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幕間 ソフィアの受難2

41 粛清の前夜(盗賊視点)

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 デビットがマイケルに苛ついていると、気配探知に反応があった。
 見れば、男が一人こちらの方へ歩いてくる。
 その男は騎士の格好をしていた。
 鎧は魔物の血で汚れ、どこか疲れた表情をしている。
 誰か、なんて言うまでもない。

「遅かったな。迷子になってるんじゃないかと心配したぜ」
 デビットは皮肉をこめてそう言った。
 デビットとマイケルが未だ村に残っていた理由。
 それは協力者が来るのを待っていたからだ。

「……能無しの貴様らと同じにするな。少々厄介な事態に遭っただけだ」

 協力者、アーノルドは遅れたことに関しては謝る気はないらしかった。

「厄介な事態ってのは、俺らの計画に支障をきたすことじゃないだろうな」
 多少の遅れはなんとでもなる。
 それよりアーノルドの発言が気になった。

「ふん、貴様らの計画など微塵も興味ない。個人的な話だ。気にするな」

「そうかよ。まあ、俺らとしては約束を守ってくれればそれでいいんだけどな」

「こちらも同じだ」

「それで、俺らを能無しと罵るあんたはちゃんと仕事をこなしてくれたんだろうな」
 アーノルドの様子から大したことではないのだろうと決めつけたデビットは本題に入る。

 デビット達盗賊と騎士であるアーノルド。
 本来なら関わることもなかっただろう。
 しかし、デビット達の計画遂行にはアーノルドの存在、一定の社会的地位にある者の存在が不可欠だった。
 また、アーノルドもデビット達、ならず者の手が必要だったらしく協力関係を築くこととなったのだ。
 手を貸すかわりに手を借りる。
 それが両者間で交わされた契りだった。

 事前にアーノルドに頼んでおいたことはたった一つ。
 盗賊であるデビットとマイケルがフリーユの街に侵入できるようにすること。
 それだけだ。
 簡単なように思えて、デビットたちにとっては最難関な問題だった。
 他の街なら比較的簡単に侵入できるデビットだが、フリーユの街は話が別だ。
 なぜなら、フリーユの街に入るには検問所にある特製の魔道具を突破しなければならない。
『魔呼びの笛』と同じ高明な魔女が作ったとされる鑑定の魔道具。
 話によると、その魔道具を使えば誰でも職業を鑑定できるらしい。
 盗賊であるデビット達にとってこれ以上厄介な魔道具はない。どんなに巧妙に変装しようと一瞬で見抜かれるからだ。
 だから、騎士であるアーノルドの力を借りる。
 騎士という職業の力は絶大だ。
 理由をつければ、検問を通らずとも街に入ることが可能かもしれない。
 それほどまでに騎士という職業は信用がある。
 デビット達盗賊側がアーノルドと手を組んだ理由の大部分はこのためなのだ。

「少し待っていろ」
 そう言って、アーノルドは一際大きな瓦礫の山の影に消えた。
「どうするつもりっすかね」
 二人の会話の邪魔をしまいと気配を消していたマイケルが、デビットに耳打ちする。
「何となく予想はつくけどな」
 デビットの脳裏には一つの案が浮かんでいた。

 暫くしてアーノルドが戻ってきた。何かを引きずっている。
「これに着替えろ」
 デビットとマイケルの前に放られたのは二つの死体だった。どちらも騎士で、外傷は少ない。合間を縫って刃を通したのだろうか、多少血で汚れでいるが鎧の方は無傷だ。

「これお前の仲間だった奴らだろ? 殺したのか?」
 驚いてみせたデビットにアーノルドは鼻を鳴らした。
「知っていたのだろうに白々しい。貴様らが遠くから我を見張っていたことに気づいていないと思ったのか」
 デビットとマイケルは、村に入った時からアーノルドの動向の監視をしていた。
 騎士と盗賊が手を組むこと事態異例なのだ。
 裏切ったアーノルドが、仲間の騎士を引き連れてデビット達に襲いかかってきても不思議ではなかったからだ。

「いちいち村の内情まで知るかよ。騎士の鎧を使う案は俺も思いついたが、まさか殺して持ってくるとは思わなかった」
 デビットは監視をしていたことは認めた。別に隠すことでもない。
 それよりもまさか仲間を殺すとは驚きだ。

「こいつらは雑魚ではあるが利用価値はあった。殺めるつもりは毛頭なかったのだがな。事情が事情だけにこうするしかなかったのだ」
 アーノルドの顔には後悔のようなものがあった。
 殺すつもりがなかったのは本当のようだ。

