79 / 84
8章
77【長門と陸奥】
しおりを挟む
広々とした座敷には品の良い調度品が並び、衣桁に掛かる羽織りから文机の硯や筆の1本に至るまで、見ただけで高級品だと分かる。
東雲が用意してくれた茶をすすりつつ、丹生は部屋を見回して感嘆した。
「さすが陸奥さんの座敷。高そうなモンばっかりなのに、上品にまとまってる。なんとなくお前んちに似てるな」
「あいつは物を見る目も一流だからね。出来ない事なんて無いんじゃないかな」
「その割に、陸奥さんはお前のこと羨ましがるじゃん。お前も陸奥さん羨むし、お前らの関係って何なの?」
朝夷は少し困ったように笑って答える。
「あいつが10年片思いしてるって話、覚えてる?」
「ああ。この前、局に来た時に言ってたな。ライバルが居るとかなんとか」
「その片恋相手が例の吉原一の太夫で、ライバルはさっきの遣手なんだよ」
「まじ!? 言われてみればあの人、初見のインパクトやばいけどよく見たらすげぇ美人だし、めっちゃ色気あったもんなぁ」
納得しつつも、丹生は首をかしげた。
「あれ? でも従業員と娼妓って、そういう関係になっちゃダメじゃなかったか?」
「まぁそうなんだけど、人の心は理屈や掟で縛れる物じゃないからね。陸奥曰く、付け入る余地も無いほど深く愛し合ってるんだそうだよ」
「へーえ、さすが吉原。何から何まで、劇的な話の宝庫ですなー」
胡座をかいて後ろ手に畳へ手を付き、何となく羨ましいような気になった。
余計な事を考えず、素直に愛し、愛されるのがどれほど幸せかは知っている。そっと朝夷を見やり、自分たちもいずれそうなれるのだろうか、と思った。
「なんでも出来る天才は愛されず、愛を怖がる男は天才になれないってか。正に天は二物を与えずだな」
「皮肉な話だよね。分かってるんだ、俺も陸奥も。自分たちがどれほど恵まれていて、どれほど愚かな高望みをしているか。それでもやっぱり、心というのは上手く動かせないのさ」
寂しげに、物憂げに言う朝夷の横顔を見て、それが人だと丹生は思った。
「でもお前、陸奥さんを妬んだり憎んだりしてないよな。普通、羨むよりそっちに傾くと思うんだけど。周防さんみたいにさぁ」
「ああ……そう言えば会ったんだったね。何もされなかった?」
丹生は絞め殺されそうになった事を思い出したが、言うのは辞めておこうと首を横に振った。
「いや。ただお前も俺も、想像以上に憎まれてるって事は分かった。で、なんでお前は陸奥さんに対して、そういう気持ちにならなかったんだ?」
「そうだね……。次元が違うと思ったからかな」
朝夷は窓の外へ顔を向けると、静かに己の幼少期を語り始めた。
◇
長門は郊外にある本家で産まれ育った。広大な敷地内には、母屋の他に茶室や離れ家がいくつかある。
元は兄弟筋や使用人の住居として使われていたが、大和も武蔵も一粒種だった事に加え、大和がほとんどの使用人を解雇したため、空き家となっていた。
そこを改築し、武蔵が抱える2人の愛人と子どもたち、残った使用人らの住まいとしたのだ。
待ち望んだ正当な血筋の男児、長門の誕生に、大和は喜ぶと共に深く安堵した。
しかし、面白くないのは最も早く子を産んだ愛人、柊子である。跡を継ぐのは周防ではなく、後に産まれた長門なのだ。
柊子は非常に負けん気が強く、野心に満ちた傲慢な女性だった。自分が長男を産めば、妻の座を得られると固く信じていた。
大和が柊子の実家に持ち掛けた話は「柊子が男児を産み、現在の妻、稜香との間に男児が産まれなかった場合、柊子を妻として迎え、その子を跡取りとする」という条件だったのだ。
だからこそ、良家の子女でありながら愛人という不名誉な立場にあまんじ、長年耐えてきたというのに、と激怒した。
長門が産まれてからというもの、武蔵は毎日のように柊子に責められ、なじられ、妻にしろと詰め寄られていた。
稜香は長門に付きっきりで全く武蔵を顧みず、娘さえ乳母に預けきりの有様だ。
