祓魔師 短編集

のーまじん

文字の大きさ
上 下
12 / 44
懺悔

呪い譜(うた)4

しおりを挟む
 鳩の鳴き声がきこえてきた。透き通った美しい青空が明かり取りの窓で輝くのをカルロは見た。
 それは、サンピエール教会の祭壇中央のミサを思い起こさせた。

 「1431年5月にジャンヌが処刑された後の夏至祭りの前の事です。
 祭りの為に派手に飾られたジルの城に一人の貧相な男がパンを貰いに来ました。
 城の人達は、彼の貧しい出で立ちをバカにしてからかいました。
 怒った男はとうとう、とんでもない事を口にしたのです。

 『私は偉大なる錬金術師、卑金属から金を取り出せる。
 魂を地獄から呼び寄せることも可能である。
 依り代に純粋な少年を用意してくれたなら、皆さん前に再びジャンヌの魂を呼び出して見せましょう。』
 ボロボロの僧衣を纏った男の話など誰も信じてはいませんでした。
 が、灰も残らずに焼かれたジャンヌに彼女を慕う人達は気持ちを整理出来ずに混乱していました。

 あの時…処刑のあの時、全てを焼き払うなんて無体な事をしなければ…あるいは、イングランド人の運命は変わっていたのでしょうね?
 何にしても、人の死を悼む心を無下にしては行けません。

 ジャンヌの仲間の、混乱と怒り、喪失感と夏祭りの浮かれた気持ちに悪魔はつけ込みました。

 夏祭りには魔女や精霊が来る。
 お伽噺を楽しむように、大の男が和を作り、悪魔の儀式を城のなかで執り行いました。

 城で働く見目のよい少年が依り代に選ばれました。
 それは夏祭りのほんの余興…でも、錬金術師と少年には命のかかった大きな転機でした。

 ジャンヌを召喚できなければ、その場で殺される。
 でも、死よりも少年には大好きな殿様の笑顔を…
 ほんの少し、元気になって欲しかったのです。

 高価な香が焚かれました。
 エジプトの神殿で使われた没薬と乳香です。

 魂など、本当に呼べるのか、それはわかりませんが、異国の鈴の音が鳴り、人々が歌を歌い出すと少年の気持ちが高揚し始めました。

 そして、クライマックスに近づき、依り城の少年に殿様が近づいて行きます。
 存在すら知られてなかった少年は、殿様の視線に硬直しました。
 殿様は愛しげに少年を見つめます。
 正確には、いもしないジャンヌ・ダルクの魂に。

 『お酒臭いですよ、将軍。』

 思わず口をついて出た言葉に殿様はしがみつくように少年を抱き締めました。
 殿様は泣きました。泣きながら笑い、そうして、少年は殿様の特別になったのです。

 少年は、ジャンヌの魂を本当に見たのか、それとも違うのか…
 真偽はどうあれ、続けるしかありません。
 生きるためには…
 殿様のそばに居るには、それしか選択肢はありません。」

 プレアティは、ロマンチックに抑揚をつけ、自分に酔うように話す。
 カルロは、うって変わったような陽気なプレアティを見つめながら、ロザリオの十字架を無意識に握りしめた。 鳩の鳴き声がきこえてきた。透き通った美しい青空が明かり取りの窓で輝くのをカルロは見た。
 それは、サンピエール教会の祭壇中央のミサを思い起こさせた。





 
しおりを挟む

処理中です...