「何がともあれ死んじまったのは仕方ねえよな。ありがたく使わせてもらうぜ」
 デビットは苦もなく死体から鎧を外し、血生臭いそれを身につけた。
 やはり騎士の装備だけあって着心地は良い。
「まるで騎士になった気分だぜ。剣は使えねえけどな」
「危ないっすよ!」
 腰に帯びた直剣を慣れない手つきで振り回しているとマイケルに当たりそうになった。
「悪いな」
 抗議してくるマイケルに軽く謝り、そこでマイケルの格好が盗賊装束のままだと気づく。
「何してんだ。お前も着替えろよ」
「え?」
「アホみたいな顔、はいつもか。アホ丸出しの顔になってどうした」
「アホは余計っすよ……。いえ、死体のものを着るって正気っすか」
 マイケルは抵抗があるらしい。今更の話だとは思うが。
「頭でも打ったか? お前のそのダガーも戦利品だろ」
 盗賊は盗むのが仕事だ。デビットが身につけている物のほとんどは殺し奪ってきた物だ。だからマイケルが何に対して難色を示しているのか分からない。
「自分には自分のポリシーがあるんすよ。武器や宝石類は頂戴しますけど、防具類は売って金にするってね」
 良いことを言っているように聞こえるが、デビットには分かった。
「単純に汚いからだろ」
「それ以外何があるんすか。臭いは我慢できますよ。ですが、血とか内臓とかが飛び散っている物を身につけるなんて正気の沙汰じゃないっす」
「お前は本当にアホだな。そもそも盗賊稼業が、正気じゃないだろ」
「確かに……いや、それでも嫌なものは嫌っすよ! 兄貴が良い歳して人参嫌いなのと同じっすよ!」
 それとこれとは話が違うと思うのだが。
 デビットはマイケルを説き伏せようとして、ふと、こちらを見るアーノルドの視線に気づいた。
 冷たい目なのは変わりないが、どこか哀れみが込められているような。
 すると。
「ふっ……」
 アーノルドが微笑した。
 その顔が「貴様、人参も食えないのか。滑稽だな」と馬鹿にしているように感じられ腹立つデビット。
「いいから、つべこべ言わずさっさと着ろ。着るか、死ぬか。選べ」
「理不尽っすよ……」
 不承不承、嫌そうな顔でマイケルは鎧に袖を通したのだった。

 これでようやく三人の騎士集団が誕生した。
 実際は、二人の盗賊が扮した偽物と正真正銘の騎士の三人組なわけだが、誰が見てもそうとは思わないだろう。
 中身以外は全て本物だからだ。
 そしてアーノルドが用意したのは装備品だけではなかった。
 デビットはアーノルドに連れられ厩舎にやって来た。
 襲撃があったにも関わらず原型を留めているそこには二頭の馬が止まっていた。
 傍には高級そうな立派な馬車がある。

「道中使っていた馬車だ。馬の半分は魔物に喰われたが、もう半分は無事だ。これで貴様らの要求は満たせるはずだ」
「いいねえ」
 本物の馬車から、本物の騎士鎧を着た二人と正真正銘本物の騎士一人が出てくれば、そう怪しまれることはないはずだ。
 鑑定を求められても、代表としてアーノルドだけ応じれば良い。
 素晴らしい。
 素晴らしすぎる。
 この案ならフリーユの街に余裕で侵入できる。
 デビットは胸が高鳴る思いだった。
「俺たちに残された猶予も少ないことだし、早速行こうじゃねえの」
 馬を馬車に繋ぎ、すぐさま乗り込む。
 外観もさることながら内装も立派だ。アーノルドいわくお貴族様専用の馬車らしいが、なるほど金持ちどもの頭の中はどうかしている。
 やけに豪奢で、装飾一つ一つ無駄に凝っていて、それでいて実用性が全くない。
 こんな無駄遣いに税金を搾取され貧困を強いられているのだと思うと、腹が立つ。
 税金など払ったことないが。
 それでも、幼い頃から貧しさに苦しめられてきたのは間違いない。
 全てはこの金持ちどものせいだ。


 やはり___

「粛清が必要だな」


「何か言いました?」
 遅れて乗り込んだマイケルが聞いてくる。御者は操術スキルを持つアーノルドに任せた。
「俺たちの悲願を達成する日も近いと思ってな」
「頭と兄貴の長年の夢でしたっけ」
「そうだ。王都滅亡。それが俺らの夢だった。職業主義という名の、このくそったれな世界を作った元凶をぶち壊すってな。だがそれも、夢ではなくなる日も近いってことだ。心躍らずにはいられないだろ」
「そのためには大量の魔道具を手にいれないとっすね」
 村の壊滅は前準備に過ぎない。
 頭が取引で手に入れた『魔呼びの笛』。その魔道具の効力を知るための実験場に選ばれたのが、たまたまあの村だった。
 成果は上々。
 次は『魔呼びの笛』の制作者である魔女がいるフリーユの街を目指す。
 そこで魔女を捕らえ、大量の『魔呼びの笛』を手に入る。
 もしかしたら他にも特殊な魔道具を隠し持っているかもしれない。それも奪う。

 一つの魔道具は小さな村を壊滅させる力しかなくても、数があれば兵器となり得る。

 王都すらも破壊する、兵器に。

 粛清の日は近い。

「そういえばマイケル。女を忘れるなよ」
 我に帰ったデビットはマイケルに念を押す。女に対する怒りが消えたわけではない。
「そんな奴もいたっすね。兄貴に恥をかかせたやつっすね」
「それは忘れろ」
 一度外に出たマイケルが死体の横に転がっていた女を担いで、再び馬車に乗り込む。
「その女はなんだ」
 御者席にいたアーノルドが嫌な顔をしていた。
 死体を載せたと思ったのだろう。
 デビットは女の顔を持ち上げて生きていることをアーノルドに示した。
「村から逃げようとしてたから捕まえたんだ。フリーユの街に着いたら奴隷商に売ろうと思ってな」
「なるほど」
 アーノルドは驚いているようだった。
「一つ我の言葉を撤回しよう」
「おい、今更抜けるとかないよな?」
「違う。我が遅れた理由、厄介な事態だが。今、解決した」
「そうかよ」
 やはり大したことではなかったようだ。
 この女の顔を見て解決する事態とはどういう事態だったのか多少気にはなるが。
 それよりもデビットには考えることがある。
 フリーユの街に侵入した後のことを。

「こんなところで捕まっていたとはな。見つからないわけだ」
 御者席からそんな呟きが聞こえたが、すぐに馬車が動く音で掻き消えた。


 
 馬車は進む。
 この先で出会う青年に、粛清されることを知らずに。

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