既に政界で名を轟かせていた大和へのコンプレックスと、柊子による執拗なプレッシャー、妻の無関心に耐え切れず、武蔵は2人目の愛人、寧々の元へ逃げ込んだ。
寧々は公家の血筋の箱入り娘で、朗らかでやや天然な所がある、おっとりした女性だった。疲弊しきっていた武蔵は、唯一の拠り所となった寧々を溺愛し、通い詰めた。そうして産まれたのが陸奥である。
長門と陸奥は2歳差だったが、陸奥の知能指数が異様に高かったため、共に過ごす時間が多かった。
朝夷家では3歳から家庭教師がつき、学問はもちろん、武道、芸道などの情操教育をほどこし、大学までは学校に通わず、自宅学習という措置を取っている。
長門より2年後からこれを受け始めた陸奥は、到底3歳とは思えぬ早さで習得していき、4歳になる頃には6歳の長門と同等の学習を受けるほどになっていた。
共に教育を受け始めてから、長門は何においても陸奥に勝った事は無かった。それは長門だけでなく、兄弟姉妹の誰ひとりとして陸奥に敵う者は居なかった。
学問も武道も芸道も、陸奥は並外れた才知であっさりと完璧にこなし、周囲は神童と持てはやした。
長門も常人以上の成績をおさめていたが、やはり陸奥には及ばず、あるとき気付いたのだ。大和が、惜しいものを見るような視線を陸奥へ向けている事に。
長門は子どもながらにその胸中を悟った。陸奥が跡取りなら良かったのだろうと。
物心ついた頃から突っかかってきた周防と違い、長門は陸奥に嫉妬や怒りを抱いた事は無かった。それは自分が跡取りだからではなく、次元の違いを痛感していたからだ。
更に、陸奥は紛うことなき天才でありながらそれを鼻にかけず、長門を兄と慕っていた。
陸奥は母親の寧々と共に離れ家で暮らしていたが、中庭の池のほとりに1人で佇んでいる姿をよく見かけた。陸奥は長門を見かけると、必ず上品に笑って手を振り、挨拶をしてきた。
ある日の夜もそうだった。ぼんやりと灯りに照らされた池のほとりから、陸奥が手を振る。
「長門兄さん、こんばんは」
「やあ、陸奥。こんな時間に何をしてるんだ?」
「鯉を見ています」
「好きなのか?」
「いいえ。ただ、何もする事が無いので」
「寧々さんはどうしたんだ」
「父上のお相手をしています」
縁側から降り、陸奥の隣に立って共に水面を眺める。餌を貰えると思った錦鯉たちが寄ってきて、口をぱくぱくさせていた。
「なんでお前が外に出なきゃいけないんだ? 家族なんだから、一緒に居れば良いだろう」
「いえ、僕はお邪魔になるので。父上がいらっしゃると、いつも自分から出て行くんです」
長門は首をかしげる。
「なぜそんな事を? 自分の息子を邪魔だなんて、思う訳ないじゃないか」
陸奥は長門に困ったような笑みを向けた。
「父上は母と交わりにいらっしゃるんですよ。だから僕が居てはいけないんです」
長門は絶句した。この時、長門は14歳、陸奥は12歳だった。長門はまだしも、陸奥はまだそれが何かも知らなくていい歳だ。
息子にそんな気を遣わせる父も父だが、大人び過ぎている陸奥も大概だな、と長門は額に手をやり、深く溜め息をついた。
この頃にはすっかり陸奥の規格外に慣れていた長門は、苦笑しながら言った。
「あんな父を持って、お前も苦労するね」
「これくらい、なんて事はありません。長門兄さんに比べたら、僕なんて気楽なものです」
「ハハ、そうかもな。俺はお前みたいに賢くないから」
「いいえ、兄さんは凄いですよ。僕の何倍も賢明で、聡明な方です」
嫌味に聞こえるな、と思いながらも問い返す。
「なぜそう思うんだ? お前は俺より成績が良いのに」
「数字の話じゃありませんよ。兄さんはいつも辛い思いをしているのに、誰にも当たらず、馬鹿な真似もせず、等しく優しく、正しい。僕にはとても真似できません」
「それは……ただ面倒なだけだよ。周防兄さんみたいな情熱も無いし、身内で角を立てたって、良い事は無いからね」
