祓魔師 短編集

のーまじん

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1412

シテ島

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ギヨーム・ド・ノガレ。

 100年をさ迷う悪霊が名前を思い出す頃、
 彼の敵役も再び意識を取り戻そうとしていた。

 テンプル騎士団、最後の総長モレー。


 彼は、パリのシテ島で処刑された。
 騎士団解散の100年後、1412年。
 深海からユルユルと上る深海魚のごとく、モレーもまた、光に向かって意識を上って行くのを感じた。

 春風が、ミモザの香りを彼に伝える…

 既に…肉体は完全に朽ち果て、鼻など溶けてなくなってはいるが、
 それでも、生前の彼を偲び、密かに植えられた白いミモザは季節ごとに、開花と共にミモザとモレーを愛して消えた人々の愛を香りにのせて春にうたう。

   白のミモザの花言葉『優雅』『頼れる人』
 そして、『死に勝る愛』
 1312年。解散を余儀なくされた騎士の亡霊達が、ミモザを手にシテ島に集う。
 かつて、敬愛した総長の棺に、思いをつめたミモザの花を手向けるために。


 教会の庭の外れにひっそりと植えられた白いミモザの花束を手に、若い僧がモレーの墓へと向かう。

 若者には、意味の無いしきたり…
 しかし、その花を植え、彼に寄り添う騎士の魂には、100年続く大切な儀式。
 1314年火炙りにされながらも、仲間の逃走と信念を守った総長の安らぎを願う。

 若い僧は、僧兵である。
 長く続く戦いの中、僧と言えども本を読んでのんびりともいかない。
 カペー家の男系が途絶え、内乱が続き、シャルル6世の乱心により、内乱が続いていた。

 悪魔の騎士団と言われたテンプルは、既にその罪を忘れ去られ、王家を呪う悪魔のように噂されていた。


 ブルゴーニュ出身の彼にとって、それは馬鹿げた迷信以外の何物でもなかった。
 モレー
 彼は、ブルゴーニュの小貴族だ。
 後に、テンプル騎士団、団員を保護したポルトガルの主イエス・キリスト騎士団の面々を見ても、彼らがそんな邪(よこしま)な考えを起こさない事は理解できる。

 モレーが紡ぐ物語は、呪いや怨念ではない。

 なぜなら、キリスト教は許しの宗教で、当時、悪人にされていたとしても、モレーは、敬虔なキリスト教徒だからだ。


 私が考えるなら、モレーの話は、騎士団の財宝の話の方がいい。

 橋を渡り、若者は思いにふける。

 一説によると、テンプル騎士団は、フランス王の動向を知っていて、捕まる前に財宝をラ・ロシェルに集めて逃げる準備をしていたそうだ。

 その先は謎になっているが、港からイギリス方面とスペインに別れて逃げたとか言われているから、話を作るなら、スペインに財宝を持っていって貰おう。


 それなら、モレーの家柄が、ここで効いてくる。

 彼は、ブルゴーニュの貴族なのだ。

だから、スペインのブルゴーニュの親族の元に、家族や親族と共に、守るべき何かを託したに違いない。

 道化芝居の脚本なら、聖杯なのだろうが、
 私の話では、「ソロモンの鍵」になる。
しかし、これは、ヒントでしかない。

 もし、全ての財宝を国外に持ち出せるのだとしたら、モレーがムザムザ、国王になんかに捕まる必要が無いからだ。

 モレーを含めた、フランスの騎士団の人間は、フランスに残る必要があったと考える方が自然だ。


その宝は、フランスから持ち出すことが出来なくて、扱いを間違えたら、世界が壊れるような、そんなもの。

モレーは、生きながら火炙りにされる事でその厄から世界を守ったのだ。


100年の安定の後、再び危機が押し寄せてくる。


それは、モレーの親族が、スペインに密かに封印した何かが、城か教会などの建物の改修から見つかるところから始まるのかもしれない。


それとも、封印されたソレは、災いが訪れるとき、眠りから覚める救世主なのかもしれない。





 空想から覚め、不敬な事を思い、反省を込めて青年は思わず十字をきる。

 確かに、近年の貴族の政(まつりごと)は、お世辞にも良いとは言えないものだ。

 乱心された王を捨て、家臣を男あさりの場のように振る舞う王妃の目を覆いたくなるようなスキャンダル。

 まだ、幼く、政治に不向きな王子。
 不安定に結び付く、人々の思惑。


 それでも…、あんな事は夢にも考えてはいけないのだ。


 青年騎士は、たどり着いたその場所に、丁寧に花を備えた。
 これ以上…この話は考えてはいけない。

 思いきるように青年は、回れ右で後ろを振り返らずに歩き出す。

 その姿を、一人の老騎士の魂が優しく見守っていた。

 神のご加護がありますように…

 老騎士は、風に揺れる白いミモザの花を切なく見つめた。

 少し肌寒い春風が、花を散らすように、
 8月にノルマンディから敵が上陸する。

 その事を警告する術を、彼は持ち合わせてはいない。

 ただ、彼らの無事を守護天使に祈るだけだ。


 肌寒い春風を背中に感じて、青年は思わず背中を丸めた。
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