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第一章 無職編
2 妹が追いかけてきました
しおりを挟むこれから僕はどうすればいいのだろう。
土砂降りのなか、あてもなく歩き続ける。
道ゆく人に訝しげな目を向けられるが、どうでもいい。
僕には剣しかなかった。
剣の技術を磨くことだけにすべてを費やしてきた。
その結果が無職。
「僕の人生……どうでもよくなってきたなぁ……」
騎士になれなかった僕の人生。
果たして価値があるのだろうか。
「ここにも長いこと通ったな……」
気づけば、僕は闘技場の目の前まで来ていた。
幼い頃から長い間戦った場所だ。体が勝手に向かってしまうのも仕方がないのかもしれない。
いつもは多くの人で賑わっている闘技場も、この天気では何も開催できないため、静まり返っている。
無人の中、僕は壇上に上がる。
その辺に転がっていた、錆びて使い物にならなくなった剣を握る。
「お前も捨てられたんだな。僕と一緒だ」
錆びた剣を上段に構える。
「ふっ…!」
パキッ
素振りした瞬間、音を立てて刀身が二つに割れた。
「錆びれた剣は、脆いな」
ゴミと化したそれを僕はそっと地面に置く。
「行くか」
行くあてがあるわけではない。やりたいことがあるわけでもない。
けれど、この街から一刻でも早く立ち去りたかった。
長い間苦楽を共にした闘技場に別れを告げて、僕は街を出るために歩き始めた。
****
「お兄さま!」
「え」
街をぐるっと囲む城壁。
四つある門のうちの東門での手続きが終わり、街を出ようとした時だった。
突然呼ばれた気がして振りむくと、妹のアリスが金髪をなびかせて走り寄ってくるところだった。
「お兄さま、お待ちください!」
僕は思わず立ち止まる。
昔からアリスはこうして僕の後ろをついてくるような子だった。
僕が鍛錬している間も無関心を装って庭園の影からこっそり覗いていたり、書庫で読書をしているとすぐ近くで幼い息遣いが聞こえたりすることがあった。勉強や鍛錬の邪魔をすることはなかったから特に何も言わなかった。煩く言えなかったと言うのが正しいかもしれない。
疲れ果てて部屋に戻ると、いつもそこには焼き立てのクッキーと紅茶が準備されていたものだ。それがメイドではなくアリスが準備したものだと知った時は驚きはしたが心の底から嬉しいと思った。
僕が最強の【騎士】になることを応援してくれているのだろうと。
アリスも期待してくれてたから、差し入れをしてくれていたはずなのだ。
でも、実際は【無職】だった。
アリスの想いには応えられなかった。
ただのアレクとなった僕に、話しかける理由がアリスにあるわけがない。それに、てっきり家の汚名となった僕と顔を合わせたくないものだと……。
「アリス、どうして……」
困惑混じりにそう言うと、息を整えていたアリスは顔を上げキッと睨んできた。
「それはアリスのセリフです!」
その目を見て、アリスがわざわざ追いかけてきた理由を察した。
やはりアリスは、汚名と成り果てた僕に怒っているのだ。昔から甲斐甲斐しく僕を応援してくれていたアリスのことだ。その失望たるや、両親以上に違いない。つまりアリスはその怒りをぶつけるために追いかけてきたのだ。
もしかしたら十発くらい殴りに来たのかもしれない。それほど眼前にいるアリスは鬼気迫っている。
アリスの気持ちは納得出来ずとも、理解はできた。
だから僕はアリスの感情をすべて受け止めようと、殴られる覚悟を持って目を閉じた。
「お兄さま、なぜ目を瞑られているんですか? そんなにアリスの顔を見たくないんですか? 泣きますよ?」
「えっ、いや違うんだアリス! 僕は別にアリスの顔を見たくないわけじゃなくて……だから、泣かないでくれ!」
顔を覆い鼻を啜り始めたアリスに僕は慌てて弁明すると、
「冗談です。お兄さまがアリスのことを想ってくださっているのは分かっています」
そこには満面の笑みを浮かべた少女がいた。アリスってこんなに可愛かったっけ。
「でも、怒っているのは本当ですよ」
弛緩しそうになった頬が瞬時に引きつる。アリスが怒っているのは間違いなかった。
アリスはすうっと息を吸うと、
「どうしてアリスに一声かけてくれなかったんですか!」
叫んだ。
「え?」
「今、家を出ると! アリスは旅の支度で準備万端でしたのに! 遅いのでメイドのソフィアに聞けば、すでにお兄さまは屋敷を出られたとのこと! アリスに何も言わずに! アリスは悲しさのあまり泣きました! 可愛い妹に何も言わずに家を出る兄がどこにいるんですか!?」
僕は目を白黒させながら弁明する。
「勘違いだよ、アリス。僕は別に旅に出るわけじゃないんだ。キレイル家を追い出されたんだよ。弱者は追い出される。それがルール。ルールは絶対だから」
「何をおっしゃっているのかわかりません!」
それはこっちのセリフ。喉元まで出かかった言葉を僕は飲み込む。アリスはまだ子供だ。難しすぎたのだろう。
「いや、だから、僕はもうキレイル家の人間じゃないんだ。それは分かるね?」
「はい」
「と言うことは、アリスとも兄妹じゃなくなる。アリスは貴族で、僕は平民だ。二人は本来関わる人種じゃない。分かるだろ」
「なるほど!」
どうやらアリスは、僕とアリスが関わる理由がないことに気づいたようだ。それに僕と関わることはアリスにとってプラスにならない。
「つまりーー」
「アリスとお兄さまは結婚できるわけですね!」
ん?
んん?
聞き間違いだろうか。結婚? 誰が? 誰と?
「えっと、どういうことかな?」
理解が及ばない僕に、アリスは嬉しそうにしながら教えてくれた。
国の決まりで近親婚は禁じられている。
しかし、アリスと僕は今回の件で兄弟の縁が切れた。つまり、二人が結婚しても近親婚にはならない!はず!
という理屈らしい。
我ながら妹の頭の中が心配である。
「アリス、言いたいことは山ほどあるんだけど、一ついい?」
「はい! アリスのあんなことやそんなことまでなんでもお教えしますよ!」
「えっと、そんなことはどうでもよくてーー」
「どうでもっ!?」
「僕がキレイル家ではなくとも、血は紛れもなく繋がっているから、近親婚に含まれるのではないかな?」
見ると、アリスはわなわなと震えていた。よほどショックだったらしい。
そんなに僕と結婚したかったのかな?
そう思ったが、あれだ。
将来お父さんと結婚する!みたいな感じなのだろう。憧れと恋愛感情を区別できていないのだ。
他の男を知らないだけで、アリスも大きくなれば僕なんかと結婚したいとは言わないはずだ。
そう信じたい。信じよう。
「そんなに落ち込まないでよ、アリス。結婚はできないけどさ、遠く離れてもずっとアリスのこと応援してるからーー」
励まそうと近づいた僕の耳になにやらぶつぶつ聞こえてきた。
「あ、アリスの豊満ボディが……どうでも扱い……嘘ですよね……ありえません……ソフィアに習って男好きする身体を学び努力していますのに……それが……どうでも……アリスは……アリスはもう生きていけません……」
「そっちのショックだった!?」
応援ありがとうございます!
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