魔法の呪文

ヴィーナオーパンバル

エマの願い

 「じゃ、やってみるわ。」
エマは、明るくそう言ってメアリーを見ました。
「魔法の呪文を教えてくれない？」
「魔法の呪文を教えてくれない？だって!?アンタ、ちゃんと聞いたのかい？間違ったら」
「魔法技師にされるのよね？」
エマは、魅力的なウインクを投げました。

 「ああっ。それこそ私の願いなのっ。私は、生まれてからこのかた、じめじめした湿地帯で、夜遊びるする酔っぱらいのダンスの相手ばかりで飽き飽きしたんだもの。
 私、メアリーの生き方に憧れてるの。メアリーのように世界を自分の目で見て、お日様を浴びて…、『ジゼル』の前半の明るい曲、村娘のパ・ドゥ・ドゥを踊るんだわ。」
エマは夢見るように両手を胸に当ててため息をひとつ、もらしました。

 その無防備な少女らしい姿に、長い時をさ迷ったメアリーは心配になりました。

 「はぁ…、全く、何を言い出すんやら。本当に、最近の若い娘は考えなしでいけないよっ。」
メアリーのぼやきを聞いて、フェネジはおもわずわらってしまい、メアリーに睨まれました。

 でも、仕方ありませんよね？
 だって、現在のメアリーだって、魔法で若返っているのですから。
 可愛らしい頬を膨らませて、おばあさんのように説教をするのは、なんだか滑稽こっけいです。

 「いいかい？この魔法はアンタが考えるような気楽なもんじゃないんだよ？
 扱いを間違ったら大変なんだ。何しろ、作った相手は、術師の幸せなんか考えちゃ、いないんだからね。全く。」
メアリーは、自分におこった様々な事を思い出して渋い顔をしました。

 「別にいいわ。私、ハズレを引いて魔法技師になるのが希望ですもの。
 メアリーとフェネジと三人で旅が出来たら最高だわ。」
エマの嬉しそうな顔を見て、フェネジも嬉しくなりました。
 かわいいエマと旅をするなら、少し家に帰るのが遅くなってもいい気持ちになります。

 それを聞いて、メアリーは、眉をしかめてエマにねんをおします。
 「いいかい？もし、アンタが願い通りに魔法技師になったとしても、だよ？
 私のような人間とはかぎらないんだよ？
 もし、ウイリーのまま魔法技師になったらどうするんだい？
 日が沈んだら、じめじめした湿地帯をめぐる魔法技師になるんだよ？
 それでもいいのかい？あんたは？」
メアリーの怖い顔に圧されて、エマは心配になりました。
 不安そうなエマをみたフェネジが励まします。

 「それだったら、ずっととはいかないけど、必要な時は俺が人間の女の子に変身させてあげられるよ？」
「本当？フェネジさんって、なんて親切で素敵な方なのっ！」
エマは、嬉しくなって真ん丸のフェネジの大きな手をとり跳び跳ねます。
 エマがあんまり嬉しそうなので、フェネジもなんだか気分がよくなりました。
 ただ一人、メアリーだけが胡散臭うさんくさそうに二人を見ていました。
 が、エマはそんな事気にもしてないようで、嬉しそうにメアリーに魔法の呪文を聞いてきました。

 「何があっても私は知らないからね。」
メアリーはねんをおし、
「勿論よ。」
と、エマは真剣な顔で頷きました。

 エマが魔法の呪文を唱えるとフェネジが煙と共にお色直しをして再登場しました。

 フェネジは、美しい東洋風のチョッキを身に付けて、両手を胸の辺りで組んでたっています。

 その姿は魔神らしくて、格好よかったのですが、エマとメアリーの顔を見ると急に困った顔で二人を見て言いました。

 「どうしよう？エマ、願いが三つ叶えられる方になってるよ？」