夏の夜話 短編集

のーまじん

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冷蔵庫

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 かくれんぼの怖い話…そう言われて、小学生の時のホームルームを思い出した。
 多分、私は低学年で、時代は昭和で、辺りには野原と田んぼが続き、そして、パソコンもテレビゲームも存在してなかった。

 子供は風の子と言われ、何かと言うと親に外に追い出された。

 私たちは、近所の山を散策し、チャンバラをし、鬼ごっこやかくれんぼうをした。

 その時代は、町内ごとにまとまって遊ぶのが常で、小学校の高学年のお兄さんに混じって、結構、危ない遊びもしていた。

 近所のコンクリートの壁に上ってみたり、神社の塀で忍者ごっこをしてみたり。
 そんなんだから、学校に苦情や苦言の連絡が行き、先生は夕方のホームルームで、色々な注意を我々にするハメになっていた。

 その日、私たちは、町外れの製材所の丸太の山に登らないことを誓わされた。
 が、それは、多分、地理的に他校の子供の仕業だろうから、私もすまして正義の誓いを高らかに宣誓できた。

 気をよくした先生は、その勢いで、もう少し都会の学校であった事故について話はじめた。

 それは、近所の子供たちが数人、山の近くの広場でかくれんぼうをした話だった。
 私達と同じように、彼らも木や茂みに隠れていたらしい。が、その日、グループの元気な少年が、廃棄された冷蔵庫を見つけてしまう。
 それは、不法投棄の冷蔵庫で…アメリカ式の大きなものらしかった。

 テレビでしか見たことの無い、大きな冷蔵庫を想像した。
 二段式の…お父さんの背丈より大きくて、立派な取っ手のついたもので、辺りは、背の高い草に覆われていて、隠れるのには絶好の場所だ。

 お洒落なその出で立ちと、かくれんぼうの勝利のために少年は冷蔵庫を開き、中に入った。

 目論みは成功した。

 そう、誰も彼を夕方までに見つけることは出来なかったのだから。

 いえ、子供たちだけでなく、地域の大人も…少年が、窒息して息を引き取るまで見つけることは出来なかったのだった。

 担任の高田先生は、最近、赤ちゃんが生まれてパパになったばかりだった。
 前から優しい先生だったが、お父さんになってからは、いっそう優しく、私達を心配してくださった。

 「冷蔵庫は、中から空かないように作られています。君たちの力では、どう頑張っても、中から扉を開くことなんて出来ないし、密閉されているから、窒息します。そして、どんなに叫んでも声も外には聞こえません。
 遊び場で、古い冷蔵庫を見つけても、決して遊び半分で中に入っては行けませんよ。」

 高田先生は、心配そうに3度も同じ話をされた。

 私達は下校しながら、アメリカ製の巨大な冷蔵庫の話をした。

 本当に中から開かないのか?
 町内や、自分達の親戚や兄弟を引き合いに出して議論した。
 そして、夜には、布団のなかで、冷蔵庫で酸欠になりながら死んで行く自分を想像して恐怖に震えた。


 冷蔵庫…本当に中から開くことは出来ないのだろうか?

 大人になっても、冷蔵庫を開く度にそんな事をたまに考えた。

 大人なら…もしかしたら?
 なんて考えたりもするが、食品を入れる大切な冷蔵庫に入ってみる事は、生涯無かった。


 暗い…この場所で、ふと、そんな事を思い出した。
 息子が冷蔵庫を開ける音がする。
 本当に、あの子は…

 私は、呆れながら、闇の中で体を二つ折りになりながら、静かに眠りにつく。
 設定温度が低くすぎで、少し寒かったが、今ではそれもない。

 年を重ねると…鈍感になって行くのだろう。
 もうすぐ、12時になる。
 お盆休みもこれで終わりになる。
 息子と別れるのはとても心配だが、私の言うことなど、あの子は聞く耳がないのだ。

 蛙の声が聞こえてくる。
 穏やかな線香の香りで浮遊感に体が包まれる。
 そろそろ、起きなくては。
 私は起き出して台所の息子の背中を軽くさわり、別れの挨拶をする。
 「おまえ…もう、諦めないと。鬼がお前を捕まえに来るよ。」
 ダメもとで息子に囁いた。

 送り盆の太鼓の音がする。
 盆休みはこれで終わり…

 「母さん……。」
「!」
私は、久しぶりに息子に声をかけられて嬉しくなった。
 息子は…私を見る事をせず、恐怖に顔をひきつらせながら、
 台所の奥にある上開きの冷凍庫にかけより、数年ぶりにその扉を開けた。

 中には、ビニールに包まれて赤黒く干からびた私の脱け殻が凍っていた。

 「見つかる前に、自首しなさい。鬼が…本当の鬼が、お前を地獄につれて行く前に。」

 私の声は…聞こえたろうか?

 盆が終われば帰らねばならない。
 生涯隠し通せても、地獄の鬼からは逃げられない。
 償える内に気を持ち直して欲しい。

 冷蔵庫は、中からは開けられなくとも、
 外からは簡単に開くのだから。
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