上 下
205 / 208
パラサイト

ミイラ

しおりを挟む
  「長山さんっ。」
私はガラス窓から離れた場所で叫んだ。
  恐怖で一瞬、長山を入れたくないと考えた事を恥ながら。

  長山は、私の気持ちなど知る気もないらしく、目を見開いて叫んでいた。

  おもに、私への恨み言を。

  私は怖かった。が、その恐怖を飲み込んだ。
  興奮している長山が暴れないかも心配だし、集まった虫が大量に温室に突進してくるのも怖い。

  が、仕方ない。

  開けなきゃ、長山が虫に覆われてしまう。

  私は決心してドアに向かう。が、北川に止められた。

  「止めなさい。今、開けたら虫が入って、収拾がつきませんよ。」
北川は冷静だった。
冷静と言うより、無感情な感じがした。
「でも、このままでは長山さんがっ。」
私は叫んだ。叫びながら、北川が正しいと考えていた。
  パニック環境で、彼の行動は正しい。
  が、人としては間違ってる!

  震える手を落ち着かせながら、私がドアに手を伸ばすのを北川の右手が阻止した。
  北川は、日頃、肉体労働をしている私の動きを軽々と力で止めて、尚且つ、穏やかにこう、諭してきた。
  「今は夏だし、生存可能な温度だよ。
  それに…」
「それに?」
「シデムシは生きてる生物は襲わないよ。
  そして、温室には鍵はかかっていない。
  長山さんがそこにいるのは、彼の自由意思からだよ。」
北川の言葉に息をのんだ。
  確かに、温室には鍵がかかっていない。
  そう、彼は、いつでも温室に侵入できるのだ。

  「自由意思…ガラスの壁に白目を向いて叫ぶのは…自由意思と言えるのでしょうか?」
私は口から飛び出した丁寧語と裏腹に手が汗ばみ、震えるのを感じた。

  彼を助けなければいけない。
  が、彼が『自由意思』でこの中に入ってくるのも怖い。

  何度となく、頭に現れるアメリカ映画のクリーチャーを払拭しながら、なすすべもなく息をした。

  

  落ち着いた私を見て、北川は私から離れて雅苗の死体に近づく。
  私もそれに続いた。

  もう、なんでもアリな気がしてきた。
  頭の中で叫んでいた雅苗は、気がつくと消えていた。

  こんにゃくの精やら
  若葉溶生、
  そして、ミイラにまで変身する雅苗。

  私は壁の長山をみた。

  そんな中で、こうして正気を保っている私の方が、むしろ、異常な気がした。
  北川は、干からびた…ミイラと思われるものをみて、ポケットからゴム手袋を取り出した。

  用意がいいな(゜-゜)

  あまりの北川の手際のよさに、逆に嘘臭さを感じた。

  が、北川の違和感より、ミイラの方に一気に度肝を抜かれた。

  それは乾燥した死骸ではなかった…

  それは…巨大な植物の…葉っぱのようなモノだったのだ。
しおりを挟む

処理中です...