陸奥は黙って水面を見つめ、おもむろに足元の小石を拾うと、1匹の鯉めがけてそれを投げつけた。驚いた鯉たちは水しぶきを上げて散り散りに逃げて行く。
「何してる、生き物をいじめるなよ。趣味が良くないぞ」
「ほら、やっぱり長門兄さんは正しい。あの鯉は周防兄さんです。もし僕が長門兄さんなら、必ずこうしています。きっと、アレが死ぬまで石を投げ続けるでしょうね」
綺麗な笑顔でそんな事を言う陸奥に、長門はぞっとした。その冷酷さが、祖父にそっくりだったからだ。陸奥はまさしく、先祖返りそのものだった。
「……お前が跡取りなら良かったのにと、俺はずっと思ってるよ。きっとお爺様も同じだ」
「僕に当主なんて無理ですよ。長門兄さんじゃなきゃ駄目なんです。その優しさと忍耐強さ、冷静さは、当主として完璧な資質です。僕は貴方こそ当主にふさわしいと、心から思っていますよ」
何もかも完璧な陸奥に、完璧だと言われる。なんとも居心地の悪い矛盾を感じ、長門はただ苦く笑った。
◇
「家を出るまで、陸奥とは始終そんな感じだったよ。あまりに人知を超えていて、神や仏に嫉妬しないのと同じ、と言えば近いかな」
「なるほどねぇ。つくづく、お前ん家は大変だな」
「本当に厄介だよ。朝夷家の男は、みんなどこかおかしいんだ。そのぶん女性は立派なものだと思うね」
「ああ、お姉さんにも会ったけど、格好良かったもんなぁ。いっそ女系にしちまえば良いのに。直系にこだわるのはまだ分かるけど、家父長制にこだわるのはさすがに時代遅れだろ」
「そうかもしれないね。まあ、お爺様がご存命のうちは、あの方の意向に従うしかないのさ」
実家から逃げ出した自分とは正反対な朝夷の強さは、確かに陸奥の言う通り、次期当主に相応しいのだろうなと丹生は思った。
東雲が用意してくれた茶をすすりつつ、丹生は部屋を見回して感嘆した。
「さすが陸奥さんの座敷。高そうなモンばっかりなのに、上品にまとまってる。なんとなくお前んちに似てるな」
「あいつは物を見る目も一流だからね。出来ない事なんて無いんじゃないかな」
「その割に、陸奥さんはお前のこと羨ましがるじゃん。お前も陸奥さん羨むし、お前らの関係って何なの?」
朝夷は少し困ったように笑って答える。
「あいつが10年片思いしてるって話、覚えてる?」
「ああ。この前、局に来た時に言ってたな。ライバルが居るとかなんとか」
「その片恋相手が例の吉原一の太夫で、ライバルはさっきの遣手なんだよ」
「まじ!? 言われてみればあの人、初見のインパクトやばいけどよく見たらすげぇ美人だし、めっちゃ色気あったもんなぁ」
納得しつつも、丹生は首をかしげた。
「あれ? でも従業員と娼妓って、そういう関係になっちゃダメじゃなかったか?」
「まぁそうなんだけど、人の心は理屈や掟で縛れる物じゃないからね。陸奥曰く、付け入る余地も無いほど深く愛し合ってるんだそうだよ」
「へーえ、さすが吉原。何から何まで、劇的な話の宝庫ですなー」
胡座をかいて後ろ手に畳へ手を付き、何となく羨ましいような気になった。
余計な事を考えず、素直に愛し、愛されるのがどれほど幸せかは知っている。そっと朝夷を見やり、自分たちもいずれそうなれるのだろうか、と思った。
「なんでも出来る天才は愛されず、愛を怖がる男は天才になれないってか。正に天は二物を与えずだな」
「皮肉な話だよね。分かってるんだ、俺も陸奥も。自分たちがどれほど恵まれていて、どれほど愚かな高望みをしているか。それでもやっぱり、心というのは上手く動かせないのさ」
寂しげに、物憂げに言う朝夷の横顔を見て、それが人だと丹生は思った。
「でもお前、陸奥さんを妬んだり憎んだりしてないよな。普通、羨むよりそっちに傾くと思うんだけど。周防さんみたいにさぁ」
「ああ……そう言えば会ったんだったね。何もされなかった?」
丹生は絞め殺されそうになった事を思い出したが、言うのは辞めておこうと首を横に振った。
