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のーまじん

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ラジオ大賞

綾子

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 「ごめん。」
川原で私の右側に座っていた綾子は呟くように謝ってきた。

 夕方になってきたとしても、柳のそよぐ川の近くだとしても、暑い。

 が、色んな事で頭が混乱していた私は、暑さを今まで感じていなかったらしい。
 私の頭には、綾子のタオルが濡れた状態で被(かぶ)せられ、子供の頃から代わらない、地元のご当地ジュース(いちご味)を凍らせたもの手にしていた。

 「なにが?」
私は、ボンヤリと返事をした。謝られる事がありすぎて、何を謝りたいのか分からなかった。

 いきなり頭からかけられた水は、良い感じに蒸発をし、携帯は無事だったが、折角(せっかく)広がっていた話は、弾けた風船のように無惨に心に張り付いていた。

「あーっ。やっぱり怒ってるぅ。でも、本当に顔、真っ赤で汗かいていたんだもの、話しかけても返事がないし、なんとか意識を取り戻したかったのよ。」
綾子の台詞に、自分が泣いていた事を知られていないと知ってほっとした。

 三回目だが、私のメンタルは繊細だ。父の死や、町の行く末を思って泣いてるところなんて、知られたら熱中症より致命的にやられてしまっただろう。
「うん。逆に、ごめん、心配かけて。」
私は、呟(つぶや)くように言って、しばらく川を見つめていた。

 お互い、主婦になり、こうして夕方に並んで川なんて見る事は無くなっていた。

 小学生の
 中学生の
 恋ばなしていた乙女の

私たちが心に甦ってくる。それは、久しぶりの心がときめく感覚で、しばらくそれを静かに味わいたかったのだ。
 「でも、怒ってるでしょ?私があんな事を頼んだから。ごめん。昔を思い出してはしゃいでしまったわ。でも、無理はしなくていいの。私のワガママなんだから。出来ないなら、諦めるから。」

 所要時間わずか2時間で、綾子は私の小説を諦めた。それは、厄介事が消えることであるが、暑さと懐かしさが、私に諦めを許さなかった。大体、諦めるの早すぎるだろう?
「出来ないなんて失礼ねっ。書くくらいなんとでもするわよ。別に、大賞とれって訳じゃないんだから、あんた、いつだって諦めを早すぎ。もう、出だしは書いていたんだから。これは、この町から火星に移住した人の話なの。」
ああっ。私は、少し怒りぎみについ、前向きなカラ発言をしてしまい、そのせいで綾子の次の台詞で自爆した。
「うん。昔のあの話ね!あれ、読めるのね。嬉しいわ。火星に移住した青年と、町に残った女の子のラブロマンスでしょ?で、基地で事故がおこって、青年の命は危険にさらされるのよ。空気はあと数時間、死を覚悟した彼は、女の子に最期の愛を届けるんだわ。」

 はぁぁぁ?

 私は、一気に目が覚めた。
 「え?な、なによ、その昔のスペースオペラ的な設定はっ!え、この話の主人公は爺さんでしょ?死にかけの!?」
絶叫に近い私の叫びに、綾子はエクソシストの坊さんのように、バックからあの忌々(いまいま)しい交換日記を厳(おごそ)かに取り出し、地域の読み聞かせ活動で培(つちか)った優しい美声で朗読を始める。

 「6月24日。うん。面白そうね、火星基地のラブロマンス。ハートマーク、わりと大きめ。アーヤが好きそうな話、頑張って作ってみる。ガッツポーズ。期待していてね。」


 う、うあぁぁ……。

 嗚呼。今なら、エクソシストの聖書の朗読に悶絶するサタンをリアルに描ける気がする。

 背中を擦(さす)る羞恥心、鼓膜を震わし、心臓を鷲掴みにするような攻撃力のある痛い言葉、そして、わずかに胸の深い部分を刺激する、昔の純真な自分の姿に甘い痛みも微かにくわわる。

 が、私はサタンではないし、読まれているのも聖書ではないので、綾子の手から交換日記を奪うと、耳元で激しく波打つ心音を聞きながら、必死で読んだのだ。
 恥ずかしくも、懐かしい中学時代の二人の秘密を。


 「はぁ。理解した。ようやく理解しましたとも!うん。大丈夫。スペースオペラ、やる。やってみるから。」
私は、赤面しながらうわ言のように綾子に誓いをたて、しばらく川を見ながら頭の整理を始めた。

 そう、これは事故だ。10代の作家志望がやりがちな事故なのだ。

 私は、小説を書くことで友人に誉められていい気になっていたんだ。

 で、綾子の方は、自分の夢を文字として現実の世界に作り出す友人を手にいれたと思い込んでいたのだ。
 彼女は、自分の夢を私に託し、

 私は、自分の実力に酔っていた、バカな中二病だった。

 で、浮かれた気分で安請け合いして、ああ、出来もしないのに、スペースオペラを作るなんて約束したんだろう。

 どうりで綾子が、原稿用紙や切手をくれたり、なんか、応援してくれたわけだ。


 私は、顔を覆って暫(しばら)く自己嫌悪に浸りたかった。

 中学生の私は、火星探査のラブロマンスなんて書けなかったのだ。
 で、軽い気持ちで途中で話を変えてしまったのだろう。
 私の隣の家には爺さんがいて、縁側で独り言を良くぼやいていたから、悲劇の恋人より、モデルがいる分爺さんの話が書きやすかったのだと思う。

