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のーまじん

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ラジオ大賞

故郷

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 川から何かがはねて、私は現実に引き戻された。

 夏の蒸し暑い川原に腰を下ろし、私は思案していた。

 なんで、火星の話が、故郷の自然を守った作家ポーターに繋がるかというと、この中学生の私の作った話の題名が「故郷」だからだ。

 白状すると当時の私には(現在も)火星の星空なんて想像できなかった。

 で、苦肉の策(さく)で、その時の作品では、プラネタリウムを火星基地に見立てた。

 当時のSFでは、火星基地はドーム型が主流で(少なくとも、私の中では)、プラネタリウムの天井は火星基地が空想しやすかったのだ。

 記憶の井戸から小学生の頃の思い出が浮かぶ、この町からブラジルに行った人から、見事な蝶の標本が送られてきた時の事を。
 戦前からの政府の政策でブラジルに向かった日系ブラジル人の先輩で、母校の私の小学校に感謝を込めて珍しい蝶の標本を送ってくださったのだ。

 その話を核(かく)にして、中学生の私はこの町に生まれ、火星に移民した一人の老人を作り出した。

 火星基地のドームの天井は、良くわからないテクノロジーでスクリーン機能を完備している事にして、主人公の老人が、死を間近にして故郷の夜空をそのスクリーンに再現する。これなら、プラネタリウムでのシナリオになると思った。

 全く、どうして、こんなろくでもない知恵は働くんだろう?私は困るといつも変な方向に物事を加工する。

 自分でも呆れるが、この方法だと、プラネタリウムのプログラムを加工せずに、なんか、火星基地っぽさが醸し出せる気がする。

 で、この町の話が出来るので、この物語を作り直して発表すれば綾子の見たかった村おこし系の物語になるだろう。

 が、それ以外の内容はすっかり忘れてしまった。この爺さん、どんな人生を歩んできたんだろう?

 まあ、中学生の私の作る話なんて、つまらない話だろうから、そこは、切り替えて新しい話を埋め込むことにする。

 さて、どんな話にしたものか。

 私は、川を見つめながら途方にくれた。

 火星どころか、海外旅行すらした事のない私に、別の惑星で人生の終焉(しゅうえん)を迎える老人の気持ちなんて、理解できるはずもない。

 が、悩んでいても締め切りが来る。
 大賞をとるなんて無謀な事は今は考えるまい。

 そんな事より、綾子を満足させるのが先決だ。

 どうせ、大賞をとる事なんて無いからプラネタリウムに上演される事なんてないに違いない。

 騙されるな私。自分の実力を思い出すのよ。

 うっかり、大賞をとって、図書館に記事が張り出される所を思い浮かべ、私は、首をふって実力を下降修正する。


 そう、昔から国語の成績は悪かった。
 特に、作文は最悪だった。

 ありもしない夢に浮かれるのは、キャラだけで十分よ。

 私は、作者。作者なんだからっ。

 ふうっ。

 ため息と一緒に期待を吐き出し、一番しなければいけない事で気持ちを満たす。

 そう、これから私が書くのは、中学生の綾子への返答なのだ。

 綾子からしたら、人生の大きなイベントをクリヤーし、答えが出てしまった人生の読み返しの物語。中学時代、小説家を夢見た友人の、応援したのに見せてもらえなかった作品を、中年になってから懐かしく見みる、そんな感じなのだろう。だから、彼女に送る作品は、懐かしい思い出と隠れエピソードのドキドキと意外性(勿論、私の深い友情も!)を持ち合わせた話でなくては。

 あの時、綾子がくれた原稿用紙と切手、「がんばれ」の言葉。

 私は、落選した自分を持ち直すので精一杯で、綾子に何も返してなかった。

 作品の募集は、中学三年生の夏休みの8月投稿締め切りで、10月の発表だった。
 落選が決まる頃には、現実の戦いが、高校受験が待っていた。
 大賞は無理でも、入選していたら、私は、迷わず三駅先の進学校を志望して、東京の大学に…
 作家になる為に、進学させて欲しいと頼むつもりだった。

