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第三章 フリーユの街編

28 ママさんはママでした

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ふぅ。

 レッドさんの気配が感じられなくなったところで、僕は息を吐いた。

 あー、緊張した。

 普段はそれほど緊張する方ではないが、レッドさん相手だと緊張してしまうらしい。

 なんと言ってもレッドさんの目が怖かった。

 終始朗らかに笑っている感じの良い人だったけど、瞳孔からの視線だけは僕を捉えて離さなかった。

 常にプレッシャーに晒されているようだった。

 敵意は全く感じられず、友好的な、いや友好的すぎるゆえのプレッシャーだ。

 レッドさんの、僕に対する期待感やどうしても仲間に入れたいといった気持ちがプレッシャーとしてひしひしと伝わってくるのだ。

 僕を何がなんでも離すものかというレッドさんの目は、まるで獲物を狙う狩人だった。

 勘弁してほしい。

 僕はそこまでされるほど優秀じゃない。

 組合の試みは共感できたし、冒険者も悪くないと思ったのは事実だ。

 しかし、どうにもレッドさんの僕に対する期待は大きすぎる。

 無職の僕に何ができるというんだろうね。

 無職って不遇職以下だと思うけど……。

 兎にも角にも返答は三日後だ。

 まだ時間はある。

 それよりも今やるべきことがあるはずだ。

「ねえ、ちょっといい?」

「ごめんねカレン。ママさんに話があるからまた後で」

「そ、そう」

 カレンが何か話したそうにしていたが、僕はママさんに伝えなければならない事がある。

 申し訳ないけどカレンの方は後回しだ。

「ママさん、少しお時間いいですか?」

 店内の客は落ち着き始めている。

 レッドさんの奢りとなって冒険者のボルテージは高まっているけど、忙しい時間帯は過ぎたと思う。

 今なら話す時間も取れそうだ。

「なんだい? そんなに熱い視線を向けられてもケツの青いお子様はお断りだよ。すまないね」

「まだ何も言ってませんよ!」

 わけもわからず振られた。

「冗談さね。カレンとの婚約の件だろ? あんたなら諸手を挙げて大歓迎さ」

「違いますよ!」

 なんなんだこの人。
 話が進まない。
 僕は違う話をしたいのに。

「てか、なんでそんなにカレンと結婚させたいんですか」

 ほら余計な質問をしてしまった。

「心配だからに決まってるよ。あの子には支えてくれる人が必要さ。ひとは一人では生きていけないからね」

「それなら、ママさんが支えればいいじゃないですか」

 僕よりママさんの方が適任だと思うよ。
 包容力あるし。

「無理な話だね」

「なぜですか?」

「あたしは、カレンを守ることはできる。今までも守ってきたし、これからも守るつもりだよ」

 それで十分じゃないかな。
 カレンもママさんに守られていた方が安心するよ。

「でもね」

 ママさんは一呼吸おく。

「守ることはできても、支えることはできない」

「?」
 頭を傾げる僕に、ママさんは衝撃の一言を発した。

「見ての通り、あたし達は本当の親子じゃないからね。本当の親子のように固い絆で結ばれてるわけじゃない。本当の意味で支え合えないのさ。ふりはできても、どうしてもよそよそしくなっちまう。長く一緒にいても心のどこかで他人だって思っちまうんだろうね」

「だから支えてくれる人が必要ってことですか……」

 なぜ僕が選ばれたのか不明だけど。

 ……ん?

 おやこじゃない?

 今更ママさんのとある言葉が気になった。

 脳内に残ったワードを反芻する。

 おやこじゃない。

 オヤコジャナイ?

 違う。

 彼女は、親子じゃないと言ったんだ。

 つまりどういうことだ?

「ママさんとカレンは血が繋がってない?」
 自分に理解させるように呟くと、

「そうさね」
 ママさんからありがたい肯定の返事をもらう。

「ええええええ!?」

 驚愕。今日一のびっくりだ。

 なんか分からないけど一番驚いた。

「言ってなかったかい?」

「初耳ですよ!」

「てっきり知ってると思ったけどね」

 そんななんでも知ってる風に言われてもさ。

 僕は知ってることしか知らないんだよ。

「でも二人似てますよね?」

 強気な感じとか。強引なところとか。
 怒ると怖いところとか。

 て、ぜんぶ性格関連だけど。

 顔立ちだって微かに似てる部分はあると思うけどね。

 するとママさんは笑みを浮かべた。

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。言われてみれば少しは似てるかもしれないね。カレンは、あたしの姉の子だからね」

 なるほど。だから似てると思ったのか。

「カレンの両親はどこに?」

 どこかでお会いするかもしれない。
 その時挨拶できるように居場所くらい知っておこう。
 そんな軽い感じの質問だった。

「死んだよ」

「え」

「とっくの昔に事故でね。それからアタシがあの子の母親代わりってわけさ」

「そう、ですか」

 カレンは両親を失っていたのか。
 
 ーーもしかして。

「この宿の元の店主は……」

「カレンの父親さ。ここはあの子の両親が営んでいたのさね。二人が死んで、アタシが継いだってわけ」
 
 そうか。
 カレンの宿に対する並々ならぬ思い。
 どうしてあれほどお店の信用を失うことに恐怖を抱いていたのか。
 その正体がいまわかった。
 
 ここは、カレンの死んだ両親の形見だったのだ。

 大切にしたいという気持ちも頷ける。
 
「あの子は可哀想な子なんだ。親を失ったことが可哀想なんじゃないよ。孤児なんてそこらじゅうに溢れているさね。アタシが言ってるのは、カレンが、一人でも生きていけるという考えを持っちまってることについてさ」
 
「たしかに誰かと仲良くするようなタイプじゃないですよね」
 
 年上であるはずの僕に物怖じせず、次々と仕事を押し付けてきたカレンが思い出された。
 あの性格になってしまった原因が、親を失ったことにあるのだろう。
 
 家族を失うというのは、幼いカレンにとって唯一の自分の居場所が失われるような思いだっただろう。
 それまで壁に囲まれ安全で暖かい場所で生きていたのに、突然、魔物が蔓延る森に身一つで捨てられたようなものだ。
 周りに頼るものはなく、守ってくれる存在もいない。
 寒くて暗い森。
 自分は一人なんだという孤独感に苛まれる。
 それでも生きるしかなくて、自然と一人で生き抜く術が身につく。それで一人でも生きていけると錯覚する。
 そうして出来上がったのが、カレンという少女なのだろう。
 強気ですぐ敵を作ってしまう性格の少女。
 
「アタシはカレンに新しい居場所を作ってやりたいんだ。この宿に固執するのではなく、別の世界を見せてやりたい。成功だけじゃなく失敗も感じて欲しい。そして一人では生きていけないことを知って欲しいのさ。……一人は寂しいからね」
 
「違いますよね」
 
「?」
 ママさんの話を聞いて思った。ママさんが本当にカレンに伝えたいことは一人で生きる厳しさなんかじゃないって。
 僕は知っている。
 ママさんは血が繋がっていないとか、心のどこかで他人だとか散々言ってるけど、カレンを愛してるし本当の自分の子のように大切に思っていることを。
 だって僕にこんなに頼み込むんだよ?
 カレンを支えてくれって。
 嫁にもらってくれって。
 
 そこまでする理由が、一人で生きるのが寂しいことを知ってほしいからなわけないでしょ。
 
 ママさんは__
 
「教えてあげたいんですよね。カレンには帰る場所があるって。一人じゃないって。居場所があるんだって」
 
「__‼︎」
 
 親を失い自分は一人だと思っているカレンに、一人で生きていくしかないと思っているカレンに、一人じゃないと教えたい。
 
 ただそれだけなんだ。
 
 ママさんってほんとぶっきらぼうというか。
 なんというか。
 
 難儀な性格してるな。
 
 思えばレッドさんに謝罪する一件についてもそうだった。
 
 カレン曰く、僕がレッドさんと関わることで面倒ごとか起きてしまうからカレンを謝罪に行かせたみたいだけど。
 それって、面倒ごとが起きることで宿に被害が生じる、つまり本質的な理由はカレンの大切な宿を傷つけてしまうのを避けるためでしょ。

 血が繋がっていないとか関係ない。

 ママさんは、ちゃんと母親ママしてるよ。


 「困ったなあ」

 ママさんの話を聞き終わった僕はポツリと呟いた。
 
__________________
復活しました。完結まで頑張ります。
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