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6章
61【禍福無門】
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丹生が拉致されてから、ちょうど1週間が経った日、特別局に重大な情報が入った。オフィスはにわかに慌ただしくなり、アグリ班の緊急会議が開かれることとなった。騒つく室内に阿久里の声が響き渡る。
「外出以外の者は揃ったか? 今回は俺が議長を務める」
皆が着席したのを確認すると、阿久里は大きく息を吸って会議内容に移った。
「先ほど国防省から連絡が入った。横浜港沖にて、以前、我々が潜入をおこなったG社の客船〝凛風〟と同様のものと思われる船を発見。登録名義はO社。このO社は璃弊のフロント企業のひとつだと判明した」
棗が軽く手を挙げて質問を投げた。
「それは正式に船舶登録された物か?」
「ああ。入港許可も正規の手段で取られていた」
はて、と辻が首を傾げる。
「璃弊との癒着は確認済みだが、なんで名義がO社に変わってるんだ?」
「G社は例のパーティ後、O社によって株のほとんどを安価で買い叩かれていた。現在、G社の筆頭株主はO社だ。まだ正式発表されていないが、G社は事実上、倒産している」
「あんな大企業が、この短期間で? 普通じゃ有り得ない話だな」
辻が皮肉めいた笑みを浮かべて言うと、阿久里は顎を引いて答えた。
「華国で任務中だった外務省の分析官に確認してもらったところ、G社の社長だった陳偉は何ヶ月も前に辞任していた。いや、させられたと言ったほうが正しいな。恐らく、我々に情報を掴まれた責任を取らされたんだろう」
「だろうな。で、その船は黒なのか?」
「ああ。今朝、本船から小型船へ移る王が、衛星カメラで確認されたらしい。もうすぐ当該映像がこちらにも届く。現在、奪還作戦が進行中だ」
阿久里の言葉に、朝夷以外の全員が眉をひそめる。
「進行中? どういうことだ」
「俺達もすぐ横浜へ向かうべきじゃないのか?」
「なぜ我々に計画の詳細が来ていないんだ」
「説明しろ、阿久里」
話が見えずに気色ばむ面々に、阿久里は険しい顔で答えた。
「……本作戦は防衛省に一任されている。作戦が終了するまで、俺たちにも極秘だそうだ」
「防衛省に一任だと?」
「一体なぜ……」
愕然とする神前と、訝しげに呟く小鳥遊に、阿久里は苦々しく説明する。
「すでに璃津の身元が割れていたことと、拉致されたのが任務中だったことで、内閣情報調査室はうちのセキュリティと内通者を警戒し、外部へ完全委託したんだ。俺だって腹は立つが、向こうの言い分にも一理あるのは確かだ。有り得ないと思っているが、撥ね付けるだけの根拠が無いからな……」
「──……」
全員が言葉を飲み込む。言いたいことは山ほどあるが、口を開いたところで意味が無いと分かっているからだ。外部から見れば、まず身内を疑うのは当然だろう。
「経過は追って報告する。みんな通常業務へ戻ってくれ。では、解散」
重苦しい空気を引きずったまま、会議は終了した。室内に阿久里と朝夷の2人だけになると、朝夷が端末を見ながら声を上げた。
「部長が現着したそうだ。俺も今から向かうが、お前も来るか?」
「……いえ。部長不在の今、俺までここを空けられないので、残ります……」
「そうか。まあ、椎奈の手前、行かないほうが良いだろうな」
「……どうしてそう冷静でいられるのか、俺には理解できない……。あんた、本当にあいつを大切に思ってるのか?」
忌々しげな阿久里の言葉に、朝夷は短い笑声を立てた。
「まったく、どいつもこいつも同じことばかり言いやがって、うんざりするね。ちょっとした情報で怒ったり悲しんだり、いちいち騒ぎ立てて何になるのか、俺のほうが理解できないよ」
嘲るような物言いに、阿久里は思い切り朝夷を睨みつける。すんでのところで怒鳴るのをこらえた阿久里へ歩み寄ると、朝夷は低い声で囁いた。
「俺がどうにかなるのは、あの子が確実に死んだと判ってからさ」
「──……」
阿久里はその目と声の暗さに、ぞわりと総毛立った。とんだ勘違いをしていた。朝夷は最初から、決して冷静などではなかったのだ。静かに起爆を待つ爆弾のような、いつ噴火するか分からぬ火口を見ているような、にぶい恐怖が込み上げる。
立ちすくむ阿久里の肩を軽く叩き、朝夷は会議室を後にした。
◇
しんと静まり返った室内で、丹生はベッドに大の字になってぼんやり天井を見つめていた。相変わらず耳が痛くなるほどの静寂だ。王はまた仕事の呼び出しがあったらしく、小一時間ほど前から出掛けている。
いい加減、無音の空間にも飽きてきたし、王が帰って来たら音楽が聴ける物でも頼んでみようと思っていた、その時。
丹生の耳が微かな警報音を聞き取った。これでも聴覚には自信があるほうだ。ベッドから飛び降り、出入口の鉄扉にぴったりと耳をつける。かなり遮音されているものの、外で鳴り響くアラームが確かに聞こえる。
丹生は腹の底から希望が湧き上がるのを感じた。期待しすぎないよう自制しつつ、それでも助けが来たのかもしれないという喜びは抑えきれない。
しかし、いつまでたっても聞こえるのは警報の音だけだった。人の声や足音は、一切しない。あまりの静かさに、外は自分が期待する状況ではないかもしれないと思い始めた。単に設備の故障かもしれないし、こことはまったく関係ない音かもしれない。
丹生の心が再び暗く沈みかけた時、部屋から少し離れたところで爆発音が聞こえた。続いて複数の銃声が響き、華国語らしき怒号と慌ただしい足音が部屋の前を行き来する。やはり、間違いなく何かがこの場所で起きていると確信し、丹生は歓喜に顔を綻ばせた。
すると、張り付いていたドアの隙間から薄く白い煙が入ってきた。
「……ッ」
丹生は慌ててドアから飛び退いた。僅かに浴びてしまった煙で、目と喉が激しく痛み、咳き込む。先ほどの爆発音は催涙弾だったらしい。
口と鼻をローブの袖でおおって部屋の奥に下がり、姿勢を低くする。壁はかなり厚いようだが、万が一、流れ弾が貫通しないとも限らない。外の銃撃戦はますます近く、激しくなっており、銃声と何かが壁にぶつかるような音が、部屋の中まで聞こえてくる。
そうして身を屈めて待つこと数十分。ついにドアが開き、ガスマスクを着けて武装した男たちがなだれ込んできた。部屋全体の安全確認を終えると、マスクを取りながら黒髪短髪の男が駆け寄ってきた。
「丹生 璃津さんですね?」
首を縦に振りながら「はい」と答え、顔を上げた丹生は男を見て僅かに驚いた。
「……あれ? 貴方は、さっき掃除に来た人じゃ……?」
「ええ、華国軍の者です。味方ですから安心してください」
清掃に来た男は王の部下ではなく、潜入していた華国軍だったのだ。そうと分かれば、あの違和感にも説明がつく。
「対象を発見、保護しました! 無傷です!」
男が報告の声を張ると、開け放たれた鉄扉からふらりと女性が入ってきた。
「有難う、黄上尉。あとは私がやるから、撤収作業に移って良いよ。この借りは必ず返すから」
「とんでもない! お力になれて光栄です!」
男はピシッと敬礼して立ち去り、入れ代わりに女性が歩み寄ってきた。武装した屈強な男たちがうろつく中、場違いなほど細身で小柄な体を黒いパンツスーツに包み、ワインレッドのウェーブボブヘアが艶やかに照明を反射している。
「初めまして、丹生調査官。防衛省、特殊任務課の者です」
「特殊、任務課……?」
丹生が首を捻っていると、女性は屈託なく笑って続けた。
「ご存知ないのも無理はありません。我々の存在は、政府の中でも極秘ですので。私は特殊任務課3係、四之宮 明紗2等陸佐です。一帯は制圧しましたから、もう安全ですよ」
そう言って陸上自衛隊の身分証を見せられる。耳にはいくつもピアスが並び、綺麗に整えられたボルドーのグラデーションネイルがよく似合っていた。可愛らしい顔立ちに人懐っこい笑顔で若く見えるが、所作や声音は大人びて非常に落ち着いている。
丹生は初めて聞く組織と、四之宮の派手な外見に呆気に取られていたが、やがてじわじわと安堵が込み上げ、目頭が熱くなってくる。
四之宮は身分証をスーツの内ポケットへ戻し、代わりに通信機を取り出すと何やら短く指示を出してから丹生へ差し出した。
「どうぞ。今、そちらの調査部長さんと繋がっています」
「えっ……」
丹生が通信機を受け取ると、酷く懐かしい声が響いてきた。
【璃津か?】
「……更科、さん?」
【そうだ、俺だ】
「ああ……良かった。無事だったんだね」
【馬鹿、それはこっちの台詞だろ。早く帰ってこい】
「うん、すぐ帰る」
ほっと息をついて通信機を返すと、四之宮が穏やかに問いかけてきた。
「これで信用して頂けましたか?」
「あ……そのために、わざわざ通信を……?」
「まぁ、念のためです。それに、こんな所に何日も閉じ込められて、さぞ寂しかったでしょう。お知り合いと話せたら、少しは安心できるかと思いまして」
そう言って優しく笑う四之宮に、再び涙が滲みかける。自分はこんなに涙腺がもろかっただろうかと情けなくなる反面、まだ人間らしさが残っていたことに驚いた。
追い詰められて見える真理もあるんだな、と丹生が感極まりかけていると、出入口から派手なオレンジ色の頭をした男が、のこっと顔を出した。
「班長ぉー、まだ出れねぇの? そろそろ外野がうるさくなってきたぜぇ」
「分かってるって。まったく、みんなせっかちだなぁ。彼は斑鳩 将生3等海佐、ああ見えてそれなりに腕の立つ部下です。合流まで私たちが護衛しますね」
四之宮に紹介された斑鳩は、一応、下は黒のスラックスだが、上は派手な柄シャツ1枚という姿で小銃を握っている。耳や首、腕にジャラジャラとアクセサリーをつけており、四之宮以上に奇抜で場違いだった。長身で引き締まった体つきだが、ヘラヘラと軽薄そうに笑って手を振っている。
「どーも、特別局サン。短い間だけどよろしくー」
「よ、よろしくお願いします……」
「では行きましょうか。外に出るまでは、あまり周囲を見ないほうが良いかも知れません。まだ制圧後の処理が済んでいないので」
要するに、ここを1歩出たら惨状だということだろう。丹生は冷や汗を滲ませつつ、こくりと頷いた。
そうして四之宮と斑鳩に付き添われ、丹生は数日ぶりに陽の光を浴びることとなったのだ。
「外出以外の者は揃ったか? 今回は俺が議長を務める」
皆が着席したのを確認すると、阿久里は大きく息を吸って会議内容に移った。
「先ほど国防省から連絡が入った。横浜港沖にて、以前、我々が潜入をおこなったG社の客船〝凛風〟と同様のものと思われる船を発見。登録名義はO社。このO社は璃弊のフロント企業のひとつだと判明した」
棗が軽く手を挙げて質問を投げた。
「それは正式に船舶登録された物か?」
「ああ。入港許可も正規の手段で取られていた」
はて、と辻が首を傾げる。
「璃弊との癒着は確認済みだが、なんで名義がO社に変わってるんだ?」
「G社は例のパーティ後、O社によって株のほとんどを安価で買い叩かれていた。現在、G社の筆頭株主はO社だ。まだ正式発表されていないが、G社は事実上、倒産している」
「あんな大企業が、この短期間で? 普通じゃ有り得ない話だな」
辻が皮肉めいた笑みを浮かべて言うと、阿久里は顎を引いて答えた。
「華国で任務中だった外務省の分析官に確認してもらったところ、G社の社長だった陳偉は何ヶ月も前に辞任していた。いや、させられたと言ったほうが正しいな。恐らく、我々に情報を掴まれた責任を取らされたんだろう」
「だろうな。で、その船は黒なのか?」
「ああ。今朝、本船から小型船へ移る王が、衛星カメラで確認されたらしい。もうすぐ当該映像がこちらにも届く。現在、奪還作戦が進行中だ」
阿久里の言葉に、朝夷以外の全員が眉をひそめる。
「進行中? どういうことだ」
「俺達もすぐ横浜へ向かうべきじゃないのか?」
「なぜ我々に計画の詳細が来ていないんだ」
「説明しろ、阿久里」
話が見えずに気色ばむ面々に、阿久里は険しい顔で答えた。
「……本作戦は防衛省に一任されている。作戦が終了するまで、俺たちにも極秘だそうだ」
「防衛省に一任だと?」
「一体なぜ……」
愕然とする神前と、訝しげに呟く小鳥遊に、阿久里は苦々しく説明する。
「すでに璃津の身元が割れていたことと、拉致されたのが任務中だったことで、内閣情報調査室はうちのセキュリティと内通者を警戒し、外部へ完全委託したんだ。俺だって腹は立つが、向こうの言い分にも一理あるのは確かだ。有り得ないと思っているが、撥ね付けるだけの根拠が無いからな……」
「──……」
全員が言葉を飲み込む。言いたいことは山ほどあるが、口を開いたところで意味が無いと分かっているからだ。外部から見れば、まず身内を疑うのは当然だろう。
「経過は追って報告する。みんな通常業務へ戻ってくれ。では、解散」
重苦しい空気を引きずったまま、会議は終了した。室内に阿久里と朝夷の2人だけになると、朝夷が端末を見ながら声を上げた。
「部長が現着したそうだ。俺も今から向かうが、お前も来るか?」
「……いえ。部長不在の今、俺までここを空けられないので、残ります……」
「そうか。まあ、椎奈の手前、行かないほうが良いだろうな」
「……どうしてそう冷静でいられるのか、俺には理解できない……。あんた、本当にあいつを大切に思ってるのか?」
忌々しげな阿久里の言葉に、朝夷は短い笑声を立てた。
「まったく、どいつもこいつも同じことばかり言いやがって、うんざりするね。ちょっとした情報で怒ったり悲しんだり、いちいち騒ぎ立てて何になるのか、俺のほうが理解できないよ」
嘲るような物言いに、阿久里は思い切り朝夷を睨みつける。すんでのところで怒鳴るのをこらえた阿久里へ歩み寄ると、朝夷は低い声で囁いた。
「俺がどうにかなるのは、あの子が確実に死んだと判ってからさ」
「──……」
阿久里はその目と声の暗さに、ぞわりと総毛立った。とんだ勘違いをしていた。朝夷は最初から、決して冷静などではなかったのだ。静かに起爆を待つ爆弾のような、いつ噴火するか分からぬ火口を見ているような、にぶい恐怖が込み上げる。
立ちすくむ阿久里の肩を軽く叩き、朝夷は会議室を後にした。
◇
しんと静まり返った室内で、丹生はベッドに大の字になってぼんやり天井を見つめていた。相変わらず耳が痛くなるほどの静寂だ。王はまた仕事の呼び出しがあったらしく、小一時間ほど前から出掛けている。
いい加減、無音の空間にも飽きてきたし、王が帰って来たら音楽が聴ける物でも頼んでみようと思っていた、その時。
丹生の耳が微かな警報音を聞き取った。これでも聴覚には自信があるほうだ。ベッドから飛び降り、出入口の鉄扉にぴったりと耳をつける。かなり遮音されているものの、外で鳴り響くアラームが確かに聞こえる。
丹生は腹の底から希望が湧き上がるのを感じた。期待しすぎないよう自制しつつ、それでも助けが来たのかもしれないという喜びは抑えきれない。
しかし、いつまでたっても聞こえるのは警報の音だけだった。人の声や足音は、一切しない。あまりの静かさに、外は自分が期待する状況ではないかもしれないと思い始めた。単に設備の故障かもしれないし、こことはまったく関係ない音かもしれない。
丹生の心が再び暗く沈みかけた時、部屋から少し離れたところで爆発音が聞こえた。続いて複数の銃声が響き、華国語らしき怒号と慌ただしい足音が部屋の前を行き来する。やはり、間違いなく何かがこの場所で起きていると確信し、丹生は歓喜に顔を綻ばせた。
すると、張り付いていたドアの隙間から薄く白い煙が入ってきた。
「……ッ」
丹生は慌ててドアから飛び退いた。僅かに浴びてしまった煙で、目と喉が激しく痛み、咳き込む。先ほどの爆発音は催涙弾だったらしい。
口と鼻をローブの袖でおおって部屋の奥に下がり、姿勢を低くする。壁はかなり厚いようだが、万が一、流れ弾が貫通しないとも限らない。外の銃撃戦はますます近く、激しくなっており、銃声と何かが壁にぶつかるような音が、部屋の中まで聞こえてくる。
そうして身を屈めて待つこと数十分。ついにドアが開き、ガスマスクを着けて武装した男たちがなだれ込んできた。部屋全体の安全確認を終えると、マスクを取りながら黒髪短髪の男が駆け寄ってきた。
「丹生 璃津さんですね?」
首を縦に振りながら「はい」と答え、顔を上げた丹生は男を見て僅かに驚いた。
「……あれ? 貴方は、さっき掃除に来た人じゃ……?」
「ええ、華国軍の者です。味方ですから安心してください」
清掃に来た男は王の部下ではなく、潜入していた華国軍だったのだ。そうと分かれば、あの違和感にも説明がつく。
「対象を発見、保護しました! 無傷です!」
男が報告の声を張ると、開け放たれた鉄扉からふらりと女性が入ってきた。
「有難う、黄上尉。あとは私がやるから、撤収作業に移って良いよ。この借りは必ず返すから」
「とんでもない! お力になれて光栄です!」
男はピシッと敬礼して立ち去り、入れ代わりに女性が歩み寄ってきた。武装した屈強な男たちがうろつく中、場違いなほど細身で小柄な体を黒いパンツスーツに包み、ワインレッドのウェーブボブヘアが艶やかに照明を反射している。
「初めまして、丹生調査官。防衛省、特殊任務課の者です」
「特殊、任務課……?」
丹生が首を捻っていると、女性は屈託なく笑って続けた。
「ご存知ないのも無理はありません。我々の存在は、政府の中でも極秘ですので。私は特殊任務課3係、四之宮 明紗2等陸佐です。一帯は制圧しましたから、もう安全ですよ」
そう言って陸上自衛隊の身分証を見せられる。耳にはいくつもピアスが並び、綺麗に整えられたボルドーのグラデーションネイルがよく似合っていた。可愛らしい顔立ちに人懐っこい笑顔で若く見えるが、所作や声音は大人びて非常に落ち着いている。
丹生は初めて聞く組織と、四之宮の派手な外見に呆気に取られていたが、やがてじわじわと安堵が込み上げ、目頭が熱くなってくる。
四之宮は身分証をスーツの内ポケットへ戻し、代わりに通信機を取り出すと何やら短く指示を出してから丹生へ差し出した。
「どうぞ。今、そちらの調査部長さんと繋がっています」
「えっ……」
丹生が通信機を受け取ると、酷く懐かしい声が響いてきた。
【璃津か?】
「……更科、さん?」
【そうだ、俺だ】
「ああ……良かった。無事だったんだね」
【馬鹿、それはこっちの台詞だろ。早く帰ってこい】
「うん、すぐ帰る」
ほっと息をついて通信機を返すと、四之宮が穏やかに問いかけてきた。
「これで信用して頂けましたか?」
「あ……そのために、わざわざ通信を……?」
「まぁ、念のためです。それに、こんな所に何日も閉じ込められて、さぞ寂しかったでしょう。お知り合いと話せたら、少しは安心できるかと思いまして」
そう言って優しく笑う四之宮に、再び涙が滲みかける。自分はこんなに涙腺がもろかっただろうかと情けなくなる反面、まだ人間らしさが残っていたことに驚いた。
追い詰められて見える真理もあるんだな、と丹生が感極まりかけていると、出入口から派手なオレンジ色の頭をした男が、のこっと顔を出した。
「班長ぉー、まだ出れねぇの? そろそろ外野がうるさくなってきたぜぇ」
「分かってるって。まったく、みんなせっかちだなぁ。彼は斑鳩 将生3等海佐、ああ見えてそれなりに腕の立つ部下です。合流まで私たちが護衛しますね」
四之宮に紹介された斑鳩は、一応、下は黒のスラックスだが、上は派手な柄シャツ1枚という姿で小銃を握っている。耳や首、腕にジャラジャラとアクセサリーをつけており、四之宮以上に奇抜で場違いだった。長身で引き締まった体つきだが、ヘラヘラと軽薄そうに笑って手を振っている。
「どーも、特別局サン。短い間だけどよろしくー」
「よ、よろしくお願いします……」
「では行きましょうか。外に出るまでは、あまり周囲を見ないほうが良いかも知れません。まだ制圧後の処理が済んでいないので」
要するに、ここを1歩出たら惨状だということだろう。丹生は冷や汗を滲ませつつ、こくりと頷いた。
そうして四之宮と斑鳩に付き添われ、丹生は数日ぶりに陽の光を浴びることとなったのだ。
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