 けれど、落選して私の進路は決定した。

 うちは貧しかったし、下には弟妹がいたからだ。
 交通費のかからない近所の女子高に通い、就職、20才の時に現在の旦那と結婚した。

 それ以来、すっかり忘れていた。


 小説家になる夢なんて。

 Webでは、小説を書き出した私だけど、日頃気になるちょっとした話を、恐る恐る発表するくらいで、大好きだったSFなんてもう、想像するのも面倒くさくなるほど、心は錆び付いていたのだ。

 良い機会かもしれない。私は、ほんの少し心を上向きに修正し、中学時代、大切な親友に披露できなかった話を作る強い決意を固めた。

 相変わらず、火星の星空なんて考え付かないけれど、中学時代同様、火星に移住した主人公の爺さんと、この小さな町を思ってみよう。
 火星の移住なんて、私が死んだその先の話だろうから、町がどうなっているかは知らないけれど、でも、きっと、この川は同じように流れて、北に位置する小ぶりのあの山も動くことはないはずだ。

 遥か遠い未来。やはり、私の主人公もこの川を見つめながら、色んな心配事とため息を吐き出しているのかもしれない。

 に、しても、火星移住かぁ……。この町の住人が火星に行く日。

 そんな事を想像すると、一瞬、錆び付いたSF魂がほんの少し潤滑剤を流し込まれたように、軋(きし)みながら動き出す。

 あの蝶を学校に寄付してくれた在日ブラジル人の先輩をふと思い出した。

 この小さな町から、太平洋を越えて、南半球に渡った人。
 その事実は、小さな私には、リアルな冒険のトキメキを与えてくれた。

 新幹線を使ってもなお、この町から東京を目指すのも大変だ。
 ましてや、南半球のブラジルなんて、想像もできないほど遠くに感じる。

 が、それより、もっと、もっと遠く、火星に行ってしまったら、もう、蝶の標本を母校に寄付する事も至難の技に違いない。

 20才で結婚をし、一度も県外に移転(い)った事の無い私には、そんな壮大な世界を覗いた人間の気持ちなんて理解できそうもなかった。

 私はこの川を見て育ったのだ。

 あの、石を並べて綺麗に舗装された土手は、昔は土が盛ってあるだけで、段ボールのソリで、町内の子供達と競争した。

 夏には伯父がアユ釣りをして、伯母さんに内緒でひと財産作る(料理屋に鮎が売れた。)横でメダカをとり、

 プラネタリウムのシナリオ大賞に落選した時は、この場所で、何日か一人で泣きに来た。

 10月には、町のイベントでこの川原でフリマをするし、春が来れば猫じゃらしを見にまた来るだろう。

 日常にいつでもある町の風景をどうしたら、そんなに鮮烈に思うことが出来るだろうか?

 そう考えて我にかえり、見上げた景色が、少し寂(さび)れて、人の居ない、過疎の町になっている事に、川に連れてきてくれた叔父も、父も、すでに他界したことを思いだし、深い焦燥感にかられて、私は涙を止める事が出来なかった。

 そう、私もまた、旅人なのだ。

 町も私も時を重ね、戻る事など許されないのだ。

 そう考えつくと、水が器から溢れるように、私の心の中を、主人公の老人の気持ちが満たしていった。

 そう、私たちは皆、旅人なのだ。

 ああっ。か、書けるかもっ!!

 瞬間、川の風景に、火星の砂漠を見つけ、私はバックから携帯を取り出して、つたない言葉ではあるが、物語の端を定着させる。

 そう、彼は、若い頃、夢を持ってこの町を旅立つたの。

 私が叶わなかった県外に出て、一発逆転の人生を。

 と、次の瞬間、頬っぺたをひっぱたかれ、頭から水をかけられ、怒鳴られた。
 「……、っと、ねえ、ねえっ!生きてるの?返事しなさいよっ。」
怒鳴っていたのは綾子だ。
 私は熱中症と間違われ、応急処置と言う名の手酷い扱いを受けたのだ。
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