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パラサイト

捨聖

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  それは気持ちの良い月夜だった。
  私は、昆虫を愛した学生時代をありありと思い返していた。

  信州には、尊敬すべき生物学者が沢山いるし、虫もいた。
  だから、あまり、人の知らないような伝説の類いを覚えていたりもする。

  池の平の幻の池…
  これについても、知っていた。
  随分と古くから、その存在は知られていて、
  遠州七不思議として語り継がれている。

  それによると、桜ヶ池の竜神が、諏訪湖へと旅をするときに、体を休めるために湧くのが、池の平の幻の池…と言われている。

  竜…こう聞けば、普通は、幻のは虫類を想像するところである。

  そのイメージで、分からなかった何かを、尊行さんはトンボに見たのだろう。
  外国語も使える彼は、英語の…ドラゴンフライの言い回しに、新しい聖霊の姿を見たのかもしれない。

  遠くから、体を震わせるような音が聞こえる。
  ふと、昼間聞いた若葉溶生の小説『シルク』挿入曲『溶解』を思い出した。

  牛蛙の鳴き声が、念仏のように辺りに響く。
  雨蛙の鳴き声が、カスタネットの様に牛蛙の声に重なり、若葉溶生の『シルク』の世界を構築して行く。
  私は、捨聖(すてひじり)の様に歩きながら踊る。

  踊ると言っても、盆踊りの出来損ないのようなものだが。

  「来てくださったのね。」
気がつくと、私の隣で、昼間に見た…自称モデルの草柳レイが隣で踊りながら声をかけてきた。
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