「いや。ただお前も俺も、想像以上に憎まれてるって事は分かった。で、なんでお前は陸奥さんに対して、そういう気持ちにならなかったんだ?」
「そうだね……。次元が違うと思ったからかな」
朝夷は窓の外へ顔を向けると、静かに己の幼少期を語り始めた。
◇
長門は郊外にある本家で産まれ育った。広大な敷地内には、母屋の他に茶室や離れ家がいくつかある。
元は兄弟筋や使用人の住居として使われていたが、大和も武蔵も一粒種だった事に加え、大和がほとんどの使用人を解雇したため、空き家となっていた。
そこを改築し、武蔵が抱える2人の愛人と子どもたち、残った使用人らの住まいとしたのだ。
待ち望んだ正当な血筋の男児、長門の誕生に、大和は喜ぶと共に深く安堵した。
しかし、面白くないのは最も早く子を産んだ愛人、柊子である。跡を継ぐのは周防ではなく、後に産まれた長門なのだ。
柊子は非常に負けん気が強く、野心に満ちた傲慢な女性だった。自分が長男を産めば、妻の座を得られると固く信じていた。
大和が柊子の実家に持ち掛けた話は「柊子が男児を産み、現在の妻、稜香との間に男児が産まれなかった場合、柊子を妻として迎え、その子を跡取りとする」という条件だったのだ。
だからこそ、良家の子女でありながら愛人という不名誉な立場にあまんじ、長年耐えてきたというのに、と激怒した。
長門が産まれてからというもの、武蔵は毎日のように柊子に責められ、なじられ、妻にしろと詰め寄られていた。
稜香は長門に付きっきりで全く武蔵を顧みず、娘さえ乳母に預けきりの有様だ。
既に政界で名を轟かせていた大和へのコンプレックスと、柊子による執拗なプレッシャー、妻の無関心に耐え切れず、武蔵は2人目の愛人、寧々の元へ逃げ込んだ。
寧々は公家の血筋の箱入り娘で、朗らかでやや天然な所がある、おっとりした女性だった。疲弊しきっていた武蔵は、唯一の拠り所となった寧々を溺愛し、通い詰めた。そうして産まれたのが陸奥である。
長門と陸奥は2歳差だったが、陸奥の知能指数が異様に高かったため、共に過ごす時間が多かった。
朝夷家では3歳から家庭教師がつき、学問はもちろん、武道、芸道などの情操教育をほどこし、大学までは学校に通わず、自宅学習という措置を取っている。
長門より2年後からこれを受け始めた陸奥は、到底3歳とは思えぬ早さで習得していき、4歳になる頃には6歳の長門と同等の学習を受けるほどになっていた。
共に教育を受け始めてから、長門は何においても陸奥に勝った事は無かった。それは長門だけでなく、兄弟姉妹の誰ひとりとして陸奥に敵う者は居なかった。
学問も武道も芸道も、陸奥は並外れた才知であっさりと完璧にこなし、周囲は神童と持てはやした。
長門も常人以上の成績をおさめていたが、やはり陸奥には及ばず、あるとき気付いたのだ。大和が、惜しいものを見るような視線を陸奥へ向けている事に。
長門は子どもながらにその胸中を悟った。陸奥が跡取りなら良かったのだろうと。
物心ついた頃から突っかかってきた周防と違い、長門は陸奥に嫉妬や怒りを抱いた事は無かった。それは自分が跡取りだからではなく、次元の違いを痛感していたからだ。
更に、陸奥は紛うことなき天才でありながらそれを鼻にかけず、長門を兄と慕っていた。
陸奥は母親の寧々と共に離れ家で暮らしていたが、中庭の池のほとりに1人で佇んでいる姿をよく見かけた。陸奥は長門を見かけると、必ず上品に笑って手を振り、挨拶をしてきた。
ある日の夜もそうだった。ぼんやりと灯りに照らされた池のほとりから、陸奥が手を振る。
「長門兄さん、こんばんは」
「やあ、陸奥。こんな時間に何をしてるんだ?」
「鯉を見ています」
「好きなのか?」
「いいえ。ただ、何もする事が無いので」
「寧々さんはどうしたんだ」
「父上のお相手をしています」
縁側から降り、陸奥の隣に立って共に水面を眺める。餌を貰えると思った錦鯉たちが寄ってきて、口をぱくぱくさせていた。
「なんでお前が外に出なきゃいけないんだ? 家族なんだから、一緒に居れば良いだろう」
