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5章
48【瑠璃と群青】
しおりを挟む 顔の真横に腕をつかれ、棚と郡司の間に閉じ込められた丹生は、ファイルを開いたまま固まってしまった。頭の上から低く甘い声が降ってくる。
「ねぇ、璃津」
「……なに?」
「あの時、本当に寝てたの?」
どくり、と心臓が跳ねる。冷や汗が吹き出し、背中を伝うのが分かった。ひっくり返りそうになる声を抑えながら答える。
「……あの時って?」
「先週、金曜の夜だよ」
「あー……あの日はオフィス戻ってすぐソファで寝落ちしたけど……」
「俺が来たことは知らない?」
「……知らない」
「俺に言ったことも、したことも覚えてない?」
上手く呼吸が出来ず、喉が妙な音を立てた。カラカラになった口の中で、舌がもつれそうだった。睦言でも囁くような声音で問われているはずなのに、尋問めいた圧を感じる。
「俺……なんか変なことしちゃったのかな……? もし怒ってるなら謝るよ……」
「怒ってるんじゃないよ、ただ聞いてるだけ。無意識だったのかどうかって」
「……ごめん……なにも覚えてない……」
背後で郡司がかすかに嘆息した。何がしたいのか、何を求めているのか、まったく分からない。さっきまで普通だった郡司の豹変ぶりには、恐怖すら覚える。
(なにこれ、どういう状況? 何なのこいつ、めちゃくちゃ怖いんだけど……。普段、優しい奴ほどキレると怖いってテンプレか? しかし、こんなところ誰かに見られたら面倒だな……。でも振り返ったら絶対、嘘ついてるのバレるし……。ああ、もう! 早く離れてくれよ!)
「ねぇ、璃津」
「っ……なに……?」
「この指輪、どうしたの? 先週までしてなかったよね」
(ええ!? この流れでそれ!? っていうか今日、その話ばっかりだな……。たかが指輪ひとつで、こんなに言われるもん? あー、ダメだ、鬱陶しい。なんかイライラしてきた……)
丹生はほとんど投げやりに答える。
「バイト先の客に貰った。もう、なんで皆そんなに気にすんの? ただの装飾品だろ」
「ただの装飾品に見えないから、みんな気になってるんだよ。お前の一挙手一投足が注目の的なんだから。少しの変化でも目を引くのさ」
「……そうかよ。ちょっともう、退いてくんない? 何がしたいのか全然分かんないよ、お前」
掴み所のない郡司と、うんざりするほど繰り返される話題に嫌気がさした丹生は、語気を荒らげて背後を睨み上げた。
予想より遥かに近い所に眉根を寄せた郡司の顔があり、驚くと同時にますます訳が分からなくなる。
(うわ近っ! つーか、なんで泣きそうな顔してんだよ。何にそんな切羽詰まってんだ、こいつは。やっぱりナナちゃんのことで傷付いてんのかな。でも、迂闊に聞いて違ったら墓穴だし、さっきから全然関係ないことばっかり言ってくるし……。まったく思考が読めねぇ……。厄介だな……)
丹生は慎重に言葉を選びつつ、状況の打破を試みた。
「……どうしたの、本当に。今日のお前、なんか変だぞ」
「そんなの分かってるよ、俺だって……。でも、どうして良いか分からなくて……。もう頭ん中ぐちゃぐちゃなんだ……」
「だったら、俺じゃなくてナナちゃんに言いなよ。俺はお前のバディじゃないんだから、メンタルケアは出来な──」
「言える訳ないだろ! 俺がお前のこと好きかもしれないなんて!」
言葉を遮り、叫ぶように言われた意味が、丹生はすぐに理解できなかった。
「……え? なに……今、なんて……?」
「お前に寝言で好きって言われて、抱きつかれて……! 俺、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ……! 自分でも驚いてるし、訳わかんないし……っ」
(嘘だろマジか! あぁぁあー! やっぱりあんな事するんじゃなかった! 俺のバカ!)
丹生は心の中で頭を抱えた。現実には郡司が片手で顔をおおい、俯いている。
「分かってるんだよ……お前が好きなのは俺じゃないし、俺に言ったんじゃないってことくらいさ……。でも、あれからずっとお前のことが頭から離れなくて……。実は気づかないうちに好きになってたんじゃないかとか考え出したら、もう堂々めぐりで……。だからあれは寝言だったって、俺のことじゃないって、はっきりお前の口から聞けば、負のループから抜け出せるかなと思ったんだ……」
郡司にしては珍しく饒舌な早口で、いっきに捲し立てられた。
(悩ませてたのはモロに俺だったのかー……。ごめん、郡司……困らせるつもりじゃなかったんだよ、本当に。お前の優しさに甘えた……我慢が足りなかった……。お前はなんにも悪くないのに……ぜんぶ俺の撒いた悪い種だ。しっかり刈り取っておかないと……)
心の中で詫びながら、眉尻を下げて問う。
「なるほど……。それで、抜け出せたか?」
「 ……できたように見える? まだちゃんとした答えはひとつも聞けてないのに? しかも壁ドン状態で、今にもチューしそうな衝動と戦ってる最中だっていうのに?」
「そうだよな。とりあえず……えっ!? なんの衝動だって!?」
「もう一度言わせる気なら、我慢できなくなっちゃうと思うけど……それでも聞く?」
普段から野性的な色気を漂わせているというのに、余裕の無さからくる獰猛を滲ませた郡司の微笑に、丹生は腰が砕けそうなほど酔わされる。今、自分がどんな顔をしているのか考えたくもない。
(何なんだよ……。なんでこのタイミングでこんな展開になるんだよ……。もし、もっと早くナナちゃんに彼氏ができたって知ってたら……もっと早く郡司にこれを言われてたら、もしかしたら今頃は……。ああ、もう……本当に最悪だ……)
丹生は顔に血が上るのを自覚しつつ、視線と顔を逸らせてもごもごと口を動かす。
「っ……ま、待って……ちょっと待ってよ……。こんな急に、俺だってワケわかんないし……困るよ……」
「そうだよね、訳わかんなすぎて困っちゃうよね。でもさ、困るってある意味、答えてるのと同じだってこと、気付いてる?」
丸くしっとりした声で問われ、理性が溶けてなくなりそうだ。ゆっくり近付いてくる艶めいた唇に、咄嗟に腕を上げて己の口元をおおう。
「ぁ、のさ……こんなの……駄目だろ……」
「駄目なのはお前だよ……。耳まで真っ赤にして、そんな蕩けた顔して……どういうつもりなの?」
丹生は、穴があったら入りたいと本気で思った。
(どうもこうあるか! 好きだからに決まってんだろ! 本当は今すぐキスして欲しくてたまんないんだよ、くそったれ! なんて言えたら、どれだけ楽か……。これがあの日だったら、言っちゃってたかもな……。そんな泥沼、最悪だ……。ああ、逆に今で良かったのかもしれない。阿久里も棗も取り込んでおいて、郡司まで巻き込む訳にはいかない、絶対に。大丈夫だ、今ならまだ間に合う)
丹生はぐっと奥歯を噛み締めて目を閉じ、腹の底で燃え盛りかけていた恋心を、再び奥深くへ抑えつける。顔を上げたとき、そこに先ほどまでの赤面は無く、冷静かつ毅然とした声で言った。
「郡司、それは勘違いだよ」
確信めいた微笑を浮かべていた郡司は、すぐに笑みを消して眉根を寄せる。
「……勘違いってなに?」
「だから、お前は俺が好きなんじゃなくて、人肌に飢えてただけだってこと」
郡司は1歩、後退って丹生から体を離し、苦く笑って言った。
「あ、はは……璃津ってさ、すごく優しいくせに、たまにすごく残酷だよね……。俺たちの事情はお前が1番よく知ってるのに、そんなこと言っちゃうんだ……」
「知ってるからこそだよ。お前は昔からナナちゃんひと筋で、12年も耐えてきたんだから。寂しくなるのも、迷うのも当然だ。大丈夫だよ郡司、それは何もおかしいことじゃない。俺なんかに振り回されなくていいんだ」
