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パラサイト

北城

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  雅苗の書斎のある北棟へ通じるドアを開けて、私は北川の後ろを歩いた。

  何かおかしい。

  さっきから、へんな違和感を北川に感じるが、誰も何も言ってなかったし、気のせいかもしれない…。
  が、温室で会った男とは、何かが違う気がした。

  私は、北川の背中に違和感の答えを探しながら、どうして、自分は人間を上手く判別できないのだろう、と、悲しくなる。

  そして、自己嫌悪を埋めるように、学生時代、ゲンゴロウの個体を判別し、称賛された事を思い出していた。

  羊の顔を識別できる人がいる。
  ゲンゴロウの泳ぎ方で、個体を識別する私がいる。
  そして、人を大雑把にしか識別できない私がいる。
  そんな事を考えていると、階段前で北川が止まった。
  少し、ぎょっとした。

  北川は、私の方を振り向くと、怒ったような、困ったような風に眉を寄せて、こう言った。

  「いい加減、思い出しませんかね?」

  えっ…(°∇°;)

  私は、周りを見渡した。
  廊下の奥は暗がりで、なにやらドアが見えている。
  「!!ああっ、覚えていてくれたんですねっ。」
私は、嬉しくなって北川の両手を握りしめた。

  そうだ、そうだよ、倉庫だよ!
  いやぁ、すっかり忘れていたよ。
 
  私は、有頂天になって喜んだ。
  私のいきなりのテンションの高さに北川は戸惑っていた、が、知ったこっちゃない。
  そう、尊徳資料を見せてくれると約束したんだから。
  「この向こうの扉、倉庫ですよね?」
私は、強く聞いた。
「よくお分かりですね。」
北川は軽く驚く。
「じゃあ、行きましょう!」
私は、北川の手を引っ張った。が、逆に北川に腕をとられ、驚いて私は北川を見た。
  「オイ、オイ、まだ、気がつかないのか?困った奴だな…。タガメの個体は、足の泳ぎ方だけで分かるのに…。」
北川が、そう言いながら髭をゆっくりと剥がして行く。
  昔の探偵ドラマみたいだな…嘘くさいとか言ってたけれど、現実の方が嘘くさいもんだな。

  私は、そんな文句を一瞬で忘れた。
 髭の無くなった顔に、学生時代の友の顔を見つけたからだ。

  「北城……タガメじゃなくて、ゲンゴロウだよ。
  ヒメゲンゴロウ。」
呆れながら私は言った。そう、数年来会ってない友人なのに、至極、当たりまえのように。
  そうしながら、この顔に今ままで気がつけなかった私に、がっかりする。
  北城は、多分、ずっと前に私に気がついていたはずなのだ。

  「いけがみっ!!」
少し、間を置いてから、北城が、感極まった感じで、抱きついてきた。

  それは、戦場で消えた戦友に何年かぶりに再開したような、激しさがあって混乱した。
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