「いえ、僕はお邪魔になるので。父上がいらっしゃると、いつも自分から出て行くんです」
長門は首をかしげる。
「なぜそんな事を? 自分の息子を邪魔だなんて、思う訳ないじゃないか」
陸奥は長門に困ったような笑みを向けた。
「父上は母と交わりにいらっしゃるんですよ。だから僕が居てはいけないんです」
長門は絶句した。この時、長門は14歳、陸奥は12歳だった。長門はまだしも、陸奥はまだそれが何かも知らなくていい歳だ。
息子にそんな気を遣わせる父も父だが、大人び過ぎている陸奥も大概だな、と長門は額に手をやり、深く溜め息をついた。
この頃にはすっかり陸奥の規格外に慣れていた長門は、苦笑しながら言った。
「あんな父を持って、お前も苦労するね」
「これくらい、なんて事はありません。長門兄さんに比べたら、僕なんて気楽なものです」
「ハハ、そうかもな。俺はお前みたいに賢くないから」
「いいえ、兄さんは凄いですよ。僕の何倍も賢明で、聡明な方です」
嫌味に聞こえるな、と思いながらも問い返す。
「なぜそう思うんだ? お前は俺より成績が良いのに」
「数字の話じゃありませんよ。兄さんはいつも辛い思いをしているのに、誰にも当たらず、馬鹿な真似もせず、等しく優しく、正しい。僕にはとても真似できません」
「それは……ただ面倒なだけだよ。周防兄さんみたいな情熱も無いし、身内で角を立てたって、良い事は無いからね」
陸奥は黙って水面を見つめ、おもむろに足元の小石を拾うと、1匹の鯉めがけてそれを投げつけた。驚いた鯉たちは水しぶきを上げて散り散りに逃げて行く。
「何してる、生き物をいじめるなよ。趣味が良くないぞ」
「ほら、やっぱり長門兄さんは正しい。あの鯉は周防兄さんです。もし僕が長門兄さんなら、必ずこうしています。きっと、アレが死ぬまで石を投げ続けるでしょうね」
綺麗な笑顔でそんな事を言う陸奥に、長門はぞっとした。その冷酷さが、祖父にそっくりだったからだ。陸奥はまさしく、先祖返りそのものだった。
「……お前が跡取りなら良かったのにと、俺はずっと思ってるよ。きっとお爺様も同じだ」
「僕に当主なんて無理ですよ。長門兄さんじゃなきゃ駄目なんです。その優しさと忍耐強さ、冷静さは、当主として完璧な資質です。僕は貴方こそ当主にふさわしいと、心から思っていますよ」
何もかも完璧な陸奥に、完璧だと言われる。なんとも居心地の悪い矛盾を感じ、長門はただ苦く笑った。
◇
「家を出るまで、陸奥とは始終そんな感じだったよ。あまりに人知を超えていて、神や仏に嫉妬しないのと同じ、と言えば近いかな」
「なるほどねぇ。つくづく、お前ん家は大変だな」
「本当に厄介だよ。朝夷家の男は、みんなどこかおかしいんだ。そのぶん女性は立派なものだと思うね」
「ああ、お姉さんにも会ったけど、格好良かったもんなぁ。いっそ女系にしちまえば良いのに。直系にこだわるのはまだ分かるけど、家父長制にこだわるのはさすがに時代遅れだろ」
「そうかもしれないね。まあ、お爺様がご存命のうちは、あの方の意向に従うしかないのさ」
実家から逃げ出した自分とは正反対な朝夷の強さは、確かに陸奥の言う通り、次期当主に相応しいのだろうなと丹生は思った。
11
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
つまりは相思相愛
nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。
限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。
とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。
最初からR表現です、ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる