九段の郭公

四葩

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5章

52【笧む陰陽】※

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「あー……俺、拉致られたんだったな。薬なんて効かないと思ってたけど、どんな劇薬使いやがったんだ? くそっ……頭ガンガンするし、怠いし……喉がカラカラだ……」

 しんと静まり返った部屋の中、広いベッドの上で丹生たんしょうは1人、悪態をつく。
 あまりに酷い喉の渇きに飲み物を求め、部屋を見回すと小型の冷蔵庫を見つけた。中にはミネラルウォーターのペットボトルが何本も入っており、蓋を開けて一気に飲み干す。この際、何が入っていても構わなかった。
 ひと心地つくと部屋を調べ始める。真っ先に出入り口らしき鉄製のドアを押したり引いたりしてみたが、もちろん開かない。もうひとつの木製扉はバスルームとトイレ、洗面所に繋がっていた。
 窓や換気口は無く、天井に埋め込み式のエアコンが、ブウーンと重たい動作音を響かせている。
 部屋にあるのはキングサイズのベッド、ナイトテーブル、水の入った小型冷蔵庫、空のキャビネット、間接照明だけだ。

「マジで何も無いな。俺の服も荷物も……」

 意識を失う前に着ていた服も所持品も見当たらない。ピアスも蛇の指輪も、更科さらしなに貰った指輪も消えている。

「貰ったばっかで速攻なくすとか、悪いことしたなぁ……」

 結局なにも見つれられず、高そうなペルシャ絨毯が敷かれた床へ座り込んだ。恐らくGPS装置などの警戒だろうが、自分の物をすべて失ったと自覚すると、どうしようもなく虚しくなった。
 ともかく、こちらの場所を知らせる術がない以上、独力での脱出法を模索するしかない。焦っては駄目だと自分に言い聞かせ、軽くストレッチをしてベッドへ戻る。まずは体力の回復を優先させるべきだ。幸い、かすり傷ひとつ無いうえに拘束もされていない。
 エアコンの機械音しかしない静寂の中、「大丈夫だ、何とかなる」と小さく呟きながら再び眠りに落ちた。

 どれくらい経った頃か、ドアが開く音で目が覚めた。

「おはよう。体調はどうかな」
「おかげさまで、久し振りによく寝たよ」

 皮肉を愉快そうに受け流し、ワンは盆に乗せた食事をナイトテーブルへ置いた。

「寝起きに重い物は食べられないだろうから、粥を持ってきたよ」
「お気遣いどうも。ついでにお願いがあるんだけど」
「何かな」
「鎮痛剤が欲しい。頭が割れそうなんだ」
「分かった、すぐに用意しよう。必要な物があれば遠慮なく言ってくれ」

 丹生は少し考え、確信的に問う。

「やっぱり俺の持ち物は捨てた?」
「ああ、すまないが処分させてもらったよ」
「ピアスと指輪も?」
「君が所持していたものはすべて。大事な品だったかい?」

 何も無くなった指をさすりながら視線を落とし、薄く口角を上げた。

「まぁ……10年以上つけてた物だから、愛着はあったよ」
「それは申し訳ないことをした。近いうち、君に似合う品を見繕うよ」

 何も要らないから解放してくれ、と思いながら粥を平らげた。口の端を親指で拭う丹生をじっと見ていたワンは、ゆったりと重い声で言う。

「酷く落ち着いているんだね。もっとへそを曲げると思っていたよ。君は恐怖や焦りより、怒りを表すタイプだと思っていたんだが」
「別に怒ってない。一応、忠告しとくけど、今すぐ手離したほうが良いよ。俺、疫病神だから」
「だからこそ、喉から手が出るほど欲しいんじゃないか。君はまさしく私の神だ」

 丹生はぞわりと総毛立った。 愉快そうに嗤うワンの目の暗い色、その奥に宿る鈍い輝きは、嫌というほど知っている。幼い頃から見続けてきた、底知れぬ闇を孕んだ狂信者たちと、まったく同じ目だった。
 どうりで初めて会った時、警戒心が湧かなかった訳だと納得した。幼い頃から狂気に触れ続け、慣れてしまった結果、危機察知能力が極端に低いのだ。
 特殊な環境に産まれつき、そういう者を惹き付ける性質があるのは骨身に染みていた。避けて通ろうと努力していても、気付けば取り囲まれ、深く関わってしまっている。
 平凡な暮らしに憧れた頃もあった。普通の人らしく生きようともがき、苦しんだ。

〝お前に普通の生き方なんて出来やしない。凡人でないお前を、凡人が満足させられるはずがないだろう〟

 誰かにそんなことを言われたのを思い出す。やけに腑に落ちる言葉だった。
 けれど更科にすくい上げられ、仲間に囲まれ、同胞を見つけて、自分なりに満足できる生活をしていた。しかし、それもまた己の手からこぼれ落ちそうになっている。
 うつむいて小刻みに体を震わせる丹生に、ワンが低く「どうした?」と問う。

「いっそ笑えてきてさ。どうして俺は、あんたみたいなイカれた奴にばかり関わるのかなってね。神でもなんでも良いけど、さっさと煮るなり焼くなりして、早いとこ飽きてくれよな」
「君は勘違いをしている。何度か抱けばすぐ飽きる、毛色の違う人種が珍しいだけだと。私の気持ちと覚悟を舐めてもらっては困る。君に手を出すということは、黒社会の人間にとって相当なリスクを伴うんだ。君は公安庁の人間で、暴力団の幹部とも繋がっている。正気の沙汰ではないと、皆にさんざんたしなめられたよ」

 ワンは愉快そうに笑った。丹生にはそれが何もかも手に入れ、巨大組織に君臨する者のお遊びとしか思えなかった。

「あんたは満ち足り過ぎて、相応のリスクを伴わないと満足できなくなってるだけだ」
「そう思われるだろうね。君はまだ若く、スリルを求める歳だ。私も君くらいの頃はそうだった」
「大袈裟だな。差なんて10歳くらいでしょ」
「10年あれば物の見方も変わってくる。若さだけではなく、君は陰と陽の狭間を歩いている。本当の闇は知らないはずだ」

 確かにそうなのだろう。いくら反社会的勢力と関わりがあっても、自分自身をそこへ置いたことはない。

「こんなことを偉そうに言う物じゃないが、日陰者をまとめるのはなかなか大変でね。ここまで来るのに、血反吐を吐く思いだったよ。最下層の貧民街から必死で這い上がり、ようやく地盤が固まった。そして守り続けていかねばならない。長い年月をかけて築いた物が、君1人によって瓦解する。そのくらいのリスクがあるんだよ」
「なおさら意味不明だな。そんな危ない橋を渡って何になる?」

 ワンは細く尖った顎へ指をかけ、少し首を傾けた。

「君は思ったより鈍感だな。それとも、はぐらかしているのか?」
「悪かったな、鈍くて。そっちこそ、もったいぶった物言いは癖なのか? 馬鹿だから疲れるんだよ、そういうの」

 ふいとワンに背を向けて横になった丹生の頭に、大きな手が触れる。

「すまない。窮屈な思いをさせているのに、余計な負担をかけたね」
「もういいよ。なんの話してたか分かんなくなった」
「要するに、私には君が思うほど好き勝手できる力は無いんだ。それでも……組織や国を敵に回してでも、君が欲しかった」

 首だけワンに向け、呆れ顔で溜め息をついた。

「はっきり言って、馬鹿じゃないのかと思うね」
「そうさ。恋とは馬鹿になることだ」

 優しく頭を撫でていた手は、丹生の体のラインを撫でるように肩から腰へ降りていく。うなじに吐息がかかってぞわりとする。仰向けにされると、ワンの威圧を帯びた端正な顔が目の前にあった。束ねられた漆黒の髪が肩から流れ落ち、艶があって綺麗だな、と場違いなことを思った。
 ローブの前を開かれ、素肌に触れられて、いよいよかと覚悟を決めた。滑らかな手つきで撫で上げられ、慣れた体は簡単に快楽を拾ってしまう。丹生は、今日ほど己の体を恨めしく思ったことは無い。
 朝夷あさひなの執拗な行為により、多少のことでは屈しない精神力は備わった。では、快楽に鈍くなったかと言うとそんなはずもなく。逆にある程度の行為は受け入れられるキャパシティが広がってしまった。
 個人差はあれど、性行為は経験を重ねれば重ねるほど他人との触れ合いに慣れ、快楽を拾うことに優れていくものだ。言ってしまえば条件反射である。

「やはり君は美しい。男を知り尽くした体には少々妬けるが、それさえ魅力的に見えるのだから恐れ入るよ」

 情欲を孕んだ吐息で囁くワンは壮絶な色気を醸し出し、漢服のボタンを外す仕草にさえ見惚れるほどだ。
 体の隅々まで指や舌を這わされ、緩やかに感度を高められる。焦れったくなるほど時間をかけて愛撫され、ようやく後孔へ指が触れると腰が跳ねた。愉しそうなワンの含み笑いが聞こえて顔が熱くなる。ゆっくり侵入してくる指の感覚に、待ちわびた快感が全身を駆け抜けた。

「……ぅ、ッ……ぁあっ!」
「君をこの手に抱く日を、どれほど夢見たか。ようやく実現できるよ」

 慣らされたそこに硬い欲望が押し当てられ、丹生は思わず目を閉じた。

璃津りつ、私を見るんだ。君が今から誰に抱かれるのか、しっかりその目で見て、感じて、覚えろ」

 今にも挿入はいってきそうな所で緩々と腰を揺らされ、とうとう丹生は目を開けた。

「いい子だ。そのまま、私だけを見ていなさい」
「……ぁ、アァ──っ!」

 優しい声音とは裏腹に、凶暴な質量で貫かれる。仰け反る頤を掴まれ、唇を塞がれた。ゆっくり奥まで挿入ってきた後、またゆっくり抜かれる。数回、同じ行為を繰り返され、そこはすっかりワンの形に馴染んでいた。

「ああ、想像以上だ……。熱くて柔らかくて、絡みつくようだ……。動くよ……」
「ぁっ……待っ……うぁッ!」

 腰を掴まれ、激しい律動が開始される。こんな状況では最早、脱出だなんだと考えても意味がない。丹生はあっさり思考を放棄し、ただただ揺さぶられるに任せるしかなかった。あられもない声が上がっている自覚はあれど、抑える術は無い。

「すごい乱れ様だ……たまらないな。こんなに悦んでくれるとは予想外だった。璃津、私の名を呼んでくれないか……」
「……ハァッ……ぁッ……ワ、ン……ッ」
「そうじゃないだろう?」
「……る、ぃ……っ、ルイッ!」
「ハハッ……まずいな。嬉しすぎて、もう出そうだ。君の中に出したい。良いか?」

 どうにでもしろと首を縦に振ると、激しいラストスパートの後、ワンは数度、身を震わせながら丹生に口付けた。

「やはり、君は最高だ……」
「……満足……か……?」
「まだだ。むしろ、ますます欲しくなった」
「えッ!? ちょっと待っ……抜いて! 1回抜いてって! あぁっ!!」

 有無を言わせず律動を開始され、丹生は再び快楽に呑まれるのだった。
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