道に出来た噂のラーメン屋に行き、

 ヒデキは、言葉巧みに剛を誘惑して帰りの運転手を手に入れると、ビールを注文した。

 青年は、ヒデキと剛から、ラーメンとロクデナシにならないための金言を授けられた。

 一時間の食事は楽しく、支払いの時に事件がおこった。

 お金を集めて支払いをする、帰り際、やけにヒデキが偉そうにしている。
 どうも、自分は千円多く払ったと思い込んでいた。

 「色々あるが、頑張れよ。」
と、青年のラーメンを一人、奢ったと思い込んでるオヤジは、上機嫌で青年の肩を叩いた。
「はいっ、ありがとうございました。」
今年、二十歳になると言う青年のハキハキとした発言に、ヒデキの悪行が際立ってくる。
「え?アンタ、自分の分しか払ってないでしょ?皆より、千円多くても、ビールとか頼んだじゃない!」

 私は、子犬のようにギャンと吠え、
 聞き捨てならないとヒデキが応戦する。
「わかってねえなぁ…だから、俺は三千円渡したんだ。」
と、出した金額まで言い出したから、剛の前に集まる千円札をつかんで、みんなの前で私は数えた。

 それは、ヒデキにダメージを与える攻撃の予定だったが、こんな中年と昼を共にしなくてはいけない青年に突き刺さった。

「なんか…すいません。」
青年は、今時の草食男子らしく、小さな声で皆に謝る。
「君が謝る必要はないね。悪いのは、金を出さないあのオバサンなんだからっ。」
ヒデキにオバサンの詐欺師扱いをされ、血の上った私は、ヒデキに言い返す。
「はぁ?私は、払ったわよ。ちゃんと私の分を!目の前で二千円、きっちり出したじゃない!」

 こうなると…こんな奴等に奢られる青年は、いたたまれない。
 剛は、我々をみながら悠々とお茶を飲み干し、

 「もう行かないと遅れるよ。」
と、いかにも年配者らしい余裕のある発言をした。

 青年の申し訳ない顔を前に、我々は疑惑を持ちながら支払いを終え、剛の車で待ち合わせをした場所まで皆で戻ることになった。

 私に車の鍵を渡し、トイレから一人、ゆっくりと戻った剛は、「はあ…」と、大きなため息をついた。

 私とヒデキは、お互いを疑りながら冷戦状態を続けていた。

 エンジンがかかった。

 「なんか…すいません。」

 青年の申し訳なさそうな声が響いた。
「ああ、気にしなくて良いよ。悪かったね。」
ヒデキは、嘘つきの私を仕方なしに許す、ナイスガイのようにニヒルに青年に笑いかけた。
「本当に、変なことになって、ごめんなさいね。」
全く、酔っぱらいは仕方ない。と、言わんばかりに私は、青年に笑いかけた。

 「あれ?財布に千円あるよ。」

 車のギアを入れる前に、剛が財布を確認しながら言った。

 はあっ…(°∇°;)

 私とヒデキは、剛の事を失念していた事に気がついた。

 私とヒデキが、剛を疑わなかった事に公開する頃、
「この千円…どうしたら良いかな?」
と、払わなくてもいいかな?と、淡い期待を含んだ剛の発言が響いた。

「勿論、払うに決まってるでしょ!」
私は、千円をヒラつかせる剛から、それを奪い、青年に渡した。
「え…いいんですか?昼をご馳走になった上に…千円貰って。」
青年は恐縮していた。
「いいのよっ!これが一番、丸く収まるんだからっ。」
私の声と共に車は発進した。


 いまでも、この時の事は不思議に思う。
 どうして、剛を疑わなかったのか?

 推理小説で見ると、嘘臭い設定だが、
 確かに、酔っぱらいの説教オヤジが千円多く払ったとか言い出すと、そっちに気がいって、真犯人を見逃してしまうものなのだ。


 この馬鹿げたエピソードは、『時凪の森』と言う題名で、動物達の童話に化けた。

 すると、信じられないことに好評価が貰えたのだ。
 私は、童話のランキングの上位に1日だけのり、
 その報告メールは、懐かしい仲間達の祝メールとして戻ってきた。

 最近は、面倒くさがって、メールしても返信をくれなくなった剛からも速攻で返信がきた。

 私には、それが何より嬉しかった。
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