 で、怒濤の落選、高校受験で綾子の小さなお願いは、忘れてしまったのだ。

 申し訳なさと、言い訳が頭を回る。が、作家志望なんて格好良く言ってみても、どこか自分に自信がなく、どこかで、綾子の気持ちも軽いものだと、本当はそんなに私の作品なんて読みたくないのだろうとタカをくくっていたのだ(落選もしたしね)。まさか、本当に本気で期待してくれていたなんて!

 が、それ知った現在。書くしかない。

 私は、そんな事も忘れて、また、カッパの話を作るなんて、カラ約束をしてしまったのだから。
 綾子は、おかしなお願いをしてきたのだ。

 胸がいたいなぁ。

 貰ったジュースに口をつけて、氷が溶けきってないので、シロップ状態の甘い液体に閉口しながら、この自己嫌悪は、少しだけ甘いな。なんて思った。

 中学生で落選したときは、全世界が私の作品をバカにしているような、激しいむなしさを感じたものだが、実は、そんな深い絶望の横で、自分の作品を信じて待っていてくれた希望が寄り添ってくれていたのだ。
 よしっ。頑張ってみよう。

 「綾子。私、頑張ってみるよ。村おこしは無理だとしても、アンタが読みたかった物語、作ってみるわ。」
私は乾き始めた頭のタオルを外して、明るく綾子に微笑んだ。
「うん。楽しみにしてるわ。あなたのお話を宇宙くんの朗読で聞くときが来るなんて。」

 え?

 綾子の台詞に、コロッと忘れていた、若いツバメならぬ、ナイチンゲールを思い出した。

 「好きなんだと思うの。あの人の事。だから、良い思い出になるわ。」
続いて飛び出した綾子の台詞に私は、心臓が口から出そうになる。

「す、好きって……、ま、まさか、変な関係になってないわよね?」
私は、絶望的に綾子を見つめた。綾子は私の言葉に首をふって早口で否定した。
「ま、まさかっ。そんな事になっていたら、あの人が宇宙くんを殺してしまうわよ。」

 ん、まぁ。ごちそうさま。

 赤面しながら私は絶句する。
 40才を過ぎて、奥さんの浮気に殺意を感じるなんて、ちょっと羨ましくて照れるわよ。
 うちなんて、旦那の頭頂部の毛と比例して、私を構ってくれなくなったってのに。
 さすが、三角関係で喧嘩の末に結婚した二人は違うわね。

 私は、へんなやっかみと、綾子の旦那のフサフサの頭の毛に、ホルモンの不思議を考えて混乱していた。
 「ねえ、聞いてる?」
綾子に肩を叩かれて、我にかえる。
「う、うん。大丈夫。プラトニックな関係なんでしょ?」
高いところで綱渡りをしているような心細さで、私は綾子に確認する。
 体が熱い。潔癖性と言われても、私にとって綾子は特別なのだ。
 決定的な言葉を聞いてしまったら、私は奈落に落ちてしまいそうだ。
「たぶん。彼は、なんとも思ってない気がする。」
少し寂しそうに目線を下げる親友に、おもわず、

 図々しいわね。

 なんてちょっとムカつく。子供でもおかしくない年齢の青年に愛してもらおうなんて、考えが出るだけ図々しい。
 綾子の事は大好きだけど、こういう所は腹が立つ。
 どうでもいいんだけど。
「当たり前でしょ、犯罪だわ。許されないわよ。」
「は、犯罪って、確かにそうだけど、そこまで言わなくてもいいじゃない。そういう所、昔から変わらないわよね?そんなだと、悠太(ゆうた)くんが恋人連れてきたら、大変よ?今のうちに治しなさいよ。」
「うちの息子は関係ないでしょ?」
私は、息子が登場したことで不機嫌になって、立ち上がった。
 「ち、ちょっと、ごめん、言い過ぎた。」
綾子も立ち上がり、それを見て私は、冷静な気持ちを取り戻した。
「こっちこそ。私、昔からこういう話苦手だから、過剰に反応して。」

 そう、私は、昔から恋愛とか、近所の噂話は苦手で、恐竜やら、宇宙の話が好きな変わり者だった。

 そんな私に、いつでも優しくしてくれたのが綾子で、40代のほのかな恋情にまで目くじらをたてて、彼女を失うなんて考えられない。

 「ごめん。暑いし、混乱してるから。でも、ちゃんとお話を作ってエントリーするから。ちゃんと、あなたの好みの物語を。この日記、しばらく貸してね。じゃ。」
私は、自分の言葉を押し付けるようにして、急いでその場を去ろうとした。

 世間の人たちが、異常に感じても、家族と幼馴染み親友の道ならぬ恋には、いくつになっても、極度に反応してしまう。

 しつこいようだが、私のメンタルは繊細なのだ。
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