「なんかって……そんな言い方しないでよ。俺はお前の事だって、ずっと大事に思ってるんだから」
「分かってる。お前は仲間みんなに気を配ってて、本当にいい男だよ。だからさ、もう自由になれよ。お前はお前の幸せを考えてくれ」
真剣な目で見つめられ、郡司はしばらく呆然とした後、全身の力を抜いて溜め息をついた。
「そっかぁ……いよいよ幕引きなんだね。結局、俺なんて最初から眼中になかったんだろうなぁ、神前は。それに比べて、璃津は本当によく見てくれてて嬉しいよ。あーあ、最初からお前とバディだったら、こんなに悩まなくてすんだのかなぁ、俺」
「やめとけ、俺はもっと面倒くさいぞ。まぁでも……そうだったら良かったなと思ったことはあるけど」
「えっ……?」
突然の告白に、郡司は弾かれたように顔を上げた。丹生は困ったように笑い、(これくらいのワガママは許されるだろ)と自分に言い訳しながら続けた。
「今だから言うけど、俺さ、初めてお前を見た時、めっちゃ好みって思ったんだ。性格良いし、頭良いし、仕事できるし、ぶっちゃけ好きだった。でも、お前にはナナちゃんが居たからね。お前達には幸せになって欲しいと思ってたんだよ、本当に」
「お前……言うなよぉ、そういうことぉ……。また俺の脳内ぐちゃぐちゃになるじゃないのー……」
「はー? なんでだよ、不器用だなぁ。終わったことだって言ってんだよ、はっきりきっぱりな。それを聞きに来たんだろ?」
「いや、まぁそうだけど……。お前がそんなこと思ってたなんて、全然知らなかったし……。驚くでしょ、普通……」
「逆に良い機会かなと思って。とにかく、俺はずっとお前の味方だってことは確かだよ。だからはやく幸せになってくれよな、郡司」
「……うん。有難う、璃津。俺もずっとお前の味方だよ」
穏やかな笑みを返す郡司を、素直に応援できる。ほんの1部だったが、本心を伝えることでこんなに気が楽になるとは、丹生さえ思っていなかった。
(これでいい。郡司にはまともで幸福な人生を送って欲しい。それが叶うなら、この恋は実らずに落ちて良いんだ)
自然と口元が綻ぶ。話がひと段落したところで、郡司は丹生の肩に腕を回して手元を覗き込み、いたずらっ子のように笑って問うた。
「で、本当は誰から貰ったの? その指輪」
「お前、意外としつこいな……。ほら、仕事の話しに来たんだろ。本題に戻るぞ」
「えー、俺には教えてくれてもいいじゃん。けちぃー」
あちらこちらで恋の種が芽吹いたり茂ったり枯れたりしつつ、本日も公安国際特別対策調査局は、おおむね平和である。
「ねぇ、璃津」
「……なに?」
「あの時、本当に寝てたの?」
どくり、と心臓が跳ねる。冷や汗が吹き出し、背中を伝うのが分かった。ひっくり返りそうになる声を抑えながら答える。
「……あの時って?」
「先週、金曜の夜だよ」
「あー……あの日はオフィス戻ってすぐソファで寝落ちしたけど……」
「俺が来たことは知らない?」
「……知らない」
「俺に言ったことも、したことも覚えてない?」
上手く呼吸が出来ず、喉が妙な音を立てた。カラカラになった口の中で、舌がもつれそうだった。睦言でも囁くような声音で問われているはずなのに、尋問めいた圧を感じる。
「俺……なんか変なことしちゃったのかな……? もし怒ってるなら謝るよ……」
「怒ってるんじゃないよ、ただ聞いてるだけ。無意識だったのかどうかって」
「……ごめん……なにも覚えてない……」
背後で郡司がかすかに嘆息した。何がしたいのか、何を求めているのか、まったく分からない。さっきまで普通だった郡司の豹変ぶりには、恐怖すら覚える。
(なにこれ、どういう状況? 何なのこいつ、めちゃくちゃ怖いんだけど……。普段、優しい奴ほどキレると怖いってテンプレか? しかし、こんなところ誰かに見られたら面倒だな……。でも振り返ったら絶対、嘘ついてるのバレるし……。ああ、もう! 早く離れてくれよ!)
