21 / 56
第四幕
第19話【飴ふらし】
しおりを挟む閻魔殿、裁きの間。今日も相変わらず多くの亡者が訪れ、審理を受けては六道の行き先を下されている。
「くあーぁ……ふぅ。今日も今日とて忙しいのう……」
「そりゃ、今この瞬間にも人や動物は死んでるし、産まれてるからな。しかたねぇだろ」
「閻魔王もお疲れのようですし、少し休廷しましょうか」
「そうじゃな。ちと仮眠させてくれ、眠うてたまらん」
「分かりました。よい頃合いで起こしに伺います」
「うむ、頼んだ。ぬしらも根を詰めすぎんようにの」
「お気遣い、痛み入ります」
そうして閻魔は欠伸をしながら席を立った。夕立が唸りながら伸びをしていると、ひょこっと真砂が顔を出した。
「よ、お疲れさん。やっと休憩か?」
「なんだ、じじいかよ」
「お前さー、あからさまに厭な顔する? いくら俺でも傷つくんだぜ。あと、じじいって呼ぶな」
「うるせぇ。たいした用もないくせにノコノコ現れやがって。実は暇人だろ、てめぇ」
「忙しい日々に殺されないよう、美人を見て英気を養ってんの。立派な用事だろ?」
「そりゃ用事じゃねぇ、サボりの言い訳だ」
まったくもっていつも通りな二人のやり取りを見て、陀津羅が笑う。
「毎週ご苦労さまですね、真砂さん。仲がよろしくて結構なことです」
「やめろ。どう見たらそんな台詞が出てくんだよ」
「あー、喧嘩するほど的な? ケンカップル的な? 良いな、それ」
「もうまじ黙れよ、お前」
じとりと睨まれるが、真砂はものともせずに夕立の机へ腰掛けた。
「ま、とりあえずお前が元気そうで良かったわ」
「なんだそれ。つか座んな、退け」
「最近、修理依頼がめっきり減ったんで、どうしたのかと思ってな。この俺サマ直々に様子見に来てやったんだ。感謝しろよ、黒闇天」
「頼んでねぇだろ、くそじじい。斬新な嫌がらせ思いついてんじゃねぇぞ」
「いい加減、そのひねくれた性格どうにかなんないの? 流石にこれを嫌がらせと思われるのは悲しいぜ」
「ふふ、お二人とも素直じゃないですねぇ。真砂さんも、意地をはらずに心配だったと言えば良いのに」
「や、やだなぁ、陀津羅ぁー! 心配なんかしてないって! やめてよ、恥ずかしいから」
「きも」
至って平和で日常的な三人の会話である。と、真砂は夕立が口の中へ放り込んでいる物に目をとめた。
「夕立よぉ、さっきからなに食ってんの?」
「飴」
「まじ? お前に飴とか似合わねー、ウケる。何味? 俺にもちょうだい」
「ったく、いちいちうるせぇな。勝手に取ってんじゃねぇよ」
真砂は興味津々で卓上から飴の袋を取り上げた。
「〝豊潤な味わい、濃厚ミルクがたっぷり広がる。あなたのおくちに、昇天のひととき──〟……」
パッケージの謳い文句を読み上げると、真砂は飴と夕立を交互に見やる。夕立は胡乱な顔で首をかたむけた。
「なんだよ」
「えっちだな」
「なに言ってんだ、お前」
「お前これ、ちゃんと見て買った? てか、自分で選んだの?」
「いや、売店の兄ちゃんに勧められた。けっこう美味いぞ、濃くて」
「濃いとか言わないで。よくこんな名前で商品化できたな……。だいぶギリギリっつーかアウトじゃね?」
「アウトってなんだよ、普通だろ」
「だってお前、よく見ろよこの商品名。『白濁甘露、鬼のミルク』って……どう見てもいやらしいだろ! えっちすぎるだろ! こんなもん目の前で転がされたら興奮しちゃうでしょうが!」
「突然でかい声出すなよ。お前の情緒不安定、いよいよ心配になってきたわ」
飴の袋を握りしめて鼻息を荒くする真砂は、夕立にずいと顔を寄せて更にまくし立てた。
「これは誘ってると取られても文句言えねぇんだぞ、夕立! 大体、こんなもん勧めてくるとか、遠回しなセクハラ受けてるって気づけよ!」
「はは。まぁ、見る人が見れば、そう取れなくもないかもしれませんねぇ」
「陀津羅まで……まったく意味わかんねぇ。セクハラってなんだよ、ただの飴だぞ」
「だからこその卑猥さがあるの! わっかんねーかなぁ。例えるなら、ちらっと着物の裾から見える足首からふくらはぎ的な? 絶対領域的な?」
「もういい、やめろ。お前が残念なのはよく分かってる」
「発想が思春期ですねぇ、真砂さんらしい」
「これで三日はヌける……! お前の身の安全のためにも飴は頂いてくぞ。んじゃ、俺は大事な用ができたから行くわ。またなー!」
呆れ返る二人をよそに、真砂は飴の袋を持ったまま立ち上がり、嵐のごとく走り去っていった。
「あ、おい……って、もう居ねぇし……。なんだったんだ、あいつ」
「ふふ……ポジティブに拗らせるとああなるんですねぇ。他にも目の色変えてる方が複数人いらっしゃいますし。たかが飴、されど飴……侮れません」
「お前もなに言ってっか分かんねぇぞ、陀津羅」
貴重な休憩を邪魔された挙句、おやつの飴を奪い取られた夕立と、黒い笑みを浮かべる陀津羅。それを遠巻きに見ていた丑生と月出は、揃って苦笑を漏らしていた。
「……なんか、夕立様って無駄に気苦労が耐えないよね……。いや、本人が気付いてないから苦労とは言わないのかな……」
「んー、あれもカリスマ性のひとつなのかなぁ。変人ホイホイだよねー」
「はぁ……。後で代わりの飴でも差し上げよう」
それからしばらく、夕立の菓子からミルク味の物が殲滅されたという。
30
お気に入りに追加
142
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
九段の郭公
四葩
BL
日本帝国、五大情報機関のひとつ、公安調査庁。
『昼行灯のお荷物庁』と笑いものにされる公安庁には、出自や経歴を一切問わず、独自に集められた精鋭集団『特別局』が存在した。
陰謀、欲望、野心うず巻く官界で、特別局きっての曲者バディが織りなす執着、溺愛、歪み愛。
濡場にはタイトルに※印有り。ご注意下さい。
この物語はフィクションです。登場する時代、人物、団体、名称等は架空であり、実在のものとは一切、関係ございません。
【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。
狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。
表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。
権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は?
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう
【注意】※印は性的表現有ります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる