58 / 84
6章
56【呉越同舟・閑話】
しおりを挟む
自宅の鍵を開け、玄関に入る。灯りを付けたそこに、自分以外の誰かが入った形跡はない。リビングにもキッチンにも、誰も居ない。ひと通り室内を確認し終えた更科は、落胆しつつダイニングのドアを後ろ手に閉めた。
数ヶ月前まで、当たり前の風景だった。独りでいることには慣れていたはずなのに、酷く空虚な気持ちにさせられる。
どちらが先に帰ろうと、夕飯はほぼ毎日、一緒に取り、時間がずれても必ず共にベッドで眠る。そんな生活が、いつの間にか当たり前になっていた。
ソファへ座れば、テレビを見ながらそのまま寝ている姿が。ダイニングの椅子に座れば、向かいに屈託の無い笑顔を浮かべる姿が、今も鮮明に蘇る。
洗面所の歯ブラシ、浴室のシャンプー、クローゼットの服、帽子、アクセサリー。この部屋には、姿無き彼の気配が充満している。
顔が見たい、声が聞きたい、肌に触れたい、抱き合って眠りたい。それが叶わないのなら、せめて無事でいて欲しい。なぜ彼なのか。なぜ今なのかと、何度思ったか分からない。
今、どこでどんな目にあっているのか、なるべく考えないようにしていた。嫌でも想像がつくからだ。
皮肉なもので、この仕事は優秀であればあるほど、その身に負うリスクは高くなる。籠絡したターゲットに追い回されることなど、まだマシなほうだ。そう頭で理解していても、割り切るのは容易ではない。
これは任務のための犠牲ではない。仕方がないと切り捨てることなど、到底できないのだ。必ず見つける、どんな手を使っても。
更科の社用携帯が鳴った。ディスプレイに表示された朝夷の名に、溜め息をつきながら通話ボタンを押す。
「……こんな時間になんだ」
【うわー、思いっきり不機嫌ですねぇ。嫌なら出なきゃ良いのに】
「出ると分かってて掛けてきてるだろ。で、なに」
【意気消沈してる部長様のご機嫌うかがい】
「機嫌なら悪い。用が無いなら切るぞ」
【冗談です。これでもパイプ役頼まれてるんでね、報告ですよ】
「なら無駄口叩いてないでさっさと済ませろ」
【国防省は衛星探索と監視カメラ映像の解析、外務省は上海で情報収集、マトリは逢坂たちに張り付いてる】
「要するに進展無しか」
【せめて鋭意捜索中と言ってほしいな。これでも使える戦力は総動員なんですよ?】
「そうかよ」
【で、ひとつ頼みがあるんですが、入管に古傷もとい古馴染みが居るでしょう】
「嫌な言い方すんじゃねぇよ。入国者リストか?」
【さすが、話が早い】
「もうやった、収穫無しだ。璃弊関係の人物を探させてるが、華国人入国者は多すぎて絞り込むのが難しい」
【ああ、仕事も早いですね。まぁ、出来ることはやっておきたくて。頼むまでも無かったみたいですけど】
更科は、ふんと鼻を鳴らして話題を変えた。
「ところでお前の兄貴、くそほど厄介だな。どうにかなんねぇのかよ。お陰で頼みの綱の中央センターが使えねぇじゃねぇか」
【どうにか出来たらしてますよ、とっくにね。アレはもう居ないものとして扱うより他に無いんです。だから国防省に衛星頼んでるんじゃないですか】
「無理だろ。横槍入れてんのあいつだぞ。お前んとこのお家騒動なんざ、さらさら興味ねぇが、ここまで来ると無視するにも限界がある」
【だったら部長がどうにかして下さい。俺が出張ると火に油ですから。この前やったみたいに脅しかけるなり、裏取り引きするなり、どうぞご自由に。まぁ、あの人に通用するとは思えませんけどね】
「ったく……何でもお見通しかよ、腹立つな」
【あの子に関する情報は、ひとつも漏らさないのが俺の信念なもので。だから、今回の件は完全に俺の落ち度です。1人で行かせるべきじゃなかった。判断ミスでした、申し訳ありません】
話の後半から低く、真剣な声音に変わったのを聞き届け、更科は深く紫煙を吐いて言った。
「……お前、みょうに落ち着いてるな。しおらしくて気持ち悪ぃ」
【それ、椎奈にも似たようなこと言われましたよ。やれやれ、みんな俺にどんなイメージ持ってるんだか】
「12年もベッタリ背後霊みたいに張り付いてるくせに。冷静になれないほうが健全なんだよ」
【こんな仕事をしている以上、リスクは承知しています。あの子が自分を犠牲にする性格なのも、よく知ってる。だからこそ、部長だってあの子が可愛くて、守ってやりたくてたまらないんでしょう?】
「知ったような口をきくな、くそがきめ」
【まぁでも、俺と貴方は今、似たような心境だと思うんですけどね】
更科は呆れと少しの嘲りを含んだ息を吐いた。
「誰が。お前みたいなサイコパスの心境なんて知るか」
【本当、そういうひねくれた所はそっくりだ。似た者同士だからこそ惹かれたんですかね、貴方は】
「さあな」
2人ともたっぷり一呼吸分は黙ってから、柔らかくも物悲しい声音で朝夷が呟く。
【……ねえ、更科さん】
「なんだよ」
【万が一、あの子が無事に戻らなかったら、俺たちはどうなるんでしょうね】
「……馬鹿なこと言ってないでさっさと寝ろ。じゃあな」
一方的に通話を終えると、テーブルへ携帯を放り投げた。
「どうなるも何も……」
どうにもならない。彼が居なくなったところで、世界は回り続ける。国も組織も、何も変わらない。
朝夷は精神面を問うたのだろうが、今の時点で答えは出ない。出せないのだ。
彼をこの世界に引きずり込んだ張本人は自分だ。守りきれなかったなんて結末は、想像もしたくない。
きっと、変わるのは自分だろうと解っている。何事も無かったように生きていくのは、恐らく不可能だ。あんなことを聞いてくる辺り、朝夷も同じなのだろう。平静を装っていながら、その実、最も心中穏やかではない2人なのだ。
「こんなことで共通認識なんざ、冗談じゃねぇ……」
小さく毒と紫煙を吐き、更科は煙草を揉み消した。
◇
閑話
【年下彼氏】
──俺の恋人はとんでもなく美人で愛嬌も抜群だ。
気まぐれで我儘だが、仲間うちでは人気者だ。好かれ過ぎて、目の色が違う奴まで居るのには困りものだが仕方ない。仕事もできるし、上からの評判もすこぶる良い。
ただひとつ、難点をあげるとすれば……──
「またソファで寝落ちてんのか、こいつは」
「……ぅう……んー……」
「またテレビつけっぱなしだし。今度はなに見て……」
100インチの大画面に、虫食や人体解体ショー、腐乱死体など、過激衝撃映像がたれ流されている。悪寒と吐き気に襲われ、即座にテレビの電源をオフにした。
「あー……更科さん、おかえりー」
「……おう……ただいま……」
「ふぁーあ……また途中で寝ちゃったよぉ。いつまで経っても最後まで見れないな」
「……お前これ……なに見てた……?」
丹生は大きく伸びと欠伸をしながら、背後の更科を振り仰ぐ。
「ん? 辻がダークウェブで拾ってきてくれた動画。面白いんだけど、いかんせんノンフィクションで緩急に欠けるから、いつも寝落ちしちゃうんだよね」
(面白い!? 変な虫食ってたり、人体切り刻んでたり、ウジ虫たかってる死体が面白いだと!? 嘘だろ、おい。品性どうなってんだ? つーかコレ、完全に違法動画じゃねぇか!)
「どうしたの、渋い顔して。あ、もしかしてお腹空いてる? ご飯の準備するから、手ぇ洗ってきなよ」
「あ、ああ……」
「……ちょっと、なんでキッチンで洗うの? 動きにくいから洗面所でやってよ」
「……メシの支度、手伝おうと思ってな……」
「えー、疲れてるでしょ? 座ってて良いのに」
「良いんだよ、したいから」
やや強引に居座る更科に、丹生は腰に手を当てて眉をひそめた。
「なに、まさかまだ俺が作るの不安なの? こう見えて普通に出来るって、いい加減に認めようぜー。認めたくない気持ちは分かるけれども」
「違うわ。お前のメシが美味いのは充分、分かってるっつーの」
(ただ……虫食ってる動画なんて好んで見てるの知っちまったら、流石にな……。いや、みょうなモンは入ってないって信じてるけど……でもやっぱ怖いわ)
「あ、じゃあ先にお風呂行ってくれば? その間にちゃちゃっと作るからさ」
「……今日は一緒に風呂入らねぇか? 一緒にメシ作って食って、ひと休みしてからな。どうだ、嫌か?」
「良いけど、そんなに共同作業したがるなんて珍しいね。なんかあった?」
「な、なんもねぇよ。なんとなくで悪いか」
「いや、悪くないよ。なんか今日の更科さん、可愛いね」
(言えねぇ……。お前のメシが衛生的に不安だなんて、絶対、言えねぇ……)
──俺の恋人は超絶美人だし素直で可愛い。
ただ、過激なアングラ映像を好む趣味には、まだ理解が及んでいない……──
◇
【年上彼氏】
──暫定彼氏は凄く格好良くて、頭良くて、なにより偉い。愛想は皆無でハラスメントの常習犯で、部下からの評判は最悪もいいところだけど、そこがまた良い。
彼は趣味や私事に干渉してこない。帰りが遅くなっても、あれこれ聞いてくることはない──
とある日。
「ただいまー」
「おかえり、璃津。美術展は満喫できたか?」
「ああ、うん。綺麗だったなー、オートクチュール。暗すぎてあんまよく見えなかったけど」
「しょうがねぇよ、保全のためだろ。メシ出来てるぞ」
「わーい、今夜はなにかなー」
またとある日。
「ふぃー、ただいまー」
「おかえり。初めてだったんだろ? ロイヤルヘボウのコンサート」
「うん! いやもう、ホント最高だったよ! さすが世界最高峰の演奏って感じで、圧巻だった!」
「しかし、椎奈とこれほど仲良くなるとは驚きだわ。アイツにとっちゃ、初めてのお友達ってやつなんじゃねぇの」
「うんうん、椎奈さんとのディナーも楽しかったぁー。でも、流石に初めてってのは言い過ぎ……って、ん? あれ?」
「なんだ、どうかしたか」
「い、いやぁ? なんでもないよ……」
またまたある日。
「たーだいまー……」
「おかえり。今日はだいぶ疲れたんじゃねぇか?」
「んー……ちょっとだけね。寝不足かなー」
「メンツが悪いんだよ。阿久里は神前が苦手だからな」
「はぁ、やっぱそうなのかな。確かにちょっとキツいとこあるけど、根は良いやつなのに……な……?」
「何してんだ、突っ立ってないで座れ。メシ食ってきたんだろ。コーヒーいれてやるよ」
「……アリガトウゴザイマス……」
(ひと言も伝えてないアフターファイブが、完全に把握されている……。場所からメンツ、何してきたかまで詳細に……)
──暫定彼氏は凄く格好良くて偉い。私事に干渉しないし、帰りが遅くなっても怒らない。
なぜならGPSの監視や盗聴により、すべて筒抜けだから。慣れるにはもう少し、時間が必要かもしれない……──
数ヶ月前まで、当たり前の風景だった。独りでいることには慣れていたはずなのに、酷く空虚な気持ちにさせられる。
どちらが先に帰ろうと、夕飯はほぼ毎日、一緒に取り、時間がずれても必ず共にベッドで眠る。そんな生活が、いつの間にか当たり前になっていた。
ソファへ座れば、テレビを見ながらそのまま寝ている姿が。ダイニングの椅子に座れば、向かいに屈託の無い笑顔を浮かべる姿が、今も鮮明に蘇る。
洗面所の歯ブラシ、浴室のシャンプー、クローゼットの服、帽子、アクセサリー。この部屋には、姿無き彼の気配が充満している。
顔が見たい、声が聞きたい、肌に触れたい、抱き合って眠りたい。それが叶わないのなら、せめて無事でいて欲しい。なぜ彼なのか。なぜ今なのかと、何度思ったか分からない。
今、どこでどんな目にあっているのか、なるべく考えないようにしていた。嫌でも想像がつくからだ。
皮肉なもので、この仕事は優秀であればあるほど、その身に負うリスクは高くなる。籠絡したターゲットに追い回されることなど、まだマシなほうだ。そう頭で理解していても、割り切るのは容易ではない。
これは任務のための犠牲ではない。仕方がないと切り捨てることなど、到底できないのだ。必ず見つける、どんな手を使っても。
更科の社用携帯が鳴った。ディスプレイに表示された朝夷の名に、溜め息をつきながら通話ボタンを押す。
「……こんな時間になんだ」
【うわー、思いっきり不機嫌ですねぇ。嫌なら出なきゃ良いのに】
「出ると分かってて掛けてきてるだろ。で、なに」
【意気消沈してる部長様のご機嫌うかがい】
「機嫌なら悪い。用が無いなら切るぞ」
【冗談です。これでもパイプ役頼まれてるんでね、報告ですよ】
「なら無駄口叩いてないでさっさと済ませろ」
【国防省は衛星探索と監視カメラ映像の解析、外務省は上海で情報収集、マトリは逢坂たちに張り付いてる】
「要するに進展無しか」
【せめて鋭意捜索中と言ってほしいな。これでも使える戦力は総動員なんですよ?】
「そうかよ」
【で、ひとつ頼みがあるんですが、入管に古傷もとい古馴染みが居るでしょう】
「嫌な言い方すんじゃねぇよ。入国者リストか?」
【さすが、話が早い】
「もうやった、収穫無しだ。璃弊関係の人物を探させてるが、華国人入国者は多すぎて絞り込むのが難しい」
【ああ、仕事も早いですね。まぁ、出来ることはやっておきたくて。頼むまでも無かったみたいですけど】
更科は、ふんと鼻を鳴らして話題を変えた。
「ところでお前の兄貴、くそほど厄介だな。どうにかなんねぇのかよ。お陰で頼みの綱の中央センターが使えねぇじゃねぇか」
【どうにか出来たらしてますよ、とっくにね。アレはもう居ないものとして扱うより他に無いんです。だから国防省に衛星頼んでるんじゃないですか】
「無理だろ。横槍入れてんのあいつだぞ。お前んとこのお家騒動なんざ、さらさら興味ねぇが、ここまで来ると無視するにも限界がある」
【だったら部長がどうにかして下さい。俺が出張ると火に油ですから。この前やったみたいに脅しかけるなり、裏取り引きするなり、どうぞご自由に。まぁ、あの人に通用するとは思えませんけどね】
「ったく……何でもお見通しかよ、腹立つな」
【あの子に関する情報は、ひとつも漏らさないのが俺の信念なもので。だから、今回の件は完全に俺の落ち度です。1人で行かせるべきじゃなかった。判断ミスでした、申し訳ありません】
話の後半から低く、真剣な声音に変わったのを聞き届け、更科は深く紫煙を吐いて言った。
「……お前、みょうに落ち着いてるな。しおらしくて気持ち悪ぃ」
【それ、椎奈にも似たようなこと言われましたよ。やれやれ、みんな俺にどんなイメージ持ってるんだか】
「12年もベッタリ背後霊みたいに張り付いてるくせに。冷静になれないほうが健全なんだよ」
【こんな仕事をしている以上、リスクは承知しています。あの子が自分を犠牲にする性格なのも、よく知ってる。だからこそ、部長だってあの子が可愛くて、守ってやりたくてたまらないんでしょう?】
「知ったような口をきくな、くそがきめ」
【まぁでも、俺と貴方は今、似たような心境だと思うんですけどね】
更科は呆れと少しの嘲りを含んだ息を吐いた。
「誰が。お前みたいなサイコパスの心境なんて知るか」
【本当、そういうひねくれた所はそっくりだ。似た者同士だからこそ惹かれたんですかね、貴方は】
「さあな」
2人ともたっぷり一呼吸分は黙ってから、柔らかくも物悲しい声音で朝夷が呟く。
【……ねえ、更科さん】
「なんだよ」
【万が一、あの子が無事に戻らなかったら、俺たちはどうなるんでしょうね】
「……馬鹿なこと言ってないでさっさと寝ろ。じゃあな」
一方的に通話を終えると、テーブルへ携帯を放り投げた。
「どうなるも何も……」
どうにもならない。彼が居なくなったところで、世界は回り続ける。国も組織も、何も変わらない。
朝夷は精神面を問うたのだろうが、今の時点で答えは出ない。出せないのだ。
彼をこの世界に引きずり込んだ張本人は自分だ。守りきれなかったなんて結末は、想像もしたくない。
きっと、変わるのは自分だろうと解っている。何事も無かったように生きていくのは、恐らく不可能だ。あんなことを聞いてくる辺り、朝夷も同じなのだろう。平静を装っていながら、その実、最も心中穏やかではない2人なのだ。
「こんなことで共通認識なんざ、冗談じゃねぇ……」
小さく毒と紫煙を吐き、更科は煙草を揉み消した。
◇
閑話
【年下彼氏】
──俺の恋人はとんでもなく美人で愛嬌も抜群だ。
気まぐれで我儘だが、仲間うちでは人気者だ。好かれ過ぎて、目の色が違う奴まで居るのには困りものだが仕方ない。仕事もできるし、上からの評判もすこぶる良い。
ただひとつ、難点をあげるとすれば……──
「またソファで寝落ちてんのか、こいつは」
「……ぅう……んー……」
「またテレビつけっぱなしだし。今度はなに見て……」
100インチの大画面に、虫食や人体解体ショー、腐乱死体など、過激衝撃映像がたれ流されている。悪寒と吐き気に襲われ、即座にテレビの電源をオフにした。
「あー……更科さん、おかえりー」
「……おう……ただいま……」
「ふぁーあ……また途中で寝ちゃったよぉ。いつまで経っても最後まで見れないな」
「……お前これ……なに見てた……?」
丹生は大きく伸びと欠伸をしながら、背後の更科を振り仰ぐ。
「ん? 辻がダークウェブで拾ってきてくれた動画。面白いんだけど、いかんせんノンフィクションで緩急に欠けるから、いつも寝落ちしちゃうんだよね」
(面白い!? 変な虫食ってたり、人体切り刻んでたり、ウジ虫たかってる死体が面白いだと!? 嘘だろ、おい。品性どうなってんだ? つーかコレ、完全に違法動画じゃねぇか!)
「どうしたの、渋い顔して。あ、もしかしてお腹空いてる? ご飯の準備するから、手ぇ洗ってきなよ」
「あ、ああ……」
「……ちょっと、なんでキッチンで洗うの? 動きにくいから洗面所でやってよ」
「……メシの支度、手伝おうと思ってな……」
「えー、疲れてるでしょ? 座ってて良いのに」
「良いんだよ、したいから」
やや強引に居座る更科に、丹生は腰に手を当てて眉をひそめた。
「なに、まさかまだ俺が作るの不安なの? こう見えて普通に出来るって、いい加減に認めようぜー。認めたくない気持ちは分かるけれども」
「違うわ。お前のメシが美味いのは充分、分かってるっつーの」
(ただ……虫食ってる動画なんて好んで見てるの知っちまったら、流石にな……。いや、みょうなモンは入ってないって信じてるけど……でもやっぱ怖いわ)
「あ、じゃあ先にお風呂行ってくれば? その間にちゃちゃっと作るからさ」
「……今日は一緒に風呂入らねぇか? 一緒にメシ作って食って、ひと休みしてからな。どうだ、嫌か?」
「良いけど、そんなに共同作業したがるなんて珍しいね。なんかあった?」
「な、なんもねぇよ。なんとなくで悪いか」
「いや、悪くないよ。なんか今日の更科さん、可愛いね」
(言えねぇ……。お前のメシが衛生的に不安だなんて、絶対、言えねぇ……)
──俺の恋人は超絶美人だし素直で可愛い。
ただ、過激なアングラ映像を好む趣味には、まだ理解が及んでいない……──
◇
【年上彼氏】
──暫定彼氏は凄く格好良くて、頭良くて、なにより偉い。愛想は皆無でハラスメントの常習犯で、部下からの評判は最悪もいいところだけど、そこがまた良い。
彼は趣味や私事に干渉してこない。帰りが遅くなっても、あれこれ聞いてくることはない──
とある日。
「ただいまー」
「おかえり、璃津。美術展は満喫できたか?」
「ああ、うん。綺麗だったなー、オートクチュール。暗すぎてあんまよく見えなかったけど」
「しょうがねぇよ、保全のためだろ。メシ出来てるぞ」
「わーい、今夜はなにかなー」
またとある日。
「ふぃー、ただいまー」
「おかえり。初めてだったんだろ? ロイヤルヘボウのコンサート」
「うん! いやもう、ホント最高だったよ! さすが世界最高峰の演奏って感じで、圧巻だった!」
「しかし、椎奈とこれほど仲良くなるとは驚きだわ。アイツにとっちゃ、初めてのお友達ってやつなんじゃねぇの」
「うんうん、椎奈さんとのディナーも楽しかったぁー。でも、流石に初めてってのは言い過ぎ……って、ん? あれ?」
「なんだ、どうかしたか」
「い、いやぁ? なんでもないよ……」
またまたある日。
「たーだいまー……」
「おかえり。今日はだいぶ疲れたんじゃねぇか?」
「んー……ちょっとだけね。寝不足かなー」
「メンツが悪いんだよ。阿久里は神前が苦手だからな」
「はぁ、やっぱそうなのかな。確かにちょっとキツいとこあるけど、根は良いやつなのに……な……?」
「何してんだ、突っ立ってないで座れ。メシ食ってきたんだろ。コーヒーいれてやるよ」
「……アリガトウゴザイマス……」
(ひと言も伝えてないアフターファイブが、完全に把握されている……。場所からメンツ、何してきたかまで詳細に……)
──暫定彼氏は凄く格好良くて偉い。私事に干渉しないし、帰りが遅くなっても怒らない。
なぜならGPSの監視や盗聴により、すべて筒抜けだから。慣れるにはもう少し、時間が必要かもしれない……──
30
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる