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5章
50【夢うつつ千三つ】
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「璃津。起きて、璃津」
連日、飲み続けの朝帰りで泥のように眠っていた丹生を、柔らかく甘い声が呼び起こす。人に起こされるのは大嫌いな丹生だが、この声音だけは別でゆっくり瞼を開いた。
「んん……郡司……おはよぉ……」
「おはよう。疲れてるところ、起こしてごめんね」
人好きのする笑みを浮かべた郡司が、仮眠ベッドの端に腰掛けてこちらを見下ろしていた。どうやら潜入から戻ったままの格好らしく、カジュアルな黒無地のセットアップに、白いポケットチーフでアクセントを効かせている。
丹生は片目をこすりながら枕元の携帯を取り、時刻を見た。午前11時半で、まだ1時間も寝ていない事にげっそりする。そんな丹生に、郡司は申し訳なさそうに苦笑した。
「ごめん、寝たばかりだったよね。俺もさっき戻ってさ、眠くて仕方ないよ」
「じゃあ寝ようぜー……。郡司も相当、お疲れだろ」
丹生は体を横へずらし、ぐいと郡司の首の後ろに腕を回してベッドへ引き込む。
「ぅわっ! ちょ、待って、さすがに狭い……じゃなくて! 俺は寝に来たんじゃないんだってば!」
「うんうん、分かってる、分かってる。郡司は働き者でえらいなぁ。よしよーし……」
丹生はわざと話を聞き流し、抱き込んだ郡司の頭を優しく撫でた。妙な格好で丹生の胸に抱かれ、郡司は困るやら焦るやらで泡を食った。やがて撫でられる感覚の気持ち良さに抗えず、溜め息をついて体の力を抜いた。
「……もう、勘弁してよ。この前あんな事があったばかりなのに、ホントに好きになっちゃったらどうしてくれるの?」
「ならない、ならない。だいじょーぶ……だい、じょー……」
語尾が寝そうになっている丹生に、郡司は慌てて声を上げる。
「あっ、ちょっと! 駄目だよ璃津、起きて! 用があって来たんだから!」
「もぉー、仮眠室で騒ぐなよ。他にも休んでるやつが居るかもしれないだろ」
むぎゅ、と顔を押し付けられ、郡司はそうだった、と慌てて声を抑える。
「……酒梨と設楽、先に休ませたの忘れてた……」
「やっぱり。お前が帰ってんなら、そうじゃないかと思った。だから静かに、良い子にしてような」
再び優しく頭を撫でられ、うっかり丸め込まれかけた郡司は、はっとして小声で抗議する。
「だから違うんだって! 俺は休みに来たんじゃないの。お前に聞かなきゃいけない事があってさ」
丹生は内心で舌打ちし、さすが郡司、簡単には流されないかと思いながら、うんざりした声で答えた。
「なに? 部長案件以外なら起きないぞ。事と次第によってはそれでも起きない。局長なら起きる」
「マトリだよ。俺らの回収した違法薬物と、売人とルートの報告書、まとめて取りに来たんだって」
それを聞くと手の甲を額に当て、「くそ……そう来たか……」とぼやく。
「ったく……午後にしろよなぁ……。つーかアポ取れっていつも言ってんのになぁ……。ぜんっぜん人の話聞かねーよな、あの人ら」
「ホントにね。それで、俺が璃津のも一緒に渡しとこうと思って、保管場所を聞きに来たんだよ。疲れてるだろうから、寝かせてあげたくね」
「お前はホント、どこまでも良い男だなぁ、もう」
感極まった丹生は片足も巻き付けて全身でぎゅっと抱きついた。
「いたたっ! り、璃津って、細いのに意外と力強いよね……っ。首っ、スジおかしくなる……!」
「郡司はやっぱり逞しいよなぁ。引き締まったいい体してるよ。うまそーだ」
絡めた足で郡司の脇腹をなぞると、微かに震えるのが分かる。
「……からかわないでよ、恥ずかしいから……」
「ごめん、ごめん。わざわざ気ぃ回してくれてありがとな」
「良いよ、このくらい。お前には随分、救われてるから。それに、最近ずっと潜入続きで寝不足でしょ? 今朝もべろべろで会議出てたって、相模たちが楽しそうに話してたよ」
「そういう郡司こそ、部下2人も抱えて大変そうなのに、よく気が回せるな。マトリに渡すやつは、まとめてデスクの1番下の引き出しに入れてある」
「了解。じゃ、後の事は任せて、ゆっくり休んで」
腕を解かれた郡司は丹生の寝乱れた髪を指で梳き、薄い唇で頬へキスを落とした。じんわりと胸に高揚が広がる。
「幸運のおまじない、なんてね」
「ありがと。お返しいる?」
郡司は少し困ったように笑って「うん」と小さく頷いた。そっと郡司の顔を両手で包み、引き寄せて額へ唇を押し当てる。
「これでお互い、無敵モードだな」
「ははっ、間違いない。じゃ、おやすみ璃津」
「おやすみ、郡司」
そうして丹生は再び眠りの底へ落ちていった。
◇
「……ん……ぅ……」
ぼんやりと意識が浮上した丹生は、霞む視界でゆっくり瞬きをした。体がやけに重く、怠いうえに頭がガンガンと痛む。
(やべ……寝過ぎた? アラーム鳴らなかったのかよ、くそっ。早く起きて薬飲んでシャワー浴びねぇと……。会食って確か19時だったよな。いま何時だ?)
無理矢理、重い体を起こすと、真っ黒なシルクのローブ姿でギョッとする。てっきり仮眠室だと思っていたものが、辺りを見回すとまったく知らない部屋で、広いベッドの上に横たわっていたのだ。シーツも漆黒のシルクで、どちらも感触だけで良質な物と分かる。
窓は無く、寝具と小さな棚が2つ程度で殺風景な部屋だが、作りはしっかりしているようだ。暑くも寒くもないエアコンディションが、設備の良さを証明している。まるで高級ホテルから家具をごっそり排除したような、ちぐはぐな印象を受けた。
間接照明に照らされて薄暗いが、時計が無いため時間は分からない。自分がいつから、どれくらい眠っていたのか、見当もつかなかった。
寝ぼけ頭が少し覚醒したところで、状況を整理しようと試みる。
(仮眠室……なワケねぇわな。マジでどこだ、ここ。俺、何でこんなとこに居るんだ? どうしたんだっけ……。確か、逢坂さんの会食に行ったんだよな……。それから……あー、そうだ……。あの後、俺は……)
ズキズキと痛む頭に、少しずつ記憶が戻ってくる。丹生はこめかみを押しながら深く嘆息した。
◇
合同会議が終わり、仮眠室で休息をとった日の夜。出茂会最高幹部、逢坂と共に取引き相手の待つ料亭へ向かったのだ。
奥まった個室の扉を開き、先に到着していたバイヤーの顔を見た瞬間、丹生は度肝を抜かれ、うっかり声を上げそうになった。優美な笑みをたたえて盃を傾けていたのは、まごう事なき璃弊の首領、王睿その人だったのである。
王はまっすぐ丹生を見据え、凄みのある眼光で微笑んだ。
「やあ、逢坂さん。先に始めさせて貰ってましたよ」
「構いませんよ。お待たせしたようで申し訳ない」
「いえいえ、日本は久々でね。浮かれて早く着きすぎてしまいました」
「そうでしたか。しかし王さん自らお越しとは、少々、驚きましたよ。今回のお話のためだけでは、ないのでしょうな」
「ええ、まあ。実は人を探していましてね」
逢坂の背後に控えている丹生へ、意味ありげに視線をよこす。
「事情は存じませんが、私どもでお手伝い出来る事があれば協力は惜しみませんよ。いつも世話になってますからな」
「有難うございます。お陰ですぐに見つけられましたよ」
逢坂は怪訝な顔をしていたが、王の視線が丹生へ向けられている事に気付くと、振り返って小声で詰問してきた。
「おいお前、どういう事だ? まさか王睿と知り合いだったのか?」
「誰だよそれ! 知るわけないじゃん!」
胡乱な顔で眉をひそめる逢坂に、慌ててかぶりを振って答える。
「本当か? 向こうは思いっきりお前のこと見てるじゃねぇか。もし何か隠してたら承知しねぇぞ。こちとら組織の命運かけた取引なんだからな」
「は!? 知らないし! 俺、関係ないし! 大体、連れてきたのは逢坂さんでしょ? そんなに疑うなら帰るよ。こっちだって面倒事に関わるのは御免だからね」
「あー、待て待て! 分かったからヘソ曲げんなって」
むすっとした丹生が踵を返しかけ、慌てて引き止める。逢坂はしばし考えた後、王に向き直って片眉を上げた。
「申し訳ない。少々、話が見えませんな」
「ハハ、失敬。あまりに美しい方をお連れだったもので、少し悪戯をしてしまいました。お気を悪くしないで欲しい」
逢坂は顎に手をやり、満更でもなさそうに「ははぁ」と笑った。
「お気に召したようで何よりです。良ければ酌に付けましょうか?」
「それは光栄だ。是非、お願いできますかな」
嬉しそうに頷く王に、逢坂は丹生の背を押して促す。
「ほら、行ってこい」
「……はい」
仕方なく丹生は机を回り込んで王の隣へ座った。舐め回すような視線にさらされ、とてつもなく居心地が悪かったが、特別局きってのポーカーフェイスで知らぬふりを通す。
「近くで見るとますます美しい。こんな佳人を独り占めできるなんて、羨ましい限りです」
「いやいや、私らはそういう関係じゃありませんよ。うちの系列店に長く勤めている者でしてね。見た目もそれなりなので、給仕と花代わりに付き添わせました。口の固さは信用して頂いて結構です」
その時、王が小さく「 太好了」と呟いたのを聞き逃さなかった。良かった、というような意味なのは、丹生でも知っている。もし逢坂が関係を認めていたらどうなっていたかと思うと肝が冷えた。そこは流石の大幹部、逢坂も弁えている。
先ほど飄々と語られた事の半分は嘘だ。事実上、丹生は逢坂の情夫である。とはいえ、一般的なそれとは少し違う。確かに体の関係はあるが、ごくたまにだ。逢坂が気に入っているのは顔や体ではなく、精神的な相性の良さなのだ。そうでなければ、ここまでの信用が得られようはずも無い。
さすが逢坂さん、やっぱり大嘘つきのタヌキオヤジだな、と丹生は薄く笑った。それからしばらく仕事の話が続き、丹生は黙々と酌を続けた。
「……では、今回もいつも通りで。よろしく頼みます」
「こちらこそ。さて、仕事の話はここまでにして、君もいかがかな?」
唐突に王から盃を差し出され、ギクリとする。
「いえ、私は……」
「良いじゃねぇか、せっかく勧めて下さったんだ。遠慮せず飲め」
並々と注がれる酒に顔が引きつる。丹生は日本酒が苦手なのだが、断れるはずもない。
「……有難うございます」
「どういたしまして」
王の穏やかな笑みが何のつもりか分からない恐怖を煽り、丹生は一刻も早く帰りたくてたまらない思いを酒と共に飲み下した。
連日、飲み続けの朝帰りで泥のように眠っていた丹生を、柔らかく甘い声が呼び起こす。人に起こされるのは大嫌いな丹生だが、この声音だけは別でゆっくり瞼を開いた。
「んん……郡司……おはよぉ……」
「おはよう。疲れてるところ、起こしてごめんね」
人好きのする笑みを浮かべた郡司が、仮眠ベッドの端に腰掛けてこちらを見下ろしていた。どうやら潜入から戻ったままの格好らしく、カジュアルな黒無地のセットアップに、白いポケットチーフでアクセントを効かせている。
丹生は片目をこすりながら枕元の携帯を取り、時刻を見た。午前11時半で、まだ1時間も寝ていない事にげっそりする。そんな丹生に、郡司は申し訳なさそうに苦笑した。
「ごめん、寝たばかりだったよね。俺もさっき戻ってさ、眠くて仕方ないよ」
「じゃあ寝ようぜー……。郡司も相当、お疲れだろ」
丹生は体を横へずらし、ぐいと郡司の首の後ろに腕を回してベッドへ引き込む。
「ぅわっ! ちょ、待って、さすがに狭い……じゃなくて! 俺は寝に来たんじゃないんだってば!」
「うんうん、分かってる、分かってる。郡司は働き者でえらいなぁ。よしよーし……」
丹生はわざと話を聞き流し、抱き込んだ郡司の頭を優しく撫でた。妙な格好で丹生の胸に抱かれ、郡司は困るやら焦るやらで泡を食った。やがて撫でられる感覚の気持ち良さに抗えず、溜め息をついて体の力を抜いた。
「……もう、勘弁してよ。この前あんな事があったばかりなのに、ホントに好きになっちゃったらどうしてくれるの?」
「ならない、ならない。だいじょーぶ……だい、じょー……」
語尾が寝そうになっている丹生に、郡司は慌てて声を上げる。
「あっ、ちょっと! 駄目だよ璃津、起きて! 用があって来たんだから!」
「もぉー、仮眠室で騒ぐなよ。他にも休んでるやつが居るかもしれないだろ」
むぎゅ、と顔を押し付けられ、郡司はそうだった、と慌てて声を抑える。
「……酒梨と設楽、先に休ませたの忘れてた……」
「やっぱり。お前が帰ってんなら、そうじゃないかと思った。だから静かに、良い子にしてような」
再び優しく頭を撫でられ、うっかり丸め込まれかけた郡司は、はっとして小声で抗議する。
「だから違うんだって! 俺は休みに来たんじゃないの。お前に聞かなきゃいけない事があってさ」
丹生は内心で舌打ちし、さすが郡司、簡単には流されないかと思いながら、うんざりした声で答えた。
「なに? 部長案件以外なら起きないぞ。事と次第によってはそれでも起きない。局長なら起きる」
「マトリだよ。俺らの回収した違法薬物と、売人とルートの報告書、まとめて取りに来たんだって」
それを聞くと手の甲を額に当て、「くそ……そう来たか……」とぼやく。
「ったく……午後にしろよなぁ……。つーかアポ取れっていつも言ってんのになぁ……。ぜんっぜん人の話聞かねーよな、あの人ら」
「ホントにね。それで、俺が璃津のも一緒に渡しとこうと思って、保管場所を聞きに来たんだよ。疲れてるだろうから、寝かせてあげたくね」
「お前はホント、どこまでも良い男だなぁ、もう」
感極まった丹生は片足も巻き付けて全身でぎゅっと抱きついた。
「いたたっ! り、璃津って、細いのに意外と力強いよね……っ。首っ、スジおかしくなる……!」
「郡司はやっぱり逞しいよなぁ。引き締まったいい体してるよ。うまそーだ」
絡めた足で郡司の脇腹をなぞると、微かに震えるのが分かる。
「……からかわないでよ、恥ずかしいから……」
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「そういう郡司こそ、部下2人も抱えて大変そうなのに、よく気が回せるな。マトリに渡すやつは、まとめてデスクの1番下の引き出しに入れてある」
「了解。じゃ、後の事は任せて、ゆっくり休んで」
腕を解かれた郡司は丹生の寝乱れた髪を指で梳き、薄い唇で頬へキスを落とした。じんわりと胸に高揚が広がる。
「幸運のおまじない、なんてね」
「ありがと。お返しいる?」
郡司は少し困ったように笑って「うん」と小さく頷いた。そっと郡司の顔を両手で包み、引き寄せて額へ唇を押し当てる。
「これでお互い、無敵モードだな」
「ははっ、間違いない。じゃ、おやすみ璃津」
「おやすみ、郡司」
そうして丹生は再び眠りの底へ落ちていった。
◇
「……ん……ぅ……」
ぼんやりと意識が浮上した丹生は、霞む視界でゆっくり瞬きをした。体がやけに重く、怠いうえに頭がガンガンと痛む。
(やべ……寝過ぎた? アラーム鳴らなかったのかよ、くそっ。早く起きて薬飲んでシャワー浴びねぇと……。会食って確か19時だったよな。いま何時だ?)
無理矢理、重い体を起こすと、真っ黒なシルクのローブ姿でギョッとする。てっきり仮眠室だと思っていたものが、辺りを見回すとまったく知らない部屋で、広いベッドの上に横たわっていたのだ。シーツも漆黒のシルクで、どちらも感触だけで良質な物と分かる。
窓は無く、寝具と小さな棚が2つ程度で殺風景な部屋だが、作りはしっかりしているようだ。暑くも寒くもないエアコンディションが、設備の良さを証明している。まるで高級ホテルから家具をごっそり排除したような、ちぐはぐな印象を受けた。
間接照明に照らされて薄暗いが、時計が無いため時間は分からない。自分がいつから、どれくらい眠っていたのか、見当もつかなかった。
寝ぼけ頭が少し覚醒したところで、状況を整理しようと試みる。
(仮眠室……なワケねぇわな。マジでどこだ、ここ。俺、何でこんなとこに居るんだ? どうしたんだっけ……。確か、逢坂さんの会食に行ったんだよな……。それから……あー、そうだ……。あの後、俺は……)
ズキズキと痛む頭に、少しずつ記憶が戻ってくる。丹生はこめかみを押しながら深く嘆息した。
◇
合同会議が終わり、仮眠室で休息をとった日の夜。出茂会最高幹部、逢坂と共に取引き相手の待つ料亭へ向かったのだ。
奥まった個室の扉を開き、先に到着していたバイヤーの顔を見た瞬間、丹生は度肝を抜かれ、うっかり声を上げそうになった。優美な笑みをたたえて盃を傾けていたのは、まごう事なき璃弊の首領、王睿その人だったのである。
王はまっすぐ丹生を見据え、凄みのある眼光で微笑んだ。
「やあ、逢坂さん。先に始めさせて貰ってましたよ」
「構いませんよ。お待たせしたようで申し訳ない」
「いえいえ、日本は久々でね。浮かれて早く着きすぎてしまいました」
「そうでしたか。しかし王さん自らお越しとは、少々、驚きましたよ。今回のお話のためだけでは、ないのでしょうな」
「ええ、まあ。実は人を探していましてね」
逢坂の背後に控えている丹生へ、意味ありげに視線をよこす。
「事情は存じませんが、私どもでお手伝い出来る事があれば協力は惜しみませんよ。いつも世話になってますからな」
「有難うございます。お陰ですぐに見つけられましたよ」
逢坂は怪訝な顔をしていたが、王の視線が丹生へ向けられている事に気付くと、振り返って小声で詰問してきた。
「おいお前、どういう事だ? まさか王睿と知り合いだったのか?」
「誰だよそれ! 知るわけないじゃん!」
胡乱な顔で眉をひそめる逢坂に、慌ててかぶりを振って答える。
「本当か? 向こうは思いっきりお前のこと見てるじゃねぇか。もし何か隠してたら承知しねぇぞ。こちとら組織の命運かけた取引なんだからな」
「は!? 知らないし! 俺、関係ないし! 大体、連れてきたのは逢坂さんでしょ? そんなに疑うなら帰るよ。こっちだって面倒事に関わるのは御免だからね」
「あー、待て待て! 分かったからヘソ曲げんなって」
むすっとした丹生が踵を返しかけ、慌てて引き止める。逢坂はしばし考えた後、王に向き直って片眉を上げた。
「申し訳ない。少々、話が見えませんな」
「ハハ、失敬。あまりに美しい方をお連れだったもので、少し悪戯をしてしまいました。お気を悪くしないで欲しい」
逢坂は顎に手をやり、満更でもなさそうに「ははぁ」と笑った。
「お気に召したようで何よりです。良ければ酌に付けましょうか?」
「それは光栄だ。是非、お願いできますかな」
嬉しそうに頷く王に、逢坂は丹生の背を押して促す。
「ほら、行ってこい」
「……はい」
仕方なく丹生は机を回り込んで王の隣へ座った。舐め回すような視線にさらされ、とてつもなく居心地が悪かったが、特別局きってのポーカーフェイスで知らぬふりを通す。
「近くで見るとますます美しい。こんな佳人を独り占めできるなんて、羨ましい限りです」
「いやいや、私らはそういう関係じゃありませんよ。うちの系列店に長く勤めている者でしてね。見た目もそれなりなので、給仕と花代わりに付き添わせました。口の固さは信用して頂いて結構です」
その時、王が小さく「 太好了」と呟いたのを聞き逃さなかった。良かった、というような意味なのは、丹生でも知っている。もし逢坂が関係を認めていたらどうなっていたかと思うと肝が冷えた。そこは流石の大幹部、逢坂も弁えている。
先ほど飄々と語られた事の半分は嘘だ。事実上、丹生は逢坂の情夫である。とはいえ、一般的なそれとは少し違う。確かに体の関係はあるが、ごくたまにだ。逢坂が気に入っているのは顔や体ではなく、精神的な相性の良さなのだ。そうでなければ、ここまでの信用が得られようはずも無い。
さすが逢坂さん、やっぱり大嘘つきのタヌキオヤジだな、と丹生は薄く笑った。それからしばらく仕事の話が続き、丹生は黙々と酌を続けた。
「……では、今回もいつも通りで。よろしく頼みます」
「こちらこそ。さて、仕事の話はここまでにして、君もいかがかな?」
唐突に王から盃を差し出され、ギクリとする。
「いえ、私は……」
「良いじゃねぇか、せっかく勧めて下さったんだ。遠慮せず飲め」
並々と注がれる酒に顔が引きつる。丹生は日本酒が苦手なのだが、断れるはずもない。
「……有難うございます」
「どういたしまして」
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