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第四章 聖女編

45 メイドにすべて知られました

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「こ、これはどういうことですか!? あなたは、今まで何をしていたのですか!? アリス様をあんな状態にして、何がしたいのですか!」 
 
 今、僕はソフィアの前で土下座をしていた。何も言い訳する言葉が見つからなかった。するつもりもなかった。
 
 宿屋の一室。アリスを寝かせていた部屋にソフィアが入ったのは先ほどのことだ。寝たきりのアリスを見て言葉を失い、暫く立ち尽くしたあと、アリスの身体を隈なく確認してほっと一息。
 僕に詰め寄り有無を言わさず腕をとると、元いた食堂まで強引に連行された。
 そして、これだ。
 ソフィアの叱責は長かった。
 怖いとか、恐ろしいとか以前に、自分の愚かさや弱さをソフィアの口から改めて思い知らされているようだった。
 悲しくはない。苦しくもない。
 僕の胸は自分に対する怒りでいっぱいだった。
 じっと、僕はソフィアが全てを言い終わるのを待った。
 
    
 肝心の勝負だが保留になった。
 僕の出した問題に不正疑惑をかけられたからだ。熟考の末、僕が出した問題はアリスの家族に関するものだった。

 「アリスの伯父の名は?」
 「はい? 伯父なんていらっしゃいませんが」

 ソフィアは小馬鹿にしたように答えた。僕の予想通りだった。
 
 「それがいるんだよね。どうやらこの勝負、僕の勝ちのようだね」

 アリスの伯父、アルファード・キレイルの兄は実在する。僕は、その話をアルファード・キレイル本人から聞いていた。随分と昔のことだ。僕が厳しい鍛錬に心が折れそうになっていると、決まってアルファードは言った。
 『心が弱い者は『騎士』にはなれない。故に、愚兄はなれなかったのだ。同じように愚かな道に進みたくなければ強くなれ』
 アルファードにとって、兄は恥のような存在だったのだろう。だから子供の頃の思い出話はついぞ聞くことはなかった。本当は反面教師にもしたくなかったのかもしれない。
 何もかも忘れ去りたい。
 兄の話をするアルファードは、いつもそんな感じだった。
 だから、アリスに伯父がいることを知っている者は少ない。一番詳しいはずの本人が語りたがらないのだから当然だ。
 そのことを思い出した僕は、これはさすがにソフィアでも知らないんじゃないかと思い、問題に選んだのだ。
 その話をソフィアにすると、

 「聞いたことありません! 不正です!」

 彼女は僕が嘘をついたと思ったようだった。
 
 「本当のことだよ」
 「では、その方のお名前を教えてください!」
 「え」

 それには僕の方がたじろいだ。
 実は、問題を出した僕にも名前は知らなかったのだ。だって教えてもらえなかったんだよ……。
 
 「ア……アレ、アル、アロ。アロイル・キレイルだったかな?」

 僕は、適当に名前をでっち上げた。伯父さんごめん。

 「今の間はなんですか! やはり嘘だったのですね! あなたの不正で、私の勝ちです!」

 一瞬で嘘がバレた。
 でもアリスに伯父がいるのは本当だ。僕は不正を認めなかった。
 するとソフィアは予想外の提案をしてきた。

 「それでは、本人に聞きましょう」
 「誰のこと?」
 「アリス様本人に、伯父様がいるのかお聞きするのです。あなたの言葉は信じませんが、アリス様の言葉なら私は信じましょう。アリス様は今どこにいらっしゃるのですか?」
 「い、いないよ?」

 まずい。そう思った。
 ソフィアはアリスの容態を知らない。もし知れば、僕はただでは済まないだろう。

 「嘘ですね。あなたからアリス様の匂いをぷんぷん感じます。メイドには匂いを識別するスキルがあるのです」
 「なんだって!?」

 僕は焦った。ソフィアにそんな特殊スキルがあるとは知らなかった。どうすれば誤魔化せるのだろう。

 「ほら、いるじゃないですか。どこですか? 二階の客室ですか?」
 「謀ったな!」

 そうしてソフィアにアリスの居場所が露見したのだった。
 ソフィアはこの宿屋で働いているらしく、部屋に詳しかった。空いている部屋、空いていない部屋を割り出し、僕が教えずともアリスが眠る部屋を突き止めたのだ。

 「アリス様、お久しぶりです。ソフィアです。入りますよ」

 ノックに返事がないことを訝しんだ彼女だが、寝ていると思ったのか物音を立てず部屋に入った。
 さすがメイドだけあって歩き方は綺麗だと思った。
 それまで僕はひと言も発していなかった。
 僕が色々と説明するより見た方が早いと思ったからだ。

 「アリス様!?」

 アリスの顔を見るなり、ソフィアの表情が一変した。寝ているかそうでないかくらい、長くメイドをしていたソフィアには一目瞭然だったのだろう。
 アリスを揺する。初めは優しく、段々強くなっていった。

 「アリス様! 目を開けてください! ソフィアです! メイドの可愛いソフィアです!」
 当然のように反応はない。

 「嘘ですよね、アリス様! そんな! つい先日まで元気でいらっしゃったじゃないですか!」

 ソフィアは何度も呼びかけた。
 アリス様。アリス様、と。
 その姿は、まるであの日の僕を見ているようだった。
 アリスが倒れた日。
 ひと時も忘れたことはない日。
 自分の弱さ、未熟さ、愚かさを知った日。
 唐突に。
 ソフィアが、後ろで黙っている僕の方をふり向いた。
 その目は怒っていた。悲しんでいた。苦しんでいた。
 僕は驚いた。
 ソフィアは、アリスのことに無関心だと思っていた。
 仕事で仕方なく接しているだけの関係だと思っていた。
 僕の勘違いだったようだ。
 ちょっと嬉しくなった。
 アリスを大切に思う仲間ができたみたいで。
 
「これはどういうことですか!」
 
 ソフィアが詰め寄ってくる。僕の腕を取る。
 もう逃げられないな、そう思った。
 

 そして話は冒頭に戻る。
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