魔法の呪文

のーまじん

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プロローグ

魔術技師

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 「じゃあ、魔法の呪文も本物なの?」
トトはメアリーに聞きました。
 メアリーは自慢げにニッと笑うと

「勿論さ。」
と、言いました。

 それを聞いてトトは嬉しい悲鳴をあげました。

 本物の魔法の呪文が手に入れば、どんな夢も叶います。
 街の話も

 ウィーンの舞踏会の様々な様子も

 願えばなんでも叶うはずです。

 「聞きたいかい?」
トトの様子を見ていたメアリーは聞きました。

「うんっ!……でも、まって。おとぎ話だと、
 この手の話にのると、ロクな事にはならないのよね。」
トトは疑わしそうにメアリーを見ました。

 メアリーは本物の魔法使いのようです。

 だって、可愛らしい小鳥に、こんなに素敵な歌を歌わせる事が出来るのですから。

 おとぎ話のような展開も本当にあるのかもしれません。

 メアリーは、トトにじっと見つめられて居心地悪そうにしています。

 「ねえ、メアリーさん。メアリーさんは、この魔法の呪文をいつ知ったの?
 恋を知る前なら、その魔法でいくらでも幸せになれたでしょうに。」 
トトの質問は正論です。

 確かに、こんな凄い魔法を使えたら、みすぼらしい姿でさ迷ったりしなくてもいいはずです。

 トトに質問されたメアリーは、ギクリとなり、それから呆れて、目を見開いてトトを見つめました。

 「はぁ……、なんと、今時の子供は賢くて夢がないんだね。つまらないよ。  でも、おまえさん、よく考えてごらんよ。

みすぼらしいなりをした
   哀れな老婆は、
おとぎ話なら鉄板の妖精の   変装じゃないか!

 私が本当にこの姿に見あう人間かなんて、わからないだろうに。」
メアリーは小鳥に歌うのを止めさせながらいいました。

「ええっ。そっちΣ(´□`;)」

トトは大きなため息をつきました。

 そうです。

 おとぎ話には、主人公を試す系の妖精や魔女が登場します。

 メアリーは、試す系の魔女だったのでしょうか?

 「私、石とかに変身させられるの?」
トトは心配そうにメアリーに聞きました。

 だって、試す系の物語で、魔女を怒らせたら、大概、おかしなものに変えられてしまいます。

 トトはどうなるのでしょうか?

 メアリーは心配するトトを見つめていましたが、その姿があまりにも可愛らしくて笑ってしまいました。

 「ぷっ。ふふ。違うよ。私は子供を食らう魔女でも、幸せを運ぶ妖精でもないんだよ。旅の途中でお腹を空かせた、哀れな魔術技師。」
メアリーの言葉に、トトは少し安心をしました。
 魔術技師とは不思議な力や薬草で人や機械を直して回る職業の人達です。
 子供に悪さはいたしません。

 トトの様子を見つめながらメアリーは言葉を続けます。

「私は田舎の小貴族の娘だと言ったね?
 私が魔法の呪文を知ったのは、ヴィーナ・オーパンバルの夜。
 デビュタントとして、白いドレスを身にまとい、
 生涯でただ一度の、特別なダンスの日の事だよ。
 ダンスはとても素敵で、フランクは紳士的だったけれど、なんだか、物足りないような、不安な気持ちになってね、そんな時
 私は知り合ってしまったのさ、
 プラハからやって来た、      燃えるような赤毛の
 美しい錬金術師に。

 彼は私にこう言った。

 デビュタントの銀のティアラをくれるなら
 なんでも叶う魔法の呪文を教えてあげよう。と。」
メアリーは懐かしそうに、その時の事を話しました。  
「ティアラ、あげちゃったの!?」
トトは驚いて声をあげました。

 だって、デビュタントのティアラは生涯に一度の美しい思い出に違いありません。

 そんな大切なものを交換するなんて。

「ああ。魔法の呪文の方が欲しかったからね。
 私は、心に生まれた不思議な不安の意味を知りたかったのさ。」
メアリーは少し難しい顔でいいました。

「使えない呪文なのに?」
トトは不思議に思いました。魔法の呪文は恋を知った女の子には使えません。
 メアリーはフランクが好きではないのでしょうか?
「使えると、思っていたんだよ。私はフランクが好きだったけれど、
 もっと、違う世界を見たいと思っていたからね。
そのチャンスの方が、ティアラより何倍も素敵に思えたんだ。
だから、交換したんだ。魔法の呪文と、ティアラを。  でも、そうまでして手に入れた呪文は、私には使えなかったのさ。」
メアリーは優しい憂い顔で遠くを見つめました。
「フランクを好きだったのね?」
トトの胸がキュンとしました。
 でも、独り身のみすぼらしい老女のメアリーは首をふりました。

「違うよ。私が好きだったのは、いつも側にいてくれたひ弱なカールって男の子だったのさ。
 私は、自分が舞踏会で恥をかきたくないばかりに、カールが好きなことを自分で否定したんだよ。
 そんな傲慢な態度を見透かされて、私はあの錬金術師の誘いにのってしまった。」
メアリーはしみじみと昔を反省しましたが、トトは魔法の呪文の真実を知って腹を立てました。
 魔法の呪文は、恋をしった女の子が唱えると、魔法術師としてさ迷う運命をもたらすようでした。

「それって、やっぱりトラップじゃん!メアリー、ひどいわっ。私をだまそうとしたのねっ。」
トトは頬を膨らませて抗議をしました。

 そんなつもりのなかったメアリーは驚いて、左手を自分の額にあてると、
 今の事柄を頭の中で整理し始めました。

「騙すって……、おまえさん、心の奥に、誰か想い人を隠しているのかい?」
メアリーは驚いてトトを見つめました。

 メアリーの目からは、トトが誰かを好きになったようには見えませんでした。
 それとも、歳のせいで見落としたのでしょうか?

「想い人……。」
メアリーに言われて、トトは、恥ずかしさに頬が染まりました。

 確かに、そんな人はいません。

 三つ年上のレオだって、好きだけど、恋愛とは違う気がします。

 村に年頃の良い青年は、後は、同じ歳のアルベルトと二つしたのヨハンくらいですが、どちらもぱっとしません。

 「いないわ…。そんな人。間違いなく、いないわ!!」
トトは、嬉しいような、悔しいような、複雑な気持ちを叫びました。

 「ま、いいじゃないか。魔法の呪文なんて、使わなくとも、お前さんは幸せそうだし必要ない。きっと、自分の力で素敵な未来を作り出せるはずだよ。さあ、そんな事は忘れておしまい。」
メアリーは、久々に清々しい気持ちになりました。

 なにしろ、魔法の呪文の話をして、こんなに楽しかった事は、なかったからです。

 考えてみたら、魔法なんて、幸せには必要ないのかもしれません。

 今回は、この小さな先生に教わったようだよ。

 メアリーは立ち上がり、出掛けるしたくをしました。

 「じゃ、私はまた、旅にいくよ。ありがとう。優しいお嬢さん。」
メアリーは両手を広げて、トトをそっと祝福しました。

 さあ、旅立とう。

 メアリーはウキウキした気持ちで空を見ました。

 「まって!」
それをトトが全身で止めに入りました。

「逃がさないわよ。魔法の呪文を教えて頂戴。」
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