「ねぇ、璃津」
「っ……なに……?」
「この指輪、どうしたの? 先週までしてなかったよね」
(ええ!? この流れでそれ!? っていうか今日、その話ばっかりだな……。たかが指輪ひとつで、こんなに言われるもん? あー、ダメだ、鬱陶しい。なんかイライラしてきた……)
丹生はほとんど投げやりに答える。
「バイト先の客に貰った。もう、なんで皆そんなに気にすんの? ただの装飾品だろ」
「ただの装飾品に見えないから、みんな気になってるんだよ。お前の一挙手一投足が注目の的なんだから。少しの変化でも目を引くのさ」
「……そうかよ。ちょっともう、退いてくんない? 何がしたいのか全然分かんないよ、お前」
掴み所のない郡司と、うんざりするほど繰り返される話題に嫌気がさした丹生は、語気を荒らげて背後を睨み上げた。
予想より遥かに近い所に眉根を寄せた郡司の顔があり、驚くと同時にますます訳が分からなくなる。
(うわ近っ! つーか、なんで泣きそうな顔してんだよ。何にそんな切羽詰まってんだ、こいつは。やっぱりナナちゃんのことで傷付いてんのかな。でも、迂闊に聞いて違ったら墓穴だし、さっきから全然関係ないことばっかり言ってくるし……。まったく思考が読めねぇ……。厄介だな……)
丹生は慎重に言葉を選びつつ、状況の打破を試みた。
「……どうしたの、本当に。今日のお前、なんか変だぞ」
「そんなの分かってるよ、俺だって……。でも、どうして良いか分からなくて……。もう頭ん中ぐちゃぐちゃなんだ……」
「だったら、俺じゃなくてナナちゃんに言いなよ。俺はお前のバディじゃないんだから、メンタルケアは出来な──」
「言える訳ないだろ! 俺がお前のこと好きかもしれないなんて!」
言葉を遮り、叫ぶように言われた意味が、丹生はすぐに理解できなかった。
「……え? なに……今、なんて……?」
「お前に寝言で好きって言われて、抱きつかれて……! 俺、めちゃくちゃ嬉しかったんだよ……! 自分でも驚いてるし、訳わかんないし……っ」
(嘘だろマジか! あぁぁあー! やっぱりあんな事するんじゃなかった! 俺のバカ!)
丹生は心の中で頭を抱えた。現実には郡司が片手で顔をおおい、俯いている。
「分かってるんだよ……お前が好きなのは俺じゃないし、俺に言ったんじゃないってことくらいさ……。でも、あれからずっとお前のことが頭から離れなくて……。実は気づかないうちに好きになってたんじゃないかとか考え出したら、もう堂々めぐりで……。だからあれは寝言だったって、俺のことじゃないって、はっきりお前の口から聞けば、負のループから抜け出せるかなと思ったんだ……」
郡司にしては珍しく饒舌な早口で、いっきに捲し立てられた。
(悩ませてたのはモロに俺だったのかー……。ごめん、郡司……困らせるつもりじゃなかったんだよ、本当に。お前の優しさに甘えた……我慢が足りなかった……。お前はなんにも悪くないのに……ぜんぶ俺の撒いた悪い種だ。しっかり刈り取っておかないと……)
心の中で詫びながら、眉尻を下げて問う。
「なるほど……。それで、抜け出せたか?」
「 ……できたように見える? まだちゃんとした答えはひとつも聞けてないのに? しかも壁ドン状態で、今にもチューしそうな衝動と戦ってる最中だっていうのに?」
「そうだよな。とりあえず……えっ!? なんの衝動だって!?」
「もう一度言わせる気なら、我慢できなくなっちゃうと思うけど……それでも聞く?」
普段から野性的な色気を漂わせているというのに、余裕の無さからくる獰猛を滲ませた郡司の微笑に、丹生は腰が砕けそうなほど酔わされる。今、自分がどんな顔をしているのか考えたくもない。
(何なんだよ……。なんでこのタイミングでこんな展開になるんだよ……。もし、もっと早くナナちゃんに彼氏ができたって知ってたら……もっと早く郡司にこれを言われてたら、もしかしたら今頃は……。ああ、もう……本当に最悪だ……)
丹生は顔に血が上るのを自覚しつつ、視線と顔を逸らせてもごもごと口を動かす。
「っ……ま、待って……ちょっと待ってよ……。こんな急に、俺だってワケわかんないし……困るよ……」
「そうだよね、訳わかんなすぎて困っちゃうよね。でもさ、困るってある意味、答えてるのと同じだってこと、気付いてる?」
丸くしっとりした声で問われ、理性が溶けてなくなりそうだ。ゆっくり近付いてくる艶めいた唇に、咄嗟に腕を上げて己の口元をおおう。
「ぁ、のさ……こんなの……駄目だろ……」
「駄目なのはお前だよ……。耳まで真っ赤にして、そんな蕩けた顔して……どういうつもりなの?」
丹生は、穴があったら入りたいと本気で思った。
(どうもこうあるか! 好きだからに決まってんだろ! 本当は今すぐキスして欲しくてたまんないんだよ、くそったれ! なんて言えたら、どれだけ楽か……。これがあの日だったら、言っちゃってたかもな……。そんな泥沼、最悪だ……。ああ、逆に今で良かったのかもしれない。阿久里も棗も取り込んでおいて、郡司まで巻き込む訳にはいかない、絶対に。大丈夫だ、今ならまだ間に合う)
丹生はぐっと奥歯を噛み締めて目を閉じ、腹の底で燃え盛りかけていた恋心を、再び奥深くへ抑えつける。顔を上げたとき、そこに先ほどまでの赤面は無く、冷静かつ毅然とした声で言った。
「郡司、それは勘違いだよ」
確信めいた微笑を浮かべていた郡司は、すぐに笑みを消して眉根を寄せる。
「……勘違いってなに?」
「だから、お前は俺が好きなんじゃなくて、人肌に飢えてただけだってこと」
郡司は1歩、後退って丹生から体を離し、苦く笑って言った。
「あ、はは……璃津ってさ、すごく優しいくせに、たまにすごく残酷だよね……。俺たちの事情はお前が1番よく知ってるのに、そんなこと言っちゃうんだ……」
「知ってるからこそだよ。お前は昔からナナちゃんひと筋で、12年も耐えてきたんだから。寂しくなるのも、迷うのも当然だ。大丈夫だよ郡司、それは何もおかしいことじゃない。俺なんかに振り回されなくていいんだ」
「なんかって……そんな言い方しないでよ。俺はお前の事だって、ずっと大事に思ってるんだから」
「分かってる。お前は仲間みんなに気を配ってて、本当にいい男だよ。だからさ、もう自由になれよ。お前はお前の幸せを考えてくれ」
真剣な目で見つめられ、郡司はしばらく呆然とした後、全身の力を抜いて溜め息をついた。
「そっかぁ……いよいよ幕引きなんだね。結局、俺なんて最初から眼中になかったんだろうなぁ、神前は。それに比べて、璃津は本当によく見てくれてて嬉しいよ。あーあ、最初からお前とバディだったら、こんなに悩まなくてすんだのかなぁ、俺」
「やめとけ、俺はもっと面倒くさいぞ。まぁでも……そうだったら良かったなと思ったことはあるけど」
「えっ……?」
突然の告白に、郡司は弾かれたように顔を上げた。丹生は困ったように笑い、(これくらいのワガママは許されるだろ)と自分に言い訳しながら続けた。
「今だから言うけど、俺さ、初めてお前を見た時、めっちゃ好みって思ったんだ。性格良いし、頭良いし、仕事できるし、ぶっちゃけ好きだった。でも、お前にはナナちゃんが居たからね。お前達には幸せになって欲しいと思ってたんだよ、本当に」
「お前……言うなよぉ、そういうことぉ……。また俺の脳内ぐちゃぐちゃになるじゃないのー……」
「はー? なんでだよ、不器用だなぁ。終わったことだって言ってんだよ、はっきりきっぱりな。それを聞きに来たんだろ?」
「いや、まぁそうだけど……。お前がそんなこと思ってたなんて、全然知らなかったし……。驚くでしょ、普通……」
「逆に良い機会かなと思って。とにかく、俺はずっとお前の味方だってことは確かだよ。だからはやく幸せになってくれよな、郡司」
「……うん。有難う、璃津。俺もずっとお前の味方だよ」
穏やかな笑みを返す郡司を、素直に応援できる。ほんの1部だったが、本心を伝えることでこんなに気が楽になるとは、丹生さえ思っていなかった。
(これでいい。郡司にはまともで幸福な人生を送って欲しい。それが叶うなら、この恋は実らずに落ちて良いんだ)
自然と口元が綻ぶ。話がひと段落したところで、郡司は丹生の肩に腕を回して手元を覗き込み、いたずらっ子のように笑って問うた。
「で、本当は誰から貰ったの? その指輪」
「お前、意外としつこいな……。ほら、仕事の話しに来たんだろ。本題に戻るぞ」
「えー、俺には教えてくれてもいいじゃん